欧州理事会は多忙を極めているに違いない。通常の議題に加え、現在はウクライナの国際危機、ISISがもたらす新たなテロの脅威、そして経済通貨同盟の将来(背景には「Grexit」という時限爆弾がある)にも対処しなければならない。懸案事項の重要性を考えれば、意思決定プロセスが可能な限り最善の決定を促すことが極めて重要である。
上記のような「機微な」問題については、「全会一致で投票する」のが一般原則であり、各加盟国はあらゆる決定を阻止する権限を持つ。1 ただし、棄権の扱いは議題によって異なる。大半の場合、その手続きは「合意形成による意思決定」に相当する。この場合、棄権は暗黙の同意として扱われる。提案に反対する(すなわち拒否権を行使する)加盟国がなければ、提案は採択される。例外は共通外交・安全保障政策(CFSP)である。CFSPを主宰する場合、手続き上、「建設的棄権」と呼ばれる方法が認められている。加盟国の3分の1を超える国が棄権すれば、提案は否決される。2
この微妙な違いは、見かけほど無害ではない。先行研究では、全会一致投票には情報集約の特性が劣ることが示されている。本稿では、建設的棄権が認められる場合にはそうならないと論じる。これは、欧州理事会の意思決定プロセスを簡単な改革で厚生改善できる可能性を示唆する。同様の厚生改善改革は、建設的棄権を伴わない全会一致制を採用する他の機関、たとえばNATO、メルコスール、米国の陪審にも導入できるだろう。
参加者に拒否権を認める場合の最適な投票ルールの設計
多くの状況では、拒否権は投票ルールの変更できない特性である。その理由の一つは主権に関わる問題であり、参加制約と解釈できる。すなわち、自国の利益を完全に守る仕組みがなければ、各国はその組織に参加しないだろう。これはEUにも、他の多くの国際機関にも当てはまると考えられる。3,4
一般に、拒否権を有権者に与える投票ルールは、どれも膠着状態に陥りやすいため、比較してもあまり意味がないと思うかもしれない。しかしそれでは、加盟国が共通の目標(たとえばウクライナの国際危機を平和的に解決することや、ギリシャの経済危機に最善の解決策を見いだすこと)を持ちうる点を見落としている。目標が異なる場合でも、敗者が適切に補償されれば、すべての加盟国の厚生を改善する決定がありうる。経済学の教科書には、潜在的なパレート改善(代替的な資源配分や提案によって誰も損をせず、少なくとも一人が利益を得ること)の例が数多く掲載されている。
何が問題なのか?
参加者が自分の望む選択肢について不確実性を持たない場合、拒否権を与えるルールは同等である。提案はパレート改善となる場合に限り、受け入れられる。しかし、参加者にはどの決定が最善なのか分からないことがある。
ウクライナ紛争をめぐる欧州理事会を例に取ろう。加盟国は、平和的解決や人権の保護などの共通目標を共有していると考えられる(もちろん、経済的利益など、各国固有の利害も関わることがある)。しかし、これらの共通目標を達成する方法は明らかではない。提案の是非を判断するには、すべての加盟国が持つ専門知識や情報が役立つ可能性がある。しかし、利害の衝突があると、そうした情報を説得力のある形で明らかにするのは難しいことが多い。たとえば情報が機密扱いの場合、開示は違法でさえありうる。したがって、最善の決定に至るには、投票プロセスによって加盟国間に分散した情報を引き出す必要がある。
問題は、合意形成(および建設的棄権を伴わない全会一致)には情報集約の特性が乏しいことだ(Feddersen and Pesendorfer 1998)。その理由は、投票者が投票制度を通じて提案に関する否定的な情報を「伝える」と、提案そのものを完全に阻止してしまうからである。意外なことに、この状況での戦略的行動の結果、有害な提案があまりにも容易に採択される(彼らの陪審の例では、建設的棄権を伴わない全会一致制の下では、多数決制の下よりも、無実の人が有罪判決を受ける可能性が相対的に高い)。Grexitの状況では、後戻りできない可能性があることを考えると、これは恐ろしい予測である。
Feddersen and Pesendorfer(1998)の結論の一つは、多数決制の方が情報をよりよく集約できるというものだ。しかし、これらのルールは各加盟国に拒否権を与えるという制約を満たさない。課題は、この制約を満たしながら情報集約を可能にするルールを設計することである。
建設的棄権を認める
近年の研究(Bouton, Llorente-Saguer and Malherbe 2015a)で、私たちは、建設的棄権を伴う全会一致制が、情報集約と拒否権の付与との緊張関係を実質的に解消すると論じている。このルールには二つの重要な特徴がある。第一に、参加者に棄権が認められなければならない。つまり、「賛成」「棄権」「拒否権行使」の三つの行動が可能となる。第二に、誰も拒否権を行使せず、棄権数が所定の定足数以下であれば、提案は採択される。言い換えれば、棄権は賛成ではなく反対として数えられる。定足数に関する唯一の制約は、極端な値でないこと、すなわちゼロでも集団の総人数でもないことである。この点こそが、このルールを合意形成および建設的棄権を伴わない全会一致制から、それぞれ形式的に区別する。
建設的棄権を伴う全会一致制は、両方の長所を兼ね備えることを示す。すなわち、拒否権を認めながら、多数決制が持つ望ましい情報集約特性も備えている。建設的棄権を伴う全会一致制の方が情報をうまく集約できる理由は単純である。参加者は、建設的棄権がない場合や合意形成の場合よりも細かな形で、投票制度を通じて情報を「伝える」ことができる。特に、拒否権を行使せずに提案に反対する情報を伝えられる。5
世界各地での改革の可能性
私たちの見解では、建設的棄権を伴う全会一致制は、理論的特性に優れるだけでなく、単純であるため、現実世界への適用に特に魅力的である。しかし、投票ルール改革を提唱する前に、建設的棄権を伴う場合と伴わない場合の全会一致制について、実証的な成果を評価することが重要だ。厳密に比較するため、一連の実験室実験を通じて新たなデータを生成した(Bouton et al., 2015bを参照)。全体として、建設的棄権を伴う全会一致制が優れているという強い裏付けが得られた。私たちの見解では、投票ルール改革への道筋は明確である。
参考文献
Bouton, L, A Llorente-Saguer and F Malherbe (2015a), 「全会一致をなくす:拒否権付き多数決の優位性」、CEPR ディスカッション・ペーパー 10408、2月。
Bouton, L, A Llorente-Saguer, and F Malherbe (2015b), 「拒否権、棄権、フレーミング:拒否権付き多数決の実施に関する実験研究」、未刊稿。
Feddersen, T and W Pesendorfer (1998), 「無実の者を有罪にする:全員一致の陪審評決の劣位性」、 American Political Science Review、92: 23-35。
Maggi, G and M Morelli (2006), 「国際機関における自己拘束的な投票」、 The American Economic Review、96(4): 1137-1158。
Romme, A G L (2004), 「全会一致ルールと組織の意思決定:シミュレーション・モデル」、Organization Science、15(6): 704-718。
Wessel, R and R Bottner (2013), 「CFSP分野における決定採択に至る手続き―EU条約第31条」、『HJ Blanke and S Mangiameli (eds.)』所収、 欧州連合条約(TEU):注釈書、ベルリン/ハイデルベルク:Springer。
脚注
1 たとえば、次を参照: http://www.consilium.europa.eu/en/council-eu/voting-system/unanimity/
2 1992年、マーストリヒト条約は欧州理事会の標準的な手続きとして、全会一致ルール(建設的棄権なし)を定めた。1997年、アムステルダム条約は建設的棄権の概念を導入した。これにより、欧州理事会がCFSPを主宰する際、加盟国の3分の1を超える国、またはEU総人口の3分の1を代表する加盟国が棄権しない限り、全会一致による決定を阻止することなく棄権できるようになった。承認の定足数が拘束力を持つのは、加盟国が正式な宣言を伴って棄権する場合に限られる点に注意されたい。その場合、棄権する加盟国は決定を適用する義務を負わないが、その決定が連合を拘束することを受け入れなければならず、また、その決定に基づく連合の行動と抵触しうる行為を控えなければならない。Wessel and Bottner(2013)は、後者の規定によって、決定を適用しないという選択肢は実質的に無効になると論じている。
3 他の適用例と事例については、Romme(2004)を参照。
4 執行可能性の問題に焦点を当てた単純な全会一致制の長所と短所については、Maggi and Morelli(2006)を参照。
5 興味深いことに、このルールは多数決制よりも情報をうまく集約できる。参加者が極めて否定的な情報も伝えられる可能性が生まれるためである。
本記事は、 VoxEuとの協力により掲載されています。記事の掲載は、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味するものではありません。
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著者:Laurent Boutonはジョージタウン大学の経済学助教。Aniol Llorente-Saguerはロンドン大学クイーン・メアリー校の経済学准教授。Frédéric Malherbeはロンドン・ビジネス・スクールの経済学助教。
画像:欧州委員会の外に掲げられた欧州連合の旗。REUTERS/Thierry Roge。




