世界の最重要リスクとして、各国のトップ意思決定者は、発生確率と影響度がともに高いリスクの上位2つに、異常気象と気候変動対策の政策の失敗を挙げています。それにもかかわらず、意思決定者が気候問題に置く優先度と、一般の人々の懸念の度合いとの間には、大きな隔たりがあるように見えることが少なくありません。
この隔たりが重要なのは、2つの理由からです。第一に、政治家が気候変動対策を採用するのは、有権者から強い要求がある場合に限られるからです。第二に、気候関連リスクを管理するうえで最も効果的な取り組みの多くは、家庭のレベルで行う必要があるからです。たとえば、強風に耐えられるよう自宅を補強するための投資や、暴風雨警報を受けて避難するかどうかの判断が挙げられます。

リスクを感じるということ
行動心理学者は、気候リスクが過小評価される理由の一つとして、そうしたリスクが呼び起こす感情的な関与の弱さを挙げています。気候リスクは空間的にも時間的にも遠すぎるように感じられ、リスクを感じるという感覚が生まれにくいのです。確率に応じて重みづけした費用と便益を合理的に計算すること以上に、私たちが予防策を講じるきっかけとなるのは、この感覚です。
ある出来事を容易に思い浮かべられると、人はそのリスクをより高く認識することが研究で明らかになっています。保険に関する判断では、まさにこの傾向が見られます。たとえば、大規模な洪水の翌年には洪水保険の契約が急増しますが、その効果はすぐに薄れます。3年以内に、保険の契約数は洪水前の水準に戻ります。
気候変動は洪水よりも想像しにくく、思い浮かぶのは、氷冠が溶ける様子や水没する太平洋の環礁など、世界でも最も遠い場所のイメージです。この距離感は調査にも表れています。回答者は気候変動を世界全体にとって非常に重大なリスクと認識する一方、自分や家族にとってのリスクかどうかを考えると、その順位をはるかに低く評価します。
気候リスクを伝える
科学者たちは、気候変動に関するコミュニケーション戦略を設計する際、こうした行動に関する知見を取り入れてきました。人々が気候変動によって自分の地域がどのような影響を受ける可能性があるか理解できるよう、世界規模の気候変動モデルを地域レベルに細分化する取り組みが大きく進められています。
一般向けの情報発信では、情報の見せ方にもいっそうの注意が払われています。目安の一つは、平均的な12歳の子どもにも読める文章にすることです。短く、明快で、専門用語を使わない文で構成します。インフォグラフィックは、情報を詰め込むのではなく、一つのメッセージを伝えるように作るべきです。物語は統計よりも人々の心に響くため、適切な場合にはナラティブを活用します。
こうしたことの多くは常識のように思えるかもしれませんが、専門性の高い用語を慎重に使う学術的な議論の基準とは大きく異なります。専門家同士のやりとりで頻繁に使われる用語も、一般の人々にはまったく違う意味で受け取られることがあります。「有意」という言葉を考えてみてください。統計学者にとってこれは、効果がどれほど小さくても、2つの変数の関係が偶然によるものである可能性がきわめて低いことを意味します。一方、一般の人々や多くの政策立案者にとって、「有意」は重要性を表す言葉です。そのため、ごく小さな効果を「有意」と呼ぶのは不自然に感じられるでしょう。
数字や言葉にとどまらず、テクノロジーの普及は、より効果的な情報発信の機会をもたらします。発展途上国でスマートフォンが普及したことで、文章による警告だけでなく、写真や動画も脆弱な地域社会に届けられるようになりました。
視覚情報が持つ潜在的な価値は、フィリピンで台風ハイエンに関するリスク情報の伝達が悲劇的な失敗に終わった事例に示されています。住民にはテレビやテキストメッセージで、差し迫った「高潮」への警告が伝えられましたが、多くの人はその言葉の意味を理解できず、沿岸地域から避難しませんでした。この場合、写真一枚は千の言葉にも勝る価値があったでしょう。
報道機関は現在、山火事や洪水に関する情報を伝えるため、複合現実の活用を試みています。火災や洪水が自分の町でどのように広がる可能性があるかを人々が視覚的に捉えられれば、効果的な予防策を取るための後押しになるかもしれません。
人々の声に耳を傾ける
リスクコミュニケーションの重要な指針の一つは、対象となる人々を理解することです。適切な語彙や視覚情報を使うだけでは足りません。極端な気象現象や気候変動のリスクに対処する際、人々が直面する現実的な制約を理解するために、伝え手が努力することも必要です。
災害が起こりやすい地域に暮らす人々は、金銭、身の安全、健康、家族の世話に関わるさまざまなリスクに日々対処している場合があります。こうした別のリスク要因にも目を向けることで、適切なメッセージが必ずしも適切な行動につながらない理由が見えてきます。
インド東部のオディシャ州はサイクロンが起きやすい地域ですが、気象警報システムは人々に情報を届けるうえで非常に効果的になり、現在では大半の人が避難所にたどり着いています。しかし、財産が盗まれることや家畜の安全を強く心配し、自分の命を危険にさらすことになっても自宅にとどまる家族もいます。こうした人々の安全を守る政策では、早期警報システムの導入をはるかに超えて、根本にある問題に対処する必要があります。
リスクコミュニケーションの方法も、対象となる人々の優先事項や制約を考慮して調整する必要があるかもしれません。エルダー・シャフィールとセンディル・ムライナサンが希少性に関する研究で示したように、限られた資金を日々やりくりすることに常に気を配っていると、将来の計画を考える余力がほとんど残りません。厳しい予算をやりくりする能力が高まることはあっても、何を優先するか絶えず計算しなければならないことで、視野が狭まるような状態に陥ります。その結果、将来の計画を立てたり、貯蓄、投資、保険加入を決めたりすることが難しくなります。これらはいずれも、強靱性を高めるうえで欠かせません。
対話としてのコミュニケーション
最終的に、気候リスクに関する効果的なコミュニケーションは、世界規模の専門知識と地域に根ざした知見との対話という形を取るでしょう。シンガポール国立大学のロイズ・レジスター財団リスクの一般理解研究所は、ビッグデータを用いた人々のリスク認識の分析や、実験と試行を通じたリスクコミュニケーション戦略の厳密な評価により、この対話に貢献しています。
リスクに対する一般の人々の理解が深まれば、専門家はより説得力のある指針を示し、人々は気候が変化するなかで自分たちを守るためのより良い判断を下せるようになると、私たちは考えています。


