世界の排出量報告では、グリーントランジションに向けた投資や政策の判断を導く指標を、より適切に取り入れることが求められています。
しかし、現在の炭素会計が企業による排出削減の取り組みを十分に捉えているのか、疑問が残っています。
回避排出量を認識することで、低炭素への移行を加速させる技術に投資を振り向けられる可能性があります。
20年以上にわたり運用されてきた世界の排出量報告の枠組みは、転換点を迎えています。規制当局、投資家、意思決定者からの圧力が高まるなか、排出量を正確に測定するだけでなく、現実の投資や政策の判断をより適切に導き、グリーントランジションへと向かわせる指標を、さらに取り入れることが求められています。
この仕組みの中核にあるのが、GHGプロトコルです。これは、世界中の企業で最も広く使われている、直接排出(スコープ1)、エネルギー関連排出(スコープ2)、バリューチェーン排出(スコープ3)の炭素会計基準を定めました。
企業の気候情報の透明性向上に大きく貢献してきた一方で、現在の測定システムが、企業によるカーボンフットプリント削減の取り組みを十分に捉えているのかという疑問が残ります。
現在の炭素会計基準に残る課題
認識の空白が生じている可能性があるのは、最終ユーザーの排出削減に大きく貢献し得る、質の高いソリューションを製造する企業です。
東レは日本の繊維メーカーで、航空機メーカーのボーイングに炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を主要供給しています。同社の材料を採用した航空機は、従来モデルより最大20%軽量化できます。これは、航空機のライフサイクル全体で排出量を約7%削減することに相当します。しかし、その7%を企業全体のカーボンフットプリント削減への正当な貢献として認める制度的枠組みや基準はありません。
大手空調機器メーカーのダイキンは、2024年に二酸化炭素を3億1,309万トン排出しました。そのうち2億6,260万トン、つまり83.9%は、市場における同社製品の使用に起因するものでした。同時に、よりエネルギー効率の高い製品の販売により、同じ製品使用段階でCO₂排出量を4,820万トン削減しました。
一方、電機メーカーのパナソニックは、製品がユーザーのGHG排出量削減にどう役立つかを示すため、「貢献インパクト」を測定・開示しており、その影響を測定・報告する国際的に認められた基準の策定を求めています。
回避排出量とは
パナソニックが「貢献インパクト」と呼ぶものは、一般に「回避排出量」として知られています。持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)は、回避排出量を次のように定義しています。「低炭素ソリューションがある場合と、そのソリューションがない代替シナリオとを比較した際に生じるプラスの影響」。
一部の業界にとって、この概念は目新しいものではありません。2013年には、化学業界が回避排出量を評価・報告するための方法論文書を公表しました。この調査を踏まえ、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、指標と目標に関する推奨開示項目として「製品ライフサイクル全体を通じて回避されたGHG排出量」を、2017年に公表した最終報告書に盛り込みました。
この概念が登場して以来、回避排出量には批判も寄せられてきました。特に、報告主体の通常のGHGインベントリから回避排出量を差し引いた企業開示は、読者に混乱を招きました。
これに対処するため、WBCSDは2023年から2026年にかけて、回避排出量の概念を適切に使う方法に関する一連のガイドラインを公表しました。そこでは、回避排出量をGHGインベントリとは別に、明確に区分して算定・報告することが推奨されています。
WBCSDが2023年3月に最初の報告書を発表して間もなく、札幌に集まったG7のエネルギー・環境担当大臣は、閣僚コミュニケでこの概念の重要性を認めました。
これと並行して、共同の取り組みを通じてカーボンニュートラルを目指す日本企業のフォーラムであるGXリーグは、回避排出量に関する複数のガイダンス文書を公表しました。その後、同じ志を持つ実務家による集中的な議論を通じて、内容はさらに練り上げられています。
これらの文書は、気候関連リスクだけに焦点を当てるのではなく、報告主体の気候関連の機会を高めるうえで回避排出量が果たす役割の重要性を強調しました。GXリーグの活動は、後継組織であるGXフューチャー・コンソーシアムに引き継がれる見込みです。
2026年初頭には、電気・電子技術の国際標準を策定する国際電気標準会議(IEC)が、関連する製品やシステムからの回避排出量の定量化と伝達に関する国際規格を公表しました。
同年後半、GHGプロトコルは「行動と市場メカニズム」に関する白書の公開協議を開始しました。この白書には、販売した製品の使用による回避排出量についての項目が含まれています。
GHGインベントリを所管する機関がこのテーマについて意見を募ったことは、社会的な関心の高まりを示しています。
回避排出量をめぐる金融の重要な役割
これまで、回避排出量の評価手法の開発は、主に排出量の多い業界が主導してきました。今必要なのは、投資家や金融関係者の支持です。
投資や融資の意思決定に回避排出量を取り入れれば、関連技術を持つ企業が一層取り組みを進める後押しとなります。すでに道を切り開きつつある投資家もいます。
大手金融サービスグループの野村は、GXリーグの作業部会の一つで回避排出量に関する議論を主導してきました。同社は最近、投資家の視点から、回避排出量が企業価値の向上に寄与し得るかを検討した報告書を公表しました。
グループ傘下の野村アセットマネジメントは、株式ポートフォリオの気候関連分析において、企業のGHG排出量だけを考慮することには限界があると認識しました。低排出製品の販売拡大を通じて社会全体の排出削減に貢献しているにもかかわらず、投資先企業の排出量が増加しているように示されることを懸念していました。そのため、成長の可能性を評価する指標として回避排出量を導入することは、資産運用会社にとって理にかなっていました。
ロンドンに本拠を置くシュローダーも、投資分析に回避排出量を取り入れている投資家です。シュローダーは、回避排出量を投資先企業が市場の需要を獲得する潜在力を評価する手段と捉えています。
投資家の関心が高まるなか、東レは、2013年の実績と比べ、2030年までに回避排出量を25倍に増やすことを目指しています。一方、パナソニックは、2050年までに年間2億トン以上の回避排出量を達成することを目標に掲げています。
認知の拡大と適切な開示に向けて
この取り組みはまだ始まったばかりです。回避排出量を広く受け入れられる指標としてさらに普及させるには、WBCSDのガイダンスとIEC規格が示す一連の課題を解決する必要があります。
まずは、ベースライン、参照シナリオ、帰属などの技術的要素について、より精緻な定義を定めるとともに、算定条件の開示を促すことができます。
回避排出量を適切に活用すれば、ユーザーの排出量を実質的に削減する製品やサービスを生み出すことで、企業は自らの炭素削減目標の実現に近づけます。




