今日の競争的な環境は、高校生に情熱ではなく、磨き上げられた履歴書を追い求めさせているのでしょうか。
大学の副学長と入学審査責任者として、私たちはつい先ほど、合格させた学生、不合格とした学生、そして合格させたかったものの、どうしてもできなかった学生への連絡を終えたところです。
結果にかかわらず、どのグループにも、資格偏重という広がりつつある現象に巻き込まれた学生がいました。これは正式な資格に頼る慣行であり、高校生活の素晴らしい4年間であるはずの自己発見の時期を、あまりにも頻繁に損なっています。
数字合わせ以上のもの
本当は興味のない アドバンスト・プレースメント(AP)科目 を履修したり、履歴書で「見栄えがよくなる」からと組織の役職に就いたり、本当は楽しんでいないスポーツをしたりするなど、学生はあまりにも頻繁に、発見し、楽しみ、成長しようとするのではなく、人に感心してもらおうとしているのです。
大学への入学を目指す学生は誰もが、「強力な志願理由」を示したいと考えています。
しかし、私のような入学審査担当者や、高校生に助言する進路カウンセラーには、学生、高校、そして高等教育機関の間で「資格偏重」がますます広がっていることが、次第に明らかになっています。
ある程度は、私たち自身にも責任があります。
大学の ランキング は指標に大きく依存しています。そして率直に言えば、人は「Aランク」のリストに載るのが好きです。指標が学校に関する場合もあれば、出願者や合格者に関する場合もあります。
最善を尽くしているつもりでも、学生が自分たちの大学に合うかどうかではなく、その学生を合格させることが私たちの「プロフィール」にどう影響するかを考え始めてしまいます。
大学は「数字合わせ」のゲームに加わらざるを得ず、試験の得点、成績、AP科目の数、課外活動の数、推薦状の数などだけを根拠に学生を合格させているのではないかと、私はあまりにも頻繁に懸念します。
学生は自分の情熱を追っていない
その結果、多くの学生は、親や教師、進路カウンセラー、そして、そう、大学に促されて、入れる限りの 「最良の」 学校に進学するためだけに履歴書を作るかのように生活しています。
それの何が問題なのでしょうか。
大学にとって、それは、学生が本当は何者で何ができるのかを必ずしも反映しない、本人が表明する関心や実績に基づいて学生を評価することを意味します。それは学生にとっても、大学にとっても望ましくありません。
それは、単に学生を募集して一つのクラスとして入学させるだけでなく、クラスをつくり、その構成員が相乗的に力を発揮できるようにしたいという私たちの願いを損ないます。彼らはしばしば、共通点よりも違いによって活力を得るのです。
学生にとっては、高校生活がさまざまな経験の寄せ集めとなり、その多くが、自己発見や、自分自身のために関心や卓越性を追求するためではなく、他人に感心してもらうために選ばれることになります。
誤解しないでください。
多くの学生は、自分の関心、能力、希望を理解したいという、純粋に素晴らしい動機に突き動かされています。
しかし、あまりにも多くの学生が、適切な学校に進み、適切な科目を学び、適切な活動に参加し、適切な友人を持ち、適切なプログラムでボランティアをし、適切な職業を計画する必要がある、と言われています。そして、それが延々と続きます。
その結果、ソローの「人々の大半は、静かな絶望のうちに人生を送る」という観察を、早くから、しかも望まぬ形で実感することがよくあります。
あまりにも多くの学生が、自分は本質的に「成長の途上」にあり、常に変化し続け、決して完成することはないと理解できていません。(ほとんどの大人も大差ありません。)
そして、彼らが残りの人生に備えられるよう急ぐあまり、今まさに彼らの人生で起きていることを十分に生かす機会を奪ってしまっています。
成功を本来の価値のためではなく、人に感心してもらうために示すよう圧力をかけるすべての人から、学生はもっと良い扱いを受けるべきです。
大学は学ぶ喜びを取り戻す必要がある
大学は力になれるでしょうか。
私たちは、数字だけでなく、栄誉だけでなく、宣伝効果のための実績だけを求めているのではないと表明できます。そして、探究心、情熱、自己発見、さらには素朴な楽しさに根差した実績を持つ学生を受け入れることで、その決意を示せます。
私たちは学生に、大学は充実したキャリアと人生への出発点だと伝えています。そして、それはそうあるべきです。
高校や大学が、自己理解と充実を求める探究よりも履歴書づくりが優先されると示唆するなら、学生に重大な不利益をもたらしかねません。
成功する人生とキャリアにつながることを願う道のりに踏み出す若者たちに、私たちは何を伝えるべきでしょうか。
その道のりを導くために、私が提案したいことをいくつか挙げます。
自分にとって本当に大切なことを定め、羅針盤にしましょう。
自分自身に投資しましょう。伸ばすべき才能があなたにはあります。
今あるものを生かして最善を尽くしましょう。苦手なことがあっても構いません。
リスクを取りましょう。ただし、賢明に。
自分の人生として引き受けましょう。責任を持ちましょう。
誠実さを培いましょう。何よりも、それが大切です。
あなたを鼓舞してくれるメンターを見つけましょう。
これは「気分をよくする」ためのリストではありません。
また、学生だけに向けたリストでもありません。私たちは全人的な評価に引き続き取り組まなければなりません。
教育者として、私たちは公平性、広い視野、そしてそれ自体のために卓越性を尊ぶ姿勢を取り戻す必要があります。
家族や友人、信頼できる機関から得られる知恵を、子どもたちにつなぐ必要があります。その知恵はこれまで、各世代が個人として、また集団として実りある成長を遂げる助けとなってきました。
私たちが一致団結して制度を変えられないのなら、恥じるべきは私たちです。
本記事は、 The Conversationとの協力により掲載されています。掲載されたことは、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味しません。
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著者:ジョアン・マッケナは、ベントレー大学の入学管理担当副学長です。
画像:ケンブリッジのハーバード大学で、卒業証書授与式に臨む学生たち。ロイター/ブライアン・スナイダー。

