ウォートン校の金融学教授、トッド・ゴームリーによると、株主は経営者の働きぶりが次の3つの点で不十分だと考える。1つ目は比較的明白で、経営者が自らの役割に十分な努力を払っていないと見なされる場合だ。2つ目は、投資家ではなく自分自身に利益をもたらす行動を取る場合。3つ目は、おそらくあまり明白ではないが、株主価値の創出に必要なリスクを取らず、「安全策を取る」場合だ。
新たな研究論文「安全策を取るのか?経営者の選好、リスク、エージェンシー問題」で、ゴームリーと共著者であるノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のデビッド・マツァは、企業に損害を与える可能性がある一方で、株主価値の創出にもつながり得るリスクを経営者が避けた場合に生じる問題を検討している。Knowledge@Whartonとのインタビューでゴームリーは、「安全策を取る」ことがなぜ発見しにくい問題なのか、また経営者の自社株保有比率を高めることが、株主価値に影響するリスク回避につながり得るのはなぜかを語った。
以下は、会話を編集した記録である。
経営者が「安全策を取る」理由とその方法:
私の研究では基本的に、経営者が常に株主の最善の利益に沿って行動するとは限らない理由と、経営者の不適切な行動を抑止するために投資家ができることを検討している。
一般に、経営者の働きぶりが不十分になる主な理由は3つあると考えられている。1つ目は、十分な努力を払わないことだ。努力にはコストがかかるため、投資家として監視しなければ、経営者は努力しない。2つ目は、株主ではなく自分自身に利益をもたらす行動を実際に取ること。3つ目が私の研究の焦点であり、共著者と私が「安全策を取る」と呼ぶ行動、つまり株主価値を生み出すために必要なリスクを取らないことだ。
経営者が[リスクを取らない]理由は、会社に多くを結び付けられているからかもしれない。[事業]がうまくいかなくなれば、キャリアに悪影響が及び、個人資産も、分散投資をしている株主よりはるかに大きな影響を受ける可能性がある。そのため、経営者はリスクをあまり取ろうとしない。
「経営者が安全策を取る行動は……企業全体の価値、投資、成長に影響を及ぼし得る。」
共著者と私は、安全策を取ることが投資家にとって顕著な問題なのかを明らかにしようとした。そのために、敵対的買収から保護された企業がどう行動するかを調べた。米国では、州内に所在する企業の買収を難しくする法律を制定した州がいくつかある。これは興味深い。金融学では、買収は経営者を規律づける仕組みの一種と考えられているからだ。経営者の業績が悪く、株主価値を損なう行動をしていれば、株価は下がる。その結果、別の投資家グループが参入して会社を買収し、経営者を解任して価値を高めやすくなる。
では、経営者である私が、州が買収から自分を守る法律を制定したために、もはや買収を心配しなくてよいとしたら、株主の利益よりも自分自身の利益に基づいて行動できる。問題は、買収から保護された経営者が何をするかだ。
共著者と私が発見したのは、州レベルの法律によって保護された経営者は、リスクをあまり取らなくなるということだ。株価の変動率が下がり、現金保有額が増えることを確認した。また、分散化を目的とした買収も増えていた。先行研究によれば、これは経営者がリスクを減らそうとする方法の1つだ。そして、この行動は株主の利益にかなうようには見えない。こうした買収はマイナスの……リターンにつながることが分かる。また、安全策を取ることがより重要だと考えられる企業、すなわち経営破綻のリスクが高い企業や、経営者が会社のリスクに個人的に大きくさらされている企業に、そうした買収が集中していることも分かる。
主な結論:
私たちの研究から得られる主な結論の1つは、 経営者が安全策を取る行動、つまり価値を生み出す可能性のあるリスクを引き受けないインセンティブが、企業全体の価値、投資、成長に影響し得るということだ。Twitter 株主価値を生み出すには、ある程度リスクを取らなければならない。過去に優れた製品となったものについて考えてみてほしい。その製品を生み出すために、誰かがリスクを取った。経営者がそうしなければ、必ずしも価値を生み出しているとは言えない。
もう1つの結論は、安全策を取る行動は一般に、株主には非常に見つけにくいということだ。[株主]は、経営者がどのような投資案を比較検討しているか、その期待収益やリスクがどの程度かを把握できない。経営者が大きな価値を生み出し得る特定のプロジェクトを避けているのか、リスクやそれに伴う個人的な影響を懸念しているのかは分からない。あるいは、企業が現金を多く保有しているのを目にする。企業は、投資機会があれば実行できるよう現金を確保していると言う。それは本当だろうか。それとも、経営難を心配し、将来問題が起きないように現金を保有しているだけで、株主価値を実際には生み出していないのだろうか。株主には分かりにくい。しかし、私たちの研究が指摘しようとしているのは、経営者は一般に、私たちが望むよりもリスクを抑えようとしている可能性があるということだ。したがって、実際により多くのリスクテイクを促すことが重要かもしれない。
最も意外な結論:
私自身は驚いたとは言わないが、経営者が安全策を取る傾向が、自社の株式を最も多く保有する人々に集中していたことは、ほかの人には意外かもしれない。ウォートン校では通常、経営者に一生懸命働いてもらい、現金を浪費しないようにするには、会社の株式を多く与え、持ち分を増やせばよいと学生に教える。確かに、それによって経営者は一生懸命働き、現金を浪費しなくなる。しかし実務では見過ごされがちだが、特に安全策を取る[行動]など、一部の問題を実際には悪化させる可能性がある。持ち分を増やすことで、経営者を会社のリスクにさらにさらすことになる。安全策を取るインセンティブを強めてしまうのだ。
「[経営者の]持ち分を増やすことで……安全策を取るインセンティブを強めてしまう。」
実務上の意味:
私たちの研究結果が示す実務上の意味の1つは、投資家や株主として、経営者が株主価値を生み出す行動を取っていないと考えるなら、解決策を見つけるために、なぜそうしないのかを理解することが重要だという点だ。例を挙げよう。昨年夏、ウォール・ストリート・ジャーナルに、米国の企業や起業家がリスクに対して慎重になっていると嘆く、非常に優れた記事が掲載された。こうした企業がリスクを取らないため、米国の成長と投資は過去5~10年間、低調だったという。なぜリスクを取らないのだろうか。株主として、単に多大な努力が必要で、経営者がその努力をしたくないからだと考えるなら、会社の持ち分をさらに与えるのが解決策の1つとなる。
一方、経営者が安全策を取り、キャリアを心配しているためにリスクを取らないのであれば、解決策は大きく異なる。持ち分を増やすことは、必ずしも望ましくない。会社のリスクにさらにさらすだけだからだ。代わりに、オプションを付与するなど、別の方法を検討してもよい。私自身の研究を含む先行研究では、オプションがリスクテイクを促すことが示されている。
この研究はほかにどこに当てはまるか?
私の考えでは、安全策を取る傾向は起業家にも顕著だ。[例えば、]ウォートン校を卒業する学生を考えてみてほしい。全員に、給与がよく、福利厚生や健康保険も充実した企業で良い仕事に就く機会がある。一方で、新しい会社や製品について素晴らしいアイデアがあり、代わりにそれを[追求]できる学生もいるかもしれない。しかし、起業には明らかにリスクがある。多くの人は起業せず、給与と安定した健康保険のある安全な仕事に就くのではないかと思う。私はこれを、安全策を取っている可能性があると捉える。そして、これは非常に重要なことだと思う。
誤解を解く:
私たちの研究が解く可能性のある最大の誤解は、経営者の持ち株比率を高めれば、必ず最善の行動を取るようになるという考えだろう。金融危機以降、これについて多くの注目が集まっている。経営者の持ち株比率を増やし、会社の長期的なリスクと結び付く譲渡制限付き株式を与えるべきだという考えだ。それによって一部の問題は解消されるだろうが、別の問題、特に安全策を取る問題を悪化させる可能性もある。会社の長期的なリスクに結び付けられると、心配事が格段に増える。株主が望むよりもリスクを取らなくなるかもしれない。リスクがあるという理由だけで、大きな価値を生むプロジェクトを見送る可能性もある。
「私の研究が示しているのは、経営者は多大な努力を払っていても、その努力が必ずしも株主価値の創出を目指す形で向けられていない可能性があるということだ。」
本研究の独自性:
経営者が不適切な行動を取る理由に関するほかの研究と私の研究が異なる点の1つは、過去の研究の大半が、経営者は十分な努力をせず、いわゆる「安楽な生活」を送りたがる、つまり一生懸命働きたくないという考えに焦点を当てていることだ。一方、私の研究が示しているのは、実際には経営者が多大な努力を払っている可能性があるものの、その努力は必ずしも株主価値の創出を目指す形で向けられていないということだ。むしろ、株主ではなく経営者個人の利益のために、会社のリスクを減らすことに努力を向けているのかもしれない。
今後の研究:
次に検討したいことの1つは、最近の医療保険法が、個人の起業選択に影響を与えるかどうかだ。医療保険法が成立する前は、個人が会社を起業すると、個人で健康保険に加入するのは非常に難しかった。そこで、少なくとも健康保険に入れる9時から5時までの仕事に就くのが代替案だった。現在は法律が成立し、保険市場ができて個人が加入しやすくなった。私の考えでは、安定した9時から5時までの仕事に就かなくても健康保険に加入できると分かり、自分の会社を起業する人が大幅に増えるだろう。
本記事は、 Knowledge@Whartonとの協力により掲載されている。掲載は、世界経済フォーラムによる見解の支持を意味しない。
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著者:トッド・ゴームリーは、ペンシルベニア大学ウォートン校の金融学助教。
画像:2012年2月29日、バンガロールのアウトソーシングセンターで、世界各地の時間帯を示す時計の下にいる作業員。REUTERS/Vivek Prakash



