低技能職種におけるソフトスキルへのイノベーション・プレミアム

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An innovative idea.Image: Unsplash/You X Ventures
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多くの国で、賃金分布の下位層に属する労働者の所得は、ここ数十年にわたり低迷している。英国では、現在の最も低所得の勤労世帯の収入は、1990年代半ばの同等の世帯をわずかに上回る程度にとどまる(Joyce and Xu 2019: 図4)。このため、こうした労働者の所得を押し上げるうえで、どのような政策が有効かに大きな関心が集まっている。

行政データに基づく従業員・雇用主のマッチングデータへのアクセスとその質が向上したことで、個々の労働者のキャリアのかなりの期間にわたる賃金の推移を、以前より詳しく調べられるようになった。例えば英国では、所得格差の大部分が賃金上昇率の違いに起因している(図1参照)。

図1 スキル水準別の賃金上昇Image: VoxEU

こうした違いを生む要因は何だろうか。企業間の異質性が労働者間の賃金格差を説明するうえで大きな役割を果たすと強調する研究が増えている(Gibbons and Katz 1992、Groshen 1991、Abowd et al. 1999、Bonhomme et al. 2019など)。一般に、企業間の生産性の違いも重要な役割を果たす。Card et al.(2018)は優れたレビューをまとめている。しかし、企業のどのような特徴や、どのような経済的要因が賃金のばらつきをもたらすのか、特にそれが低技能職種の労働者の賃金にどう反映されるのかについて、見解は一致していない。近年の論文(Aghion et al. 2019)では、一つの経路として、企業の革新性と、低技能職種の労働者の(ソフト)スキルが企業の他の資産と補完し合う度合いとの相互作用に着目する。

英国の従業員・雇用主のマッチングデータに、英国の行政データを用いた研究開発費の情報を加え、賃金とイノベーションの関係を分析する。研究開発集約度の高い企業ほど平均賃金が高く、とりわけ一部の低技能職種の労働者は、研究開発集約度の高い企業で働くことで大きな恩恵を受けることを示す(図2参照)。

図2 スキル水準と企業の研究開発集約度別に見た賃金上昇

(a)低技能職種の労働者Image: VoxEU
(b)中技能職種の労働者Image: VoxEU
(c)高技能職種の労働者Image: VoxEU

これは意外な発見であり、私たちの知る限り、既存のモデルでは説明できない。この発見を生み出す企業の簡潔なモデルを構築する。モデルの基本的な仕組みは次のとおりだ。一部の低技能職種では、その労働者の仕事が高技能職種の労働者と補完関係にある。こうした職種は、より革新的な企業に多く存在する。すべての労働者の生産性は、ハードスキルとソフトスキルの双方に左右される。ハードスキルは観察できる一方、ソフトスキルは企業にも計量経済学者にも観察・検証が難しい。低技能職種の労働者は、能力に占めるソフトスキルの割合が大きく、それが賃金を決める重要な要素となる。高技能職種の労働者の場合は、学位や論文など、容易に検証できるスキルが賃金を決めるうえでより重要となる。

モデルによると、低技能職種の労働者が研究開発企業で働くことで得る高い収益を生むのは、ソフトスキルの一部が他の資産と補完関係にあり、企業にとって価値があるためだ。低技能職種の労働者は、高技能職種の労働者よりもソフトスキルの絶対的な重要性が高いと主張しているのではない。低技能職種では、ソフトスキルが相対的により重要だということだ。例えば、研究者と事務アシスタントを考えてみよう。研究者は事務アシスタントより高いソフトスキルを持つかもしれないが、研究者の収入は主に、検証可能な論文や発明の実績によって決まる。一方、事務アシスタントのソフトスキルは研究者より低いかもしれないが、研究者にとっての価値に占める割合はより大きく、その賃金を決めるうえでより重要な役割を果たす。

モデルが示唆するのは、ソフトスキルの高い低技能職種の労働者は、革新性の低い企業よりも高い企業で、より強い交渉力を持つということだ。観察が難しいソフトスキルに価値の源泉がある労働者は、容易に代替できない。採用時点ではそうしたソフトスキルが分からないか、企業が研修を通じて育成する必要があるためであり、単純なマッチングの仕組みではない。勤続年数と研修は、こうした労働者の賃金プレミアムを高める。高技能職種の労働者は通常、観察可能な資格を持ち、賃金は主に、容易に観察・検証できる学歴や成果によって決まる。企業は、観察可能なハードスキルを持つ労働者を、下振れリスクをほとんど伴わずに、同様の別の労働者と入れ替えられる。

一部の低技能職種の労働者が、革新性の高い企業でより高い収益を得ることについて、他のモデルや説明の可能性を排除するものではないが、私たちのモデルは追加の予測をいくつか導き、それらはデータによる実証的な裏付けを得ている。具体的には、(i)革新的な企業では、非革新的な企業と比べ、低技能職種の労働者の勤続年数に対する収益が高い。(ii)低技能職種の労働者は、革新性の低い企業より高い企業で勤続年数が長く、研修にもより多くの労力が費やされる。(iii)革新性の高い企業は、低技能職種と高技能職種の労働者の間の補完性が低い業務を、より高い割合で外部委託する。

一部の低技能職種の労働者が、革新性の高い企業で働くことによる高いプレミアムを得るという私たちの発見は、過去35年間に技術変化がますますスキル偏向的になってきたという見方と矛盾しない(Acemoglu 2002、Goldin 2010、Acemoglu and Autor 2011、Krusell et al. 2000)。実際、革新性の高い企業は、低技能職種の労働者が担う業務をより高い割合で外部委託する一方、ソフトスキルが高く、企業にとってより不可欠な低技能職種の労働者は社内に残すと考えられる。Akerman et al.(2015)はブロードバンドインターネットの導入が賃金に及ぼす影響を調べ、低技能職種の労働者全体では新技術による恩恵が小さいことを示した。ただし、低技能職種の一部の労働者の能力や、彼らが担う業務の価値は保たれている。

イノベーションが企業間の賃金格差を説明するうえで重要な役割を果たすという考えは、内生的成長理論の文献(例:Romer 1990、Aghion and Howitt 1992)と整合的だ。この理論では、レント獲得の見込みがイノベーション主導の成長を促す。例えば、Aghion et al.(2018a)とAkcigit et al.(2017)はイノベーションが所得格差に及ぼす影響を検討し、Kline et al.(2018)とAghion et al.(2018b)は、特許取得の成功による収益が発明者だけでなく、発明者の所属企業の他の従業員や利害関係者にももたらされることを示している。私たちは、革新性の高い企業と低い企業を比べ、一部の低技能職種の労働者にとってのソフトスキルの収益と、革新性がこれらの労働者と企業の他の資産(高技能職種の労働者を含む)との補完性の度合いに及ぼす影響に焦点を当て、この文献に貢献する。

私たちの分析は、いくつかの方向に発展させることができる。モデルの予測どおり、革新性の高まりからより大きな収益を得る(つまり、革新性に応じて賃金がより大きく上昇する)低技能職種ほど、対人関係に関わる業務が多いかどうかを調べると興味深い。次に、革新性の高い企業が低技能職種の労働者により多くの研修を提供するかどうかをさらに検討することも考えられる。第三に、私たちのモデルは、主な効果、すなわち低技能職種の労働者が革新性の高い企業で働くことでより大きな恩恵を受けるという効果は、競争の激しい業種や、低技能職種の現職労働者の代替候補者の質が低い地域で、より強くなると予測する。第四に、革新性の指標として研究開発投資を用いたが、特許取得など他の指標についても調べると興味深い。

参考文献

Abowd, J M、F Kramarz、D N Margolis(1999)「高賃金労働者と高賃金企業」、Econometrica 67(2): 251–334.

Acemoglu, D(2002)「技術変化、不平等、労働市場」、Journal of Economic Literature 40(1): 7–72.

Acemoglu, D、D H Autor(2011)「スキル、タスク、テクノロジー:雇用と所得への含意」、O Ashenfelter、D E Card編、Handbook of Labor Economics 第4巻、Elsevier、1043–1171頁。

Akcigit, U、J Grigsby、T Nicholas(2017)「移民とアメリカの創意工夫の高まり」、NBERワーキングペーパー23127

Aghion, P、U Akcigit、A Bergeaud、R Blundell、D Hémous(2018a)「イノベーションと所得上位層の不平等」、The Review of Economic Studies 86(1): 1–45.

Aghion, P、U Akcigit、A Bergeaud、R Blundell、R Griffith(2019)「低技能職種におけるソフトスキルへのイノベーション・プレミアム」、CEPRディスカッションペーパー14102

Aghion, P、P Howitt(1992)「創造的破壊を通じた成長モデル」、Econometrica 60(2): 323–351.

Aghion, P、A Hyytinen、O Toivanen(2018b)「企業内発明の収益について:フィンランドの証拠」、AEA Papers and Proceedings 108、208–12頁。

Akerman, A、I Gaarder、M Mogstad(2015)「ブロードバンドインターネットのスキル補完性」、The Quarterly Journal of Economics 130(4): 1781–1824.

Bonhomme, S、T Lamadon、E Manresa(2019)「雇用主・従業員マッチングデータの分布的枠組み」、Econometrica 87(3): 699–739.

Card, D、A R Cardoso、J Heining、P Kline(2018)「企業と労働市場の不平等:証拠と理論の一部」、Journal of Labor Economics 36(S1): S13-S70

Gibbons, R、L Katz(1992)「測定されない能力は産業間賃金格差を説明するか?」、The Review of Economic Studies 59(3): 515–535.

Goldin, C、L F Katz(2010)、The Race between Education and Technology、Belknap Press。

Groshen, E L(1991)「産業内の賃金分散の源泉:雇用主はどれほど重要か?」、 The Quarterly Journal of Economics 106(3): 869–884.

Joyce, R、X Xu(2019)「21世紀の不平等:IFS Deaton Reviewの紹介」、IFS、2019年5月、

Kline, P、N Petkova、H Williams、O Zidar(2018)「特許から利益を得るのは誰か?革新的企業におけるレントの分配」、NBERワーキングペーパー25245。

Krusell, P、L E Ohanian、J-V Ríos-Rull、G L Violante(2000)「資本とスキルの補完性および不平等:マクロ経済分析」、Econometrica 68 (5): 1029–1053.

Romer, P M(1990)「内生的技術変化」、Journal of Political Economy 98(5): 71–102.

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