科学者のジェマ・ワダム氏は、氷河の融解が生命に差し迫った脅威をもたらしていると語ります。
氷河と氷床には、世界の淡水の約70%が蓄えられています。
ワダム氏は、スイス・アルプスからヒマラヤまで、氷河の研究にキャリアを捧げてきました。
科学者のジェマ・ワダム氏が初めて氷河に出会ったのは20歳のときでした。ノルウェーから南極、スイス・アルプスからヒマラヤまで、氷河や氷床の研究に携わってきた彼女は、そのすべてが縮小していく様子を見てきました。
2021年国連気候変動会議(通称COP26)がスコットランドのグラスゴーで閉幕を迎えるなか、地球温暖化の影響についてワダム氏が発する警告は、かつてないほど重要性を増しています。彼女は、氷河の消失を「生命への差し迫った脅威――多くの命、世界中の何百万人もの人々、そして私たちが知る世界への脅威」と捉えるべきだと語ります。
ノルウェー北極大学(UiT)とブリストル大学で氷河学を研究するワダム氏が、氷上での暮らしや、気候変動によって私たち全員が直面する課題について、世界経済フォーラムに語りました。
氷河のどんなところに魅力を感じますか。また、氷河の研究があなたにとってこれほど個人的な歩みとなったのはなぜでしょうか。
私にとって氷河は、自然界の第八の不思議のような存在です。巨大な氷の舌が山のクレバスを越えてゆっくりと下り、周囲の湖や川、海に融雪水を注ぐ。その姿はとてもダイナミックです。そうした場所にいるだけで、自然環境との深いつながりを感じます。一方で、人間がそこで暮らすのはかなり厳しいことでもあります。私たちは氷河のすぐそばに住むことはあまりありません。だから、氷河はいつも私にとってとても個人的な存在なのです。
あなたの著書『Ice Rivers』には、氷河の科学を生き生きと伝える、現地での調査研究の細かな記録が満載です。氷河学者としての生活から、エピソードを一つ聞かせていただけますか。
氷床や氷河のそばで過ごす日々の多くは、とにかく毎日を生き延びることに費やされます。スヴァールバル諸島で博士課程の研究をしていた時期は、氷河学者としての人生で最も印象深い時期の一つでした。若かったことも理由の一つでしょう。若い頃は何事も強く感じるものだと思います。何もかもが初めての経験でした。フィヨルドのほとりにある小さな木造小屋で数か月暮らし、自分で暖を取り、食事を作ろうとしていました。それでも、そこは信じられないほどすばらしい環境です。ホッキョクグマが現れることもあり、そうした状況に備えて、必要なら身を守れるよう、常にライフルを携帯しなければなりません。フィヨルドを泳ぎ下るシロイルカが浅瀬で皮膚を脱ぎ落とす姿も見られます。キョクアジサシもいます。氷河へ向かうには、彼らが巣を作っている場所を横切らなければならず、頭めがけて急降下してきます。実際に血が出ることもあります。
世界各地で氷河や氷床が融解することから、私たちはどのような教訓を学ぶべきでしょうか。
自分の目でこうした変化を見てきたので、とても恐ろしいことだと感じます。私が20歳で氷河に魅了され、研究を始めた頃に訪れたスイス・アルプスの小さな氷河は、同じ期間に前縁が1キロメートル後退しました。
私たちは多くの氷河を失うことになるでしょう。恐ろしいのは、氷河が淡水を通じて私たちの命綱となっているだけでなく、周囲の非常に脆弱な環境や生態系と結びつき、さまざまな形で生命維持装置の役割を果たしていることです。そして私たちは、実質的に自分たち自身の生命維持装置を断ち切ろうとしているのだと思います。
あなたのキャリアを通じて、氷河に対する私たちの理解はどのように変わりましたか。
私が20歳で研究を始めた頃、氷河学は主に数学と物理学を扱う分野でした。氷河の内部や周囲には生物が生息していないと考えられていたからです。砂漠のような、不毛で生命のない土地だと思われていました。しかし、私が博士課程を始めて間もなく、スイスで私が研究していた谷氷河の下の泥の中に、暗く冷たい環境で暮らす微生物の集団が見つかったという報告がありました。それは私の氷河に対する考え方を一変させました。世界中の人々、そして科学者たちの氷河に対する見方も変わりました。氷河はもはや不毛の荒地ではありません。庭からひとつかみすくい上げた土や、森林環境と同じくらい、生命に満ちているのです。






