世界経済フォーラムは、年次総会の開催地ダボスで賃金に焦点を当てました。
ILOによると、COVID-19危機は全世界の3分の2の国で賃金に下押し圧力をもたらしました。賃金上昇圧力があった国でも、現在のインフレによって、その上昇分が損なわれるおそれがあります。
7人の専門家が、より公正な賃金を確保することで、企業や政府が賃金格差にどう対処できるかを解説します。
COVID-19パンデミックは賃金に下押し圧力をもたらしました。国際労働機関の調査によると、パンデミック中、多くの国で平均賃金の水準と伸び率が低下し、とりわけ低賃金労働者やインフォーマル労働者が大きな影響を受けました。
平均して、賃金は女性のほうが低くなっています。米国では労働力の大半を男性が占めるにもかかわらず、低賃金労働者の過半数を女性が占めています。世界経済フォーラムの『世界ジェンダー・ギャップ報告書2021』が示すように、ほとんどの国で同じ状況です。パンデミックの影響により、ジェンダー格差解消に向けた進展はさらに36年分後退しました。
世界の大多数の国には最低賃金制度がありますが、必ずしも遵守されているとは限りません。資格要件を満たさない、または制度が守られていないため、約2億6,600万人の賃金労働者が最低賃金を下回る賃金しか得ていません。さらに、最低賃金が常に生活賃金を反映しているわけではなく、最低賃金では労働者が基本的なニーズを満たせない場合もあります。
公正な賃金を支払うことは、企業や政府にも利益をもたらします。調査では、最低賃金の引き上げによって労働者がより生産性の高い事業所へ再配置される可能性が示されています。貧困や社会的不平等への対処、経済の活性化にもつながります。また、環境・社会・ガバナンス(ESG)指標やステークホルダー資本主義の指標
に沿うことで、より豊かで充実した社会の実現に取り組む姿勢を示すことにも役立ちます。食料やエネルギー価格の急騰に伴ってインフレが進むなか、公正な賃金を確保する重要性は高まっています。一般的な労働者の購買力は、1年前よりも今日のほうが低下しています。
政府や企業は、労働者により公正な賃金を支払うために何ができるでしょうか。ダボスでの年次総会を受け、世界経済フォーラムは、仕事、賃金、雇用創出に関するグローバル・フューチャー・カウンシルの専門家7人に見解を尋ねました。
「報酬の決定に関わる業績指標などをすべて開示する」
アンナ・トーマス、Institute for the Future of Work所長
明確で透明性の高い条件に基づく公正な賃金は、より良い仕事の未来を築くための基盤です。調査によると、一部の企業は採用や人材管理で予測分析を使い、労働者への報酬を減らしている可能性があります。これは、「ディーセント・ワーク憲章」に掲げられた公正な賃金の原則を損ない、公正な賃金をめぐる交渉を妨げます。企業は、その取り組みを維持し、示すため、自動意思決定システムの使用の有無にかかわらず、報酬の決定に関わる業績指標などをすべて開示すべきです。
「段階的賃金モデルを通じて、熟練労働者により高い賃金を支払う」
アニー・コー、シンガポール経営大学金融学名誉教授、AMTD取締役
リーダーは、段階的賃金モデルを導入することで、より公正な賃金を実現できます。このモデルは、戦略的な技能向上、生産性の向上、キャリア開発を、段階的な賃上げと両立させる一体型の仕組みです。労働者の技能水準に応じて賃金を設定するとともに継続的な訓練を提供し、時間の経過とともに技能と賃金の両方を高められるようにします。
これは労働者と企業の双方に適した方法です。熟練労働者により高い賃金を支払えば、企業は短期的にも長期的にも、労働者の生産性向上から恩恵を受けられます。シンガポールでは2018年、清掃、造園、警備などの生活に不可欠なサービス分野で段階的賃金モデルが導入され、COVID-19パンデミック中に他の分野にも広がりました。
「福利厚生を利用できるようにする」
ベッティーナ・シャラー、アデコグループ グループ公共政策責任者
賃金、とりわけ公正な賃金の提供が、これほど強く注目されたことはありません。世界的なインフレと物価上昇を受け、賃金政策の策定や最適化に関する議論や交渉が活発化するでしょう。
アデコグループは、事業を展開する各国で適用される賃金基準を満たすことに取り組んでいます。国ごとの教育水準、技能、職務経験の違いを考慮し、個人と集団の業績に報いるとともに、可能な限り研修費用の支援などの福利厚生を利用できるようにしています。多くの国や業界では、団体協約で賃金が定められ、業界別の社会基金を利用することで、さらに支援を受けられます。
公正な賃金は、さまざまな側面から定義されます。私たちは、社会的にも物質的にも十分な暮らしとは何かという地域ごとの認識を、賃金設定に反映させることを重視しています。
「最低賃金に生活賃金を反映させる」
レイチェル・カウバーン=ウォルデン、ユニリーバ 人権担当グローバルディレクター
最低賃金の導入は、労働者の搾取を減らすための重要な立法措置です。しかし、最低賃金が常に生活費を反映しているわけではありません。必要なのは、生活賃金を確実に支払うことです。
生活賃金とは、十分な生活水準を確保するために必要な額を国または地域ごとに算出したものです。ほとんどの国では、法律や団体協約によって最低賃金が定められていますが、最低賃金に現在の生活費を反映できている国は、より少数です。
政府は法定最低賃金に生活賃金を反映させるべきです。そうなっていない場合、企業は少なくとも生活賃金を支払うべきです。その際、結社の自由と団体交渉の権利を引き続き認め、生活賃金は最低水準であって上限ではないと理解する必要があります。
「労働者を中心に据える」
リーマ・ナナバティ、自営業女性協会(SEWA)事務局長
COVID-19危機をきっかけに、より良い形で復興しようという世界的な呼びかけが起こりました。この危機は、現在の株主資本主義という経済モデルの破綻を浮き彫りにし、労働者、とりわけ最も弱い立場にある人々への支援を、企業の意思決定と公共政策の中心に据える必要性を示しました。多くの人々を犠牲にして一部の人々に富が集中するのを防ぐ、人間を中心に据えた新たな経済モデルが必要です。自営業女性協会(SEWA)はこれを「ケアの経済を築く」と呼んでいます。
このような経済では、労働者が自立して暮らし、回復力を高めるための技能習得を重視します。普遍的な社会保障と労働保障の実施に力を入れ、経済資源のより公平な分配を促します。ケアの経済は、女性が市場に参加しやすくすることで、社会における女性の経済的役割を強化します。最終的には、あらゆる形態の地域活動やサービス業を含む、金銭的対価を伴わない労働の価値を高めます。
「賃金政策とインフォーマル雇用を減らす措置を組み合わせる」
サンヒョン・リー、国際労働機関 雇用政策局長
適切な最低賃金、賃金をめぐる団体交渉、同一賃金を推進して男女間の賃金格差を縮小する措置を組み合わせることで、公正な賃金を促進できます。そのためには、強固で包摂的な社会対話の仕組みを築く必要があります。
しかし、最新の ILO世界賃金報告が指摘するように、最低賃金の遵守を妨げる大きな課題の一つは、インフォーマル雇用の割合が高いことです。インフォーマル部門の賃金が低いのは、多くの場合、労働者やその勤務先企業の基礎的な生産性が低く、賃上げが難しいためです。
賃金政策を真に効果的なものにするには、インフォーマル雇用を減らし、企業の生産性を高める措置を併せて実施すべきです。「インフォーマル経済からフォーマル経済への移行に関する勧告、2015年(第204号)」は、その移行を促すための指針を示しています。
「ディーセントな雇用と公正な賃金で繁栄を分かち合う」
シャラン・バロー、国際労働組合総連合書記長
過去40年間で世界の富は4倍になりましたが、労働所得の分配率は低下し続けています。不平等は歴史的な水準に達し、世界の労働者の大半が、稼いだ賃金で尊厳ある暮らしを送ろうと苦闘するなか、絶望と怒りを生んでいます。これは世界の需要を損ない、政府への不信も招いています。エビデンスと団体交渉に基づく最低限の生活賃金を普及させ、普遍的な社会保障とともに繁栄を分かち合えば、労働者と企業の双方が恩恵を受けます。
パンデミックによって、生活に不可欠な労働者の低賃金が明らかになりました。その大半は女性です。また、世界需要の急減により、貧困水準の賃金と非人間的な搾取に支えられた世界のサプライチェーンの脆弱性も明らかになりました。富を分かち合うつもりがないのなら、なぜ富を生み出すのか。これが核心的な問いです。強靭な経済モデルは、雇用と公正な賃金を土台に築かなければなりません。
この記事は、仕事、賃金、雇用創出に関するグローバル・フューチャー・カウンシルとの協力により執筆されました。


