なぜ米国は為替操作法案を拒否すべきなのか

なぜ米国は為替操作法案を拒否すべきなのか
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米議会が、常に論争の的となっている 環太平洋パートナーシップ協定 (TPP)――バラク・オバマ大統領の看板通商法案――をめぐって議論を続けるなか、大きな障害が立ちはだかっている。5月22日、上院はかろうじて51対48で、オバマ大統領にTPP交渉のいわゆる「ファストトラック」権限を与える法案への「為替操作」修正案を否決し、障害を回避した。しかし、議論の舞台が下院に移るなか、この問題が再燃する可能性がある。下院では「執行可能な為替ルール」への支持が強い。

少なくとも10年にわたり、議会は為替操作に焦点を当ててきた。これは、通貨価値を抑えて輸出を補助するため、外国為替市場に介入しているとされる国々に向けられた非難である。2005年、ニューヨーク州選出のリベラル派民主党上院議員チャールズ・シューマーと、サウスカロライナ州選出の保守派共和党上院議員リンジー・グラハムは、苦境に立つ米国の中間層労働者を不公正とされる競争慣行から守るため、意外な同盟を結んだ。為替操作を止めれば、米国の膨大な貿易赤字は縮小し、苦しい状況にある労働者に持続的かつ実質的な利益をもたらす、というのがその主張だった。

10年前、シューマー=グラハム提案は、表向きこそ控えめながら実質的には反中国の取り組みだった。その提案を動機づけた怒りは今日も残っており、2014年には中国が、依然として突出して大きい米国の財貿易赤字の47%を占めた。中国の人民元が1995年半ば以降、対米ドルで約33%上昇し、国際通貨基金が もはや過小評価されているとは見なしていない水準に達したことや、中国の経常黒字がGDP比で2007年の10%から2014年には推定2%に縮小したことは、問題にされない。米国の労働者は中国の不公正な取引慣行の犠牲者だと考える米国の政治家たちは、今なお中国を標的にしている。

この主張は感情面でも政治面でも大きな訴求力を持つが、 根本的に誤っている。米国には根深い貯蓄問題があるからだ。米国の純国民貯蓄率――家計、企業、政府の貯蓄の総額(老朽化する生産能力の減耗分を調整)――は現在、国民所得の2.5%にとどまる。2008~2011年のマイナスの貯蓄率よりは改善しているものの、20世紀最後の30年間の平均である6.3%を大きく下回っている。

貯蓄が不足し、成長を望む米国は、海外から余剰貯蓄を輸入しなければならない。そしてその外国資本を呼び込むには、同じ規模の国際収支赤字を計上するほかない。

したがって、米国経済が 慢性的な経常赤字を抱えているのは偶然ではない。この赤字は、2006年のGDP比5.8%というピークから2014年には2.4%へ縮小したが、成長のために余剰の外国貯蓄に大きく依存する状況は続いている。

ここで貿易赤字が関係してくる。米国は、余剰の外国貯蓄を何もないところから引き出すわけではない。必要な資本を呼び込むため、米国は貿易を通じてドルを海外に送り出さなければならない。

そしてここで、為替操作をめぐる主張は崩れる。2014年、米国は約95カ国との間で貿易赤字を計上した。つまり、米国が抱えているのは、中国、日本、マレーシア、シンガポールなどの為替操作を理由に結びつけられる少数の 二国間 貿易赤字ではない。むしろ米国は、多くの国々との 多国間 の貿易不均衡に苦しんでおり、関税のような二国間の制裁を課しても解決できない。

貯蓄問題を解決しないまま、いわゆる為替操作国の一部との貿易を制限すれば、米国の貿易赤字は他の貿易相手国へ移るだけだ。実際、米国の貿易収支は水風船のようなものだ。一カ所を押せば、水は別の場所へ移動するだけである。

さらに、この方法は容易に裏目に出る可能性がある。たとえば、米国内の貯蓄が増えないと仮定すると、中国のような低コストの生産国を為替操作で制裁すれば、米国の貿易赤字に占める中国分は、よりコストの高い生産国へ移る可能性が高い。それは中間層世帯への増税と実質的に同じであり、まさに議会が懸念している層への負担となる。さらに、為替操作の判定を――おそらく何らかの「公正価値」指標に基づいて――政治家に委ねれば、複雑な問題も生じる。

ここに、議会の根本的な偽善を際立たせるひねりもある。為替操作の非難は、米国が自国の貯蓄問題を解決する責任から逃れるための口実にすぎない。貯蓄を増やす戦略らしい戦略――連邦政府の財政赤字に対する長期的な解決策だけでなく、個人貯蓄を促す実効性ある誘因策――を何一つ持たない米国の政治家たちは、またしても安易な解決策に頼っている。

結局、避けて通ることはできない。議会が貿易赤字を望ましくないと考えるなら、米国の貯蓄問題に取り組み、為替操作に関する見当違いの懸念への固執をやめる必要がある。

これは、米国が不公正な取引慣行を無視すべきだという主張ではない。世界貿易機関(WTO)の加盟国として、米国には、貿易相手国との重大な問題を裁定するため、同機関の紛争解決制度を利用する十分な機会がある。そして、この方法で成功も収めてきた。議会にできないのは、国内政策の優先課題を見直せない、あるいは見直そうとしないことへの答えが、見当違いの通商政策だと装うことである。

もちろん、鏡を見るより他者を責めるほうが常に簡単だ。しかし歴史は、重大な通商上の失策に寛容ではなかった。1930年のスムート・ホーリー関税法が世界的な貿易戦争を引き起こし、それが大恐慌を「大」恐慌たらしめた可能性があるのと同様に、今日、議会が執行可能な為替ルールを制定すれば、報復措置を招き、停滞する世界経済が切実に必要としている自由な貿易の流れを損なうおそれがある。

米上院がこの危険な選択肢を退けたのは賢明だった。同じ賢明さが下院でも発揮されることを願うばかりだ。為替操作法案は、回避できるし、回避すべき悲劇の一つである。

この記事は、 プロジェクト・シンジケートとの協力により掲載されています。掲載は、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味しません。

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著者:スティーブン・S・ローチは、イェール大学ジャクソン国際問題研究所のシニアフェローであり、イェール大学経営大学院の上級講師である。

画像:100元紙幣(下)が米国の100ドル紙幣の隣に置かれている。REUTERS/Petar Kujundzic。

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