多くの企業は顧客を呼び込むために懸命に取り組み、いったん顧客を獲得すると、今度はつなぎ留めようとします。こうして生まれたのが「顧客維持キャンペーン」です。企業の利用を続けてもらうために、特典や推奨、オファーを提供するプログラムです。表面的には、この戦略は理にかなっているように見えます。
ウォートン校のマーケティング教授 ラグラム・アイエンガー、ブエノスアイレスのIAEビジネススクールのマーティン・シュライヒャー、コロンビア・ビジネススクールのエヴァ・アスカルサは、こうしたマーケティング施策がいつ、なぜ、誰に対して効果を発揮するのかを掘り下げました。彼らの論文「プランの推奨を用いた積極的な顧客離反防止の落とし穴」には、直感に反する結果が含まれています。こうしたキャンペーンの結果は、意図したものとは正反対であることが少なくないのです。
Knowledge@Whartonとのこのインタビューで、アイエンガーは研究で判明したことと、「顧客維持」が予想以上に複雑である理由を説明します。
以下は、会話を編集した記録です。
顧客に選択肢があることを思い出させない:
この研究は、顧客維持キャンペーンの有効性を調べたものです。多くの企業が消費者を対象に顧客維持キャンペーンを実施しています。消費者に顧客であり続けてもらうため、特典を提供することがあります。たとえば、次回の購入で割引を受けられたり、10ドルの値引きを受けられたりします。こうしたキャンペーンは非常に一般的で、多くの企業が効果があると考えています。しかし、本当に効果があるのでしょうか。
こうした顧客維持キャンペーンを実施しようとしていた携帯電話会社と協力する機会がありました。私たちにとって幸いだったのは、これが実地実験として機能したことです。無作為に選ばれた顧客の一群には、料金プランに関する顧客維持キャンペーンを実施し、別の一群には何もしませんでした。キャンペーンの対象になった顧客は、実際にはるかに多く離れていきました。実に驚くほど多かったのです。これは会社にとってかなり深刻な結果でした。
全体像として、顧客維持キャンペーンは効果があるのでしょうか。実際には、一律に実施しても効果がない可能性があります。私たちの発見は、より微妙なものでした。 効果はありますが、対象者に限られます。 Twitter つまり、[企業は]顧客維持キャンペーンを実施すべきですが、対象を絞って行うべきです。
主なポイント:
多くの企業がこうしたキャンペーンを検討し始めると、典型的には、顧客全員に顧客維持パッケージを送る一斉キャンペーンを行います。なぜでしょうか。実施が簡単だからです。あまり考える必要がなく、全員に送ればよいのです。
[しかし]人々にキャンペーンを送ることで、かえって自分の行動について考え始めさせてしまうことがあります。たとえば、今回の携帯電話会社のケースでは、利用状況を確認して「お客様にはもっと適したプランがあるかもしれません」と伝えるような顧客維持キャンペーンを送ったところ、顧客は自分が得をしているのか疑問に思うようになりました。ここで良い条件を得ているのなら、ほかも探してみてはどうだろう、と考えるのです。
この結果から、顧客維持キャンペーンは多くの場合、対象を絞って実施すべきだと分かります。顧客基盤のうち、誰が離れる可能性が高いのかを慎重に考えてください。一律に行わず、対象を絞って実施しましょう。
意外な結論:
表面的には、顧客維持キャンペーンは効果があると多くの人が考えています。そこで、具体的な数字を示しましょう。
ある通信サービスの顧客群を対象に行った研究では、キャンペーン前の3か月間と実施後の3か月間、顧客の行動を追跡しました。顧客維持キャンペーンの対象になった顧客では、2か月後に10%がサービスを解約しました。一方、キャンペーンを行わなかった対照群では、解約したのは6%でした。
4%というのは、驚くほど高い離反率です……。平均的には、顧客維持キャンペーンが効果を発揮する証拠を見つけるのは非常に難しい一方、誰に効果があるのかを示す証拠は簡単に見つかりました。顧客には、企業が容易に観察できる特性を持つ複数のグループがあり、そうした人々にはキャンペーンが効果を発揮しました。
意外だったのは、平均すると効果がなかったことです。多くの企業にとって、これは目を開かされる結果だと思います。企業が慎重に考えるべきなのは、「顧客維持キャンペーンをどうカスタマイズすべきか」ということです。
企業がキャンペーンの対象を絞る方法:
これは非常に興味深いと思います。カスタマイズという点では、今日とても有利なことがあります。特にデータを重視する多くの企業は、顧客について大量の情報を持っています。たとえば携帯電話の分野では、企業は過去の利用状況を日常的に収集しています。私たちのケースでは、過去3か月間に収集した情報がありました。超過利用はどの程度だったのか。プランの通話時間を超えて、どれだけ利用しているのか。利用量はどのように変化したのか。ある月は100分使っていた顧客が、別の月には突然200分や500分使っていたのでしょうか。
こうしたパターンは、顧客基盤の中で容易に観察できます。多くの場合、顧客データをこうした観察可能なパターンに基づいて分類することは、カスタマイズの優れた方法になり得ると分かりました。
具体例を挙げましょう。私たちのケースでは、割り当てられた分数を大幅に上回る量を使う人、利用量の変動が非常に大きい人、時間の経過とともに利用量が減り続けるというマイナス傾向にある人は、離れていく可能性が高いと分かりました。そして、こうした顧客の多くは、顧客維持キャンペーンを行うことで、かえって離れる可能性が高まりました。
時には、寝た子を起こさないのが最善です。
企業がデータ活用で間違える点:
今日、特にビッグデータや分析などを考えると興味深いのは、企業が急速に実験を行っていることです。非常に多くの企業が、日常的にA/Bテストを実施しています。
今回分かったのは、A/Bテストを実施するだけでは不十分だということです。データを正しく分析することが重要です。具体例を挙げましょう。私たちのA/Bテストでは、一方のグループは推奨を受け取り、もう一方のグループは推奨を受け取りませんでした。推奨を受け入れた人は、対照群に比べて解約が少なくなりました。顧客維持キャンペーンがうまくいったと思うかもしれません。しかし重要なのは、顧客がキャンペーンを受け入れるかどうかを自分で決めたことです。つまり、そこには自己選択があります。
キャンペーンに接触したものの受け入れなかった人たちは、実際にはるかに多く解約しました。キャンペーンに接触したという事実だけで、彼らの行動が変わったのです。企業がA/Bテストを行う際は、何が無作為化され、何が消費者自身によって選択されたのかを慎重に考えることが重要です。この点を見過ごすと、実際には成功していないキャンペーンを成功したと判断しかねません。データ分析の分野では、A/Bテストが急速に広がると私たちは考えています。しかし、A/Bテストを実施するのは簡単です。結果を正しく分析し、解釈することのほうが、はるかに重要です。
「自己選択」を要因から取り除く:
料金プランや、顧客がどのプランを選ぶかについては、多くの研究が行われてきました。こうした選択の多くは、消費者自身によるものです。そのため企業の立場から見ると、料金プランを提示した際の因果的な影響を調べたくても、事前には難しいのです。消費者による自己選択が関わっているからです。
どうすればこの問題を乗り越えられるでしょうか。因果関係を解釈するためのゴールドスタンダードである実地実験を行うよう、企業を説得することです。私たちが最終的に実施したのは、実地実験でした。ここでも、一部の人には料金プランを提示し、別の人には推奨を提示しませんでした。これにより、因果関係を解釈できました。多くの研究者が行ってきたように、二次データだけを使ってこれを行うのは非常に困難でした。
次の段階――推奨をより効果的にする:
料金プランと推奨の分野で、さらに研究を続けたいと思っています。テキサス州オースティンの企業と協力し、エネルギー消費とスマートメーターの考え方を検討し始めました。電気を使う際に、異なる料金体系や料金段階があることを、人々にどう理解してもらえばよいのでしょうか。私たちが取り組んでいるのは、実地実験です。消費者に情報を明確に示し、現在の消費量に応じて、時間の経過や日ごとに電力消費をどう変えるかを調べています。
この記事は、 Knowledge@Whartonとの協力のもとで公開されています。この記事の公開は、世界経済フォーラムによる見解への賛同を意味するものではありません。
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著者:ラグラム・アイエンガーは、ウォートン校のマーケティング教授です。
画像:ベルリンのショッピングセンター「モール・オブ・ベルリン」のオープン初日の夜、施設内を歩く人々。REUTERS/トーマス・ペーター




