開発は、世界の二大国の間で繰り広げられるイデオロギー競争の一部となりつつある。
中国と米国はそれぞれ、自国の影響圏を守り、または拡大しようとしている。
多国間機関は、開発課題が地政学的緊張の犠牲とならないよう取り組む必要がある。
冷戦期の大半において、国際開発は、それ自体が重要な政策目標であると同時に、超大国間の競争の舞台でもあった。この時代のソビエト連邦と米国の壮大な闘争は、とりわけ、モデルをめぐる競争だった。一方には市場志向の民主主義があり、他方には共産主義経済と一党支配があった。
両国は、自国と同じ統治体制を持つ国だけを支援したわけではないが、機会があれば自らのモデルの適用範囲を広げ、イデオロギー上の同盟国を形成、または強化しようとしていた。つまり、開発政策は、影響圏を築き、守るための、より広範な取り組みの一環だった。
冷戦が退潮すると、イデオロギー競争もまた後退した。競争相手も代替案もないなか、西側諸国は自らのモデルを主張する自由を得るとともに、国際機関や多国間開発銀行を含む、その普及を担う機関においても、影響力の大半を握っていた。
冷戦後の時代は、国際金融機関が自由主義経済の広範なモデルを開発途上国へ輸出するところから始まった。いわゆる「ワシントン・コンセンサス」である。しかし、時がたつにつれ、貧困削減への真摯な取り組みと、開発戦略に対する各国の主体性が、ますます重視されるようになった。ミレニアム開発目標はこの方向への重要な一歩となり、援助国と被援助国の間で、より踏み込んだ政策対話が重ねられ、最終的には、より実質的なパートナーシップのモデルへと移行した。こうした流れは、持続可能な開発目標(SDGs)へと結実した。SDGsはこの考え方をさらに押し進め、不平等や持続可能性など、豊かな国々も取り組まなければならない普遍的な課題が、開発課題に含まれることを認識した。
しかし、SDGsの交渉が進む一方で、地政学的な情勢は変化していた。
当初、こうした動きはおおむね穏やかなものだった。最も重要だったのは「新興」勢力の台頭であり、その結果、最大60カ国で10億人を超える人々が貧困から抜け出し、低所得国から中所得国、または低中所得国へと移行した。また、国際システムにおける政治的な不均衡も縮小した。世界金融危機のさなか、こうした変化は、活力ある多国間主義と結びついた新たな多極化の到来を告げるかに見えた。
しかし同時に、北アジアで軍拡競争が激化し、米国では影響力を失いつつあるとの意識が強まり、中国の自己主張が強まり、ロシアは西側を弱体化させる好機が目の前にあると捉えた。これらが重なり、世界の主要軍事大国間の緊張が高まった。東欧と東アジアの火種が、緊張をさらに深めた。それでもしばらくの間、緊張は戦略分野にとどまっていた。経済成長という共通利益を大局的に共有していたため、特に新たなG20の枠組みを通じた協力が続いた。開発課題とSDGsは、戦略的緊張の影響を受けなかった。
より有害な地政学的動きは、三つの出来事を受けて現れ始めた。アラブの春、ウクライナのマイダン蜂起、そして尖閣諸島をめぐる日中の衝突寸前の事態である。緊張と競争が対立へと傾く動きが、大国政治を支配し始めた。それ以降、こうした緊張は国際政策のさまざまな領域に広がっている。技術分野では、特に5Gや海底データケーブルをめぐる競争が顕著であり、エネルギー政策では(今のところ)その程度は限定的だが、貿易関係では明らかである。(そして最近では、世界の公衆衛生問題が手段として利用される事態さえ起きている。)今や、開発問題にも及ぶ可能性がある。
対立の極端な見方として、一部の人々は、開発問題を世界の二大国、米国と中国の間で高まりつつあるイデオロギー競争の一部と捉えている。イデオロギーは、米中間の競争の性質を表す一般的、または標準的な言葉にはまだなっていない。また、両国が何をめぐって競争しているのかも明らかではない。しかし西側では、中国が自国の一党制を強化し、第19回党大会で憲法を改正し、経済の主要分野(特に技術分野)に対する政府の統制をますます強めていることから、現在私たちが目にしているのは、単なる国家資本主義の変種ではなく、まったく異なる経済モデルであり、市場経済にも民主主義や自由主義の価値観の広がりにも有害なものだと主張する人が増えている。中国の技術の普及や、広範な国家監視に用いる中国製技術の輸出をめぐる緊張も相まって、米中競争にはますますイデオロギー的な色彩が加わっている。
別の説明として、単純な商業競争が考えられる。中国政策に携わった米政府当局者のなかでも、最も強硬な立場とはほど遠いトム・ドニロンは、次のように論じている。「中国のハイテク重商主義は、米国の経済競争力と国家安全保障を脅かす」。ここでの問題は、開発がもはや、富裕国から低所得国への資金移転の問題ではないということだ。むしろ、大規模な中所得国が重要な役割を担うようになり、開発の問題は今や、世界全体の経済成長、ひいては世界最大の市場を持つ国々の対外経済政策と密接に結びついている。
おそらく最も単純な説明が、最も説得力を持つ。中国(ロシアなどの一定の支援を受けて)と米国(民主主義を掲げる同盟国の一定の支援を受けて)が、それぞれ自国の影響圏を守り、または拡大しようとしているというものだ。ここでいう影響圏は、通常は地域に限定される古典的な意味での「勢力圏」ではなく、外交上の利益、国際機関での票、貿易協定、港湾やインフラの整備、その他の影響力の側面を推進できる、より広範な意味での「ソフトパワーの枠組み」である。中国の場合、目標の一つは、自国の統治に対する批判を抑え、外国勢力が中国の成長を妨げる力を制限することだ。さらに広い意味では、影響力のネットワークに加え、港湾や接続拠点からなる物理的なネットワークも拡大したいという意向が高まっている。
しかし、このアプローチにも統治上の影響がある。ナイジェリアの研究者、ケン・オパロは次のように指摘している。「中国のアフリカへの経済進出は、アフリカの指導者たちの視点から見て、民主主義の規範を守るインセンティブを大きく変えた」。
こうした動きがSDGs自体を直接妨げるとは限らない。SDGsは統治モデルについてほとんど触れておらず、正義と法の支配を担う制度に明示的に言及しているのはSDG 16だけだ。また、明るい兆しもある。冷戦期の状況と比べると、関係する多くの国は経済成長を遂げ、制度も発展させてきたため、冷戦の最盛期に比べて、自国の利益と国家戦略を守る力が高まっている。過去数十年よりもはるかに洗練された地域機関も、主要国の最も有害な政策的衝動を抑えるうえで、重要な役割を果たしている。
それでも、米中両国とそれぞれのパートナー国の一部が、開発途上国を競争、あるいは対立の場と見るようになれば、開発の取り組み全体に悪影響を及ぼす可能性が高い。(すでに一部の脆弱な国々で、代理戦争の様相が戻っている。)開発課題が高まりつつある地政学的緊張の新たな犠牲とならないようにするには、主要国による自制と、より建設的な中堅国および多国間機関による一層の努力が必要となる。


