政府は、かつて担っていたイノベーターとしての役割を取り戻す必要がある。政府にはイノベーションを起こす力がない、利益という代替的な動機がなければ公務員にその誘因はない、とよく言われる。この見方は1980年代に勢いを得て、国家への反感が20年にわたって広がるきっかけとなった。しかしデジタル政府の歴史を振り返れば、1960年代には政府がコンピューター技術の開発を先導し、業務のデジタル化や大規模な情報システムの構築を進めていた。政府がデジタル技術によるイノベーションで企業に後れを取り始めたのは、1980年代になってからだった。また、マリアナ・マッツカートが『企業家としての国家』で示したように、インターネットからGPS、iPhoneに至るまで、今日のデジタル社会を支える多くのイノベーションを生み出したのは政府だった。
プラットフォーム社会
私たちは「プラットフォーム社会」に生きている。デジタルプラットフォーム、特にGoogle、Apple、Microsoftが提供するサービスに費やす時間は増え続けている。Facebook、Twitter、YouTubeなどのソーシャルメディア、AmazonやeBayなどのショッピングプラットフォーム、さらにUberやAirbnbを含む新しいシェアリングエコノミーのプラットフォームも利用している。こうしたプラットフォームは、利用者が長い時間を過ごし、そこで多くのことをするほど、より多くのデータが生み出され、そのデータをサービスの改善に活用できるという仕組みで成り立っている。その結果、利用者はさらに長く滞在する。利用、データ生成、イノベーションが好循環を生むのだ。このプラットフォーム社会は、デジタル技術やデータを活用したイノベーションを政府に促す圧力もいくつも生み出している。
イノベーションを促す最も明白な圧力は、2008年の金融危機後に続いた10年間の緊縮財政と歳出削減である。政府はテクノロジーを活用して「より少ない資源でより多くのこと」を行い、費用のかかる複数チャネルの方式に代えて「デジタルを標準とする」施策を導入するよう迫られている。ほかの圧力として、プラットフォーム社会やデジタル政府自体が生み出す大規模な取引データがある。これは、たとえば教育や警察活動ですでに活用されている予測的、あるいは確率論的な政策立案を通じて、政策イノベーションに生かせる。大都市では、スマート交通カードが移動経路や個人に関する前例のないほど詳細なデータを大量に提供しており、交通システムの設計を大きく変える可能性を秘めている。
デジタル社会では、規制もデジタル化しなければならない。たとえば多くの都市ではタクシーが厳しく規制されているが、Uberのデータ駆動型プラットフォームは、アナログな規制モデルに大きな課題を突きつけている。同様に、ほかのプラットフォームの利用経験を通じて、デジタル市民は政府とデジタルでやりとりできることを新たに期待するようになった。小切手を書いたり書類に記入したりするとは思っていない(実際にはそうせざるを得ないことも多い)。政府に電話で問い合わせられるとも思っていないかもしれない(Amazonに電話することを考えないのと同じだ)。
最後に、プラットフォーム社会が公共財、たとえば安全保障や公衆衛生の提供にもたらす新たな課題に対応するため、政府はイノベーションを起こす必要がある。たとえばサイバー犯罪やオンライン上の過激主義、過激化によって、安全保障機関や情報機関は自らを変革せざるを得なくなっている。

イノベーションのプラットフォームとしての政府?
プラットフォーム社会とプラットフォーム経済から生じるこうした圧力はすべて、政府に一層のイノベーションを促している。政府はこの課題に応えられるだろうか。そのためには、米国の著述家ティム・オライリーが提唱するように、政府自体がプラットフォームとして発展する必要があるのかもしれない。オライリーの提案は『Government as a Platform(GaaP)』モデルである。オライリーによれば、コンピューター産業の歴史を振り返ると、各時代を特徴づけるイノベーションは、参加者全体のエコシステムを可能にする枠組みだった。パーソナルコンピューターからインターネット、そしてiPhoneに至るまでがそうだ。したがって政府は、政府の内外の人々がイノベーションを起こせるオープンなプラットフォームを目指すべきである。彼は、政府におけるプラットフォーム思考の7原則として、オープン標準、「シンプルに保つこと」、参加を促す設計、実験、データマイニング、ハッカーから学ぶこと、率先垂範を挙げている。
GaaPの構想を熱心に進めている国の一つが英国だ。その徹底ぶりは、当時の財務相ジョージ・オズボーンが2015年秋の歳出見直しでこのモデルに言及し、デジタル政府の主導機関である政府デジタルサービスに「プラットフォームとしての政府」担当責任者が任命されたほどである。その方針は、各機関のサービスに組み込める一連の基盤要素、つまりプラットフォームを作ることだ。機関横断型の本人確認システム「Verify」、政府への支払いを可能にする「GOV.UK Pay」、申請や案件の状況を利用者に知らせる「Notify」などがある。
しかし課題は、データ環境がAmazonやGoogleのようなプラットフォーム大手から、想像しうる限り遠いことだ。最大規模の各省庁がそれぞれ保有するレガシーデータベースは互換性がなく、データ共有やデータ駆動型の設計を妨げている。市民が生涯を通じて使う一意の個人識別子がなく、省庁ごとに異なる目的で別々の識別子を管理していることも大きな要因だ。政府の登録簿を改革し、特定のデータについて単独で責任を負う省庁が、そのデータを一元的かつ権威ある形で保有する計画には期待が持てるが、まだ始動したばかりだ。したがって、データ駆動型のサービスイノベーションや、小売業者が好む「インテリジェント・センターによる分権的サービス提供」という組織モデルの実現は、英国でも多くの国々と同様、まだ遠いようだ。
イノベーションのプラットフォームとしての政府という構想に希望をもたらすのは、人口120万人の小国エストニアかもしれない。エストニアのデジタル政府は、概念上二つの層で構成されている。第一に、eIDは一意の個人識別子に基づく安全な本人確認層であり、IDカードまたはモバイルIDに格納されたPKIベースの認証を用いる。第二に、X-Roadは、データを分散して保管する複数の登録簿の間で安全に通信する手段である。個々のデータは一つの省庁または機関だけが管理し、市民は国が自分についてどのようなデータを保有しているか、誰がそのデータにアクセスしたか、何の目的で利用したかを確認できる。この二つの層を基盤として第三のサービス層が可能になり、各省庁はX-Roadと連携する限り、適切と考えるサービスを開発できる。
エストニアではGaaPモデルが明示的に採用されたことはないが、X-RoadとeIDはオライリーが思い描いたようなイノベーションのプラットフォームを提供しているようだ。省庁や機関に加え、銀行、企業、携帯電話会社も、この二つの層を基盤に独自のデジタルサービスを開発している。まだデータ駆動型の政策立案環境には至っていないが、その可能性はある。エストニアは、率先垂範というGaaPの原則を確実に実践しており、自国のデータ登録簿間の通信手段として、X-Roadを他国に無償で提供している。フィンランド、オマーン、アゼルバイジャン、パレスチナはすでにこのシステムを導入しており、カナダも関心を示している。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は2016年夏、エストニアの「電子政府ショールーム」を訪問した。
シンプルに保つ
エストニアの事例は、シンプルなシステムを構築して進化させていくというGaaPの原則が重要であることを示している。オライリーは、イノベーションを開花させるうえでこれが不可欠だと考える。「機能する複雑なシステムは、例外なく、機能していたシンプルなシステムから進化したものだ……。最初から複雑なシステムを設計しても、決して機能せず、機能させることもできない」。イノベーターとしての役割を取り戻すには、政府はこの小さなプラットフォームの事例を、実際にどう拡大できるか考える必要があるかもしれない。結局のところ、私たちが生活の多くを過ごすプラットフォーム大手の大半、Google、Facebook、Amazon、Twitterは、シンプルで小規模なところから始まった。


