米国とカナダではブラック・ヒストリー・マンスを祝うなか、欧州諸国より8か月早く、ペンギンは必読書のリストを発表した。そこには、トーマス・ジェファソンの黒人の娘にまつわる知られざる物語から、ほぼ90年前に書かれた、人種的アイデンティティの流動性を考察する作品までが含まれている。
『ジェファソン家の娘たち:若きアメリカの三姉妹、白人と黒人』キャサリン・ケリソン著
トーマス・ジェファソンには3人の娘がいた。白人で自由の身だった娘が2人、黒人で奴隷だった娘が1人だ。マーサとマリアは修道院付属学校で教育を受けたが、建国初期のアメリカの法律や慣習によって選択肢を狭められた。一方、ハリエット・ヘミングスはジェファソンの助けを得て奴隷の身分から逃れたものの、その先には不確かな未来が待っていた。異なる道を歩んだ女性たちに目を向け、キャサリン・ケリソンは問いかける。「すでに否定されたはずのジェンダーと人種のイデオロギーが、なぜ今もこれほど強く米国人を支配し、分断し続けているのだろうか?」
『アフリカ系米国人とラテン系の人々から見た米国史』ポール・オルティス著
アフリカ系米国人とラテンアメリカ系の男女の生涯と功績をたたえる、もう一つの米国史。クリスパス・アタックスからセサル・チャベス、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアまでを取り上げる。ポール・オルティスは、ハイチ革命やメキシコとキューバの独立戦争が、米国における社会民主主義の発展に与えた影響をたどる。
『ブラック・ノー・モア』ジョージ・S・スカイラー著、ダンジー・セナ序文
「米国の黒人が全員、白人になったら何が起きるだろうか?」1930年代に書かれた、人種への執着を風刺する本作は、黒人の保険外交員マックス・ディッシャーの物語だ。ある処置を受けた彼は、永久に白人のマシュー・フィッシャーとなり、白人至上主義団体の重要な一員になる。
『マーチ』ジョン・ルイス、アンドリュー・エイディン、ネイト・パウエル著
ブラック・ライブズ・マターを背景に、1960年代半ばの公民権運動を描くグラフィックノベル三部作。著者のジョン・ルイスは、下院議員であり公民権運動の象徴的な人物でもある。信念に基づいて異議を唱える術、彼の言葉でいえば「必要な厄介事」を学んだ自身の歩みを語る。『マーチ』は、ルイスがアラバマ州セルマで率いた行進の場面で始まり、同じ場面で終わる。1965年3月7日、州警察官と警察が非暴力の抗議参加者を襲撃したこの日は、「血の日曜日」として知られる。
『ラルフ・エリソン評論集』ラルフ・エリソン著
小説『見えない人間』で最もよく知られるラルフ・エリソンは、政治や社会を論じるエッセーも執筆し、批評家は彼を米国文学の巨匠たちに並ぶ存在と評している。これらのエッセーは人種の問題を論じるとともに、文学、民間伝承、ジャズ、文化、そして黒人米国人が送る人生のあり方や質を掘り下げる。
『パッシング』ネラ・ラーセン著
1929年に初めて刊行された『パッシング』は、クレア・ケンドリーの物語を通じて、人種的アイデンティティの流動性を描く。肌の色が白いため、白人社会に「白人として通る」ことができる女性クレアと、アフリカ系米国人のコミュニティーにとどまることを選んだ幼なじみのアイリーン・レッドフィールドを描いた作品だ。後に「ブラック・プライド」と呼ばれるようになる考え方の初期の例でもある。
『黒人の魂』(「才能ある10分の1」と「白人の魂」所収)W・E・B・デュボイス著、イブラム・X・ケンディ序文
W・E・B・デュボイスは、人種隔離を指す「カラーライン」、黒人と白人を隔てる「ヴェール」、そして人種差別的な白人社会の目を通して常に自分を判断する黒人米国人の葛藤を表す「二重意識」という概念を広く知らしめた。歴史と自伝を織り交ぜ、米国の人種差別の深刻さを振り返り、抑圧に抗う道筋を示す。
『ベリーが黒ければ黒いほど……』ウォレス・サーマン著、アリソン・ホッブズ序文
ハーレム・ルネサンス期の最も議論を呼んだ作品の一つである『ベリーが黒ければ黒いほど……』は、黒人コミュニティー内部の偏見を扱う。肌の色を理由に、肌の色がより薄い家族や友人からさえ拒絶されていると感じる若い女性の苦境を描く。ニューヨーク市に移り住んだ彼女は、1920年代の活気あふれるハーレムの文化シーンに受け入れられることを願う。
『笑いなしではいられない』ラングストン・ヒューズ、アンジェラ・フローノイ著
労働者階級や貧困層のアフリカ系米国人の経験、黒人の暮らしにおける黒人音楽の重要性、黒人の言葉の美しさ、そして「品位」への執着がもたらす罠を描く、登場人物を中心とした小説。家族の暮らしを描く物語で、登場人物一人ひとりが、主人公のサンディが自分の世界をどう生き抜くかの例となっている。


