ハリウッド、英国政治、その他さまざまな分野でのセクシュアルハラスメント疑惑は、すでに多くの女性が知っている現実を明るみに出した。
男性による嫌がらせや妨害、侵害は、不快ではあるものの避けられない人生の一部として、よく見過ごされている。それが女性の人生を形作る重要な要因であることは、ほとんど認識されていない。
コメディアンのジョー・ブランドが最近、クイズ番組「Have I Got News For You」で語った内容は、こうした仕組みを理解する手がかりとなる。
パネリストのイアン・ヒスロップが一部の嫌がらせを「重大犯罪ではない」と退けたのに対し、ブランドは性的暴力の連続性について説明した。
重大な犯罪ではないのは分かっています。でも、女性が庶民院のような場所で包囲されていると感じるのに、重大な犯罪である必要はありません。実際、女性は、たとえ小さなことでも嫌がらせを絶えず受けていると、それが積み重なり、心身をすり減らしていきます。
単発の出来事を序列化するのではなく、ブランドの発言は、セクシュアルハラスメントを累積し、相互につながるプロセスとして理解する必要があることを示している。この分野における私自身の研究は、このプロセスがいかに早く始まるかを示している。
話を聞いた女性の3分の1強は、12歳以下のときにセクシュアルハラスメントを受けた経験を思い出した。相手は顔見知りの成人男性の場合もあったが、小学校の男子同級生であることのほうがはるかに多かった。少女の10代では嫌がらせがさらに一般的で、ほぼ3分の2が思春期に侵害を受けた経験を語った。こうした経験の加害者は、成人男性である可能性がはるかに高かった。
こうした幼少期の経験は、困惑を招く。なぜ男性がそんなことをするのか分からず、若い女性たちは何が起きているのかを説明してもらおうと、周囲の女性に目を向ける。そして、語られた話に共通していたのは、セクシュアルハラスメントはありふれたことだというメッセージだった。
話を聞いたある女性は、13歳で新聞配達をしていたとき、成人男性に口笛を吹かれたのが最初の嫌がらせの経験だったと話した。彼女はこう語った。「家に帰って母に話したのを覚えています。とても動揺していたのに、母は『これが人生よ』という感じでした。」
別の女性も、母親から同じような反応を受けたことを思い出した。
子どものころ、男性に口笛を吹かれたりしたのを覚えています。母はそれを笑い飛ばして、『ばかな男ね』と言うだけでした。
別の女性は、15歳のときの経験を語った。
彼氏の家に歩いて向かっていたとき、男が私のすぐ近くで露出しました。彼が何をしているのか、よく分かりませんでした。警察は呼ばれませんでした。なぜ呼ばれなかったのか……ええと、よく分かりません。母は「成長の一部にすぎない」と言いました。
こうした反応は、セクシュアルハラスメントがプロセスであることを強く示している。女性にとってセクシュアルハラスメントは、特別なことではなく、人生の一部であり、個人の問題だから個人で解決すべきだというメッセージだ。そのため女性は、被害を防ぎ、避け、無視し、最終的には(母親たちと同じように)受け流すために、行動や動き方を変え、習慣的に自らの自由を制限することを学んでいく。
心身をすり減らす
自分自身の人生で経験が積み重なるにつれ、女性たちは、子どものころの経験に対する反応を、思いやりの行為、つまり世代から世代へ知識を伝えることとして捉え直す。インタビューに応じた一人は、こう説明した。
だから、最初のときのことをよく覚えているのだと思います。私に起きたひどいことについて、言いたいことがあったからです。でも、それ以降は時間とともに少しずつ、ますます普通のことになっていきました。母が言ったように、人生の一部で、毎日の習慣のようなものに。母は分かっていたんです。
私は公共空間について女性たちに話を聞いたが、相次ぐ報告が示すように、こうした経験は人生のあらゆる場面で女性につきまとう。若い女性が学校に通うようになってもつきまとい、2014年には約60%が何らかのセクシュアルハラスメントを受けた。女性が大学に進んでもつきまとい、約70%がセクシュアルハラスメントを経験している。そして最近の出来事が改めて示したように、職場にもつきまとう。自宅で男性から性的暴力や暴行を受ける女性が多いことも言うまでもない。こうしたことすべてが、私たちの口を閉ざすメッセージを強めている。繰り返し自分たちに起きるのだから、私たち自身に問題があるに違いない。そして、自分たちだけに起きることなど、本当は重要ではないのだ、と。
今、女性たちが経験を語るために声を上げている理由は、これで説明できる。ハリウッドからウェストミンスターまで、私たちが活動するうえで中核となる機関の一部に根付いていたセクシュアルハラスメントが明るみに出たことで、子どものころから嫌がらせへの対応を特徴づけてきた、問題の個人化や軽視に異議を唱えやすくなった。私たちは別のメッセージを受け取りつつある。セクシュアルハラスメントは、構造的な問題が個人に現れたものだというメッセージだ。そして構造的な問題には、構造的な解決策がある。今こそ、女性がなぜ声を上げているのかという問いから、なぜ今になってようやく声が届くようになったのかという問いへ、焦点を移す必要がある。


