ロボットへの課税はうまくいかない、とヤニス・バルファキス氏

Honda's latest version of the Asimo humanoid robot runs during a presentation in Zaventem near Brussels July 16, 2014. Honda introduced in Belgium an improved version of its Asimo humanoid robot that it says has enhanced intelligence and hand dexterity, and is able to run at a speed of some 9 kilometres per hour (5.6 miles per hour). REUTERS/Francois Lenoir (BELGIUM - Tags: SCIENCE TECHNOLOGY BUSINESS SOCIETY) - RTR3YVQI
But a lump-sum tax on robots would merely lead robot producers to bundle artificial intelligence within other machineryImage: REUTERS/Francois Lenoir
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ケンは農家のルークに雇われ、大型収穫機を操作して十分な収入を得ている。ケンの給与からは所得税と社会保障費が納められ、それが地域の恵まれない人々を支援する政府プログラムの財源となっている。ところがルークは、ケンをネクサスというロボットに置き換えようとしている。ネクサスは、昼休みも休暇も病気休暇もなく、どんな天候でも、より長時間、より安全に収穫機を操作できる。

ビル・ゲイツ氏はこう考える。格差を緩和し、自動化による雇用代替がもたらす社会的コストを埋め合わせるには、ネクサスに所得税を納めさせるか、ケンをロボットに置き換えたルークに高額の税を課すべきだ。そして、この「ロボット税」は、ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)のような制度の財源に充てるべきだという。UBIをめぐる数ある提案の一つであるゲイツ氏の案は、豊かな社会があまりにも長く見過ごしてきた、資本主義と人間性の興味深い側面を垣間見せてくれる。

自動化の要点は、ケンとは違い、ネクサスがルークと労働契約を結ぶことは決してないという点にある。実際、ネクサスは所得を得ない。ネクサスに代わって所得税を擬似的に課す唯一の方法は、ケンの最後の年収を基準給与とし、ケンが納めていた額に相当する所得税と社会保障費をルークの収入から徴収することだ。

この方法には三つの問題がある。まず、ケンが解雇されていなければ、その所得は時間とともに変化していただろうが、基準給与は変えられない。変更するとしても恣意的になり、税務当局と企業の対立を招く。ケンが雇用され続けていた場合に給与がどれほど上がった、あるいは下がったかという推計をめぐって、税務当局とルークは結局、実現不可能な議論を繰り広げることになる。

第二に、人間が一度も操作したことのないロボット稼働機械が登場すれば、ロボットに課す税額を算定する基準給与となる過去の人間の所得が存在しない。

最後に、ネクサスには「所得」税を課す一方、ネクサスが操作する収穫機には課さないという扱いを、哲学的に正当化するのは難しい。そもそも両方とも機械であり、人間の労働をより多く奪ったのはネクサスではなく収穫機だ。両者を異なる扱いにする唯一の擁護可能な根拠は、ネクサスのほうが自律性が高いということだ。

しかし、ネクサスは収穫機とは異なる意味で、どの程度本当に自律しているのだろうか。どれほど高度なネクサスであっても、自発的に、あるいは製作者の助けを借りて意識を獲得した場合に限り、自律的だと考えられる。

ネクサスが、1982年の映画『ブレードランナー』のネクサス6型レプリカントのように、その飛躍を遂げた場合に限り、「彼」は収穫機とは別個の存在と見なされる「権利」を得ることになる。だがそのとき、人類は新たな種と新たな公民権運動(私も喜んで参加する)を生み出し、ネクサスの自由とケンと同等の権利を求めるだろう。その権利には、生活できる賃金、最低限の福利厚生、参政権が含まれる。

税務当局と企業の新たな対立(租税回避や汚職を伴う)を招かずにロボットに所得税を納めさせることはできないとすれば、ルークへの販売時点でネクサスに課税するのはどうだろうか。それはもちろん可能だ。ケンをネクサスに置き換えた瞬間に、国がルークから一括税を徴収すればよい。

ゲイツ氏は、ロボットに所得税を「納めさせる」次善の策として、この方法を支持する。自動化のペースを抑え、技術による雇用代替の影響を打ち消すために税制上の抑制策を設けることは、全体として賢明な政策だと考えている。

しかし、ロボットへの一括税は、ロボットメーカーに人工知能を他の機械に組み込ませるだけだろう。ネクサスはますます収穫機に内蔵され、収穫を行う単純な部品からロボット部分だけを切り分けて課税することが不可能になる。

ロボット販売税は廃止するか、資本財全般を対象とする販売税に拡大するしかない。だが、あらゆる資本財への課税に対する反発を想像してほしい。国内の生産性と競争力を損なう者には災いあれ、というわけだ。

産業資本主義が登場して以来、私たちは所有財産と資本を区別することがひどく苦手であり、その結果、富、地代、利潤の違いも見分けられずにきた。富裕税の設計が非常に難しいのはこのためだ。ネクサスと、彼が操作する収穫機とを概念上区別する問題があるため、ロボット税の仕組みについて合意することは不可能だろう。

しかし、資本主義のもとでの暮らしを、すでに複雑なもの以上に難しくする必要があるだろうか。ロボット税に代わる、導入しやすく正当化も簡単な方法がある。それは、ユニバーサル・ベーシック・ディビデンド(UBD)であり、あらゆる資本からの収益を財源とする。

新たに発行される株式(IPO)の一定割合を公的信託に拠出し、そこから生じる収入をUBDの支払いに充てることを想像してほしい。実質的に、社会がすべての企業の株主となり、配当は全市民に均等に分配される。

自動化によって生産性と企業収益が向上すれば、社会全体がその恩恵を分かち合うようになる。新たな税も、税法の複雑化もなく、既存の福祉国家の財源にも影響しない。実際、利益の増加とUBDによる自動的な再分配が所得を押し上げれば、福祉国家に回せる資金は増える。労働者の権利を強化し、生活できる賃金を実現すれば、繁栄を分かち合うという理想は新たな活力を得るだろう。

最初の二つの産業革命は、華々しい納屋のような工房で偉大な発明家たちが作り、抜け目のない起業家たちが買い取った機械を基盤としていた。起業家たちは、「自分たちの」機械が生み出す収入の流れに対する所有権を要求した。今日の技術革命の特徴は、資本の生産がますます社会化されていることだ。実際的な対応策は、資本が現在生み出している巨額の収入の流れに対する所有権を社会化することだろう。

要するに、ネクサスにもルークにも課税するのはやめよう。その代わりに、ルークが農場に持つ株式の一部を公的信託に移し、そこから全員に普遍的な給付を行う。さらに、今も働いているすべての人の賃金と労働条件を改善する法律を制定するとともに、税金を使ってケンに失業給付、地域での有給雇用の保障、または職業訓練を提供しなければならない。

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