私は目標を達成していた。企業社会の基準で言えば「成功した」のだ。立派な角部屋のオフィスと、それに見合う高い給与を得た上級幹部だった。世界各地で3,500人を超える従業員が私の部下で、「顧客体験の向上」のために数百万の予算を持っていた。
キャリアにこれほど恵まれていたのに、なぜ辞めたいと思ったのか。実に単純なことだ。幸せではなかったのだ。「チーズはどこへ消えた?」という素晴らしい本を読んで、楽しいのは目的地に着くことではなく、そこへ向かうことだと気づいた。楽しさは、道のりや、何かを成し遂げるための苦闘にあった。
辞めたいと思うのは簡単だったが、実行するのは難しかった
そう、私はキャリアの始めに掲げた目標を達成していた。実際、長い道のりだった。学校を出て最初に就いた仕事は、冷凍食品小売店で冷凍食品の陳列ケースに商品を補充することだったのだから。だが目標を達成すると、もう挑戦しがいのあることがないと気づいた。成功の証しをすべて手にしていた一方で、意欲を失っていた。いわば機械のハンドルを回し続けていたのだ。恵まれた待遇にもかかわらず、私の仕事はただの仕事で、多くの点でそれまでの仕事と変わらなかった。
正直に言おう。私にとって、これはちょっとした危機だった。ここまで来るために懸命に働き、企業社会で「出世する」ために多くを犠牲にしてきた。ところが、いざここにたどり着くと、失望した。これまでの努力はすべて時間の無駄だったのだろうか。
ある企業が顧客を第一に考え、取引にあたって顧客の望むことに耳を傾けると、何が起こるのかを私は身をもって見てきた。当時は「顧客体験」という概念について誰も語っておらず、少なくともあと数年はそうだった。それでも私は興味を引かれた。自分に正直になって考えると、望みははっきりしていた。あらゆる活動の中心に顧客を据える方法について助言する、自分の会社を始めることだった。
唯一の問題は、実行するのが怖くてたまらなかったことだ。
それでも実行すると決める
ほかのことと同じく、会社勤めにも良い面と悪い面がある。間違いなく良い面の一つは、自分で事業を始めるより安全に感じられることだった。企業での仕事の進め方は分かっていた。会社で享受していた特典にも満足していた。毎月給与が振り込まれると分かっていて、経済的にも安心感があった。誰もが知るように、これは決して小さなことではない。
小規模事業の経営方法は分からなかった。始め方もまるで見当がつかなかった。さらに、子どもたちはもうすぐ大学に進学するところで、私はかなり大きな経済的責任を負うことになっていた。安定した収入を危険にさらすには、最善のタイミングとは言えなかった。
分別ある自分は、今の役職のまま「落ち着いて、そのまま続けよう」と言った。しかし、そもそも私をここまで導いた夢想家の自分は、コンサルティング会社を始めろと、しつこく促すのをやめなかった。そのせいで眠れない夜が続き、自分の精神状態について率直に不安を抱くようになった。
それでも、しつこく促す自分は、良いアイデアがあると分かっていた。大切な新しい考えを広めるのに、適切な経験を適切な時期に積んでいた。怖くてたまらなくても、今がその時だと心の底では分かっていた。そこで妻に相談し、会社勤めを辞めて自分の会社を始めることにした。
振り返ることはなかった
うまくいったと喜んで報告できる。実際、これまでに下した決断の中でも最高のものの一つとなった。私は会社勤めを辞め、 ビヨンド・フィロソフィーという世界規模の顧客体験コンサルティング会社を設立した。人間の感情が顧客との関係に及ぼす影響や、その関係を形づくる人間の脳の興味深い要素への情熱は、予想もしなかった形で私の職業人生を豊かにしてくれた。この15年間で、自分が信じること、好きなことをするのがいかに大切かを学んだ。もう機械のハンドルを回し続けてはいない。それは私にとって大きな違いをもたらした。
この記事を読んでいる方の中にも、大きなキャリアの転機を考えている人がきっといるだろう。転職を考えている人もいれば、業界を変えようとしている人もいるかもしれない。私のように、独立を考えている人もいるだろう。当時の私と同じように、失敗や未知のものへの恐れに苦しんでいるかもしれない。気持ちはよく分かる。皆さんの幸運を願っている。リスクについては、誰もが自分にとって納得できる判断をすべきだと思う。
それでも、ひとつ助言できるとしたら、こう伝えたい。恐れを、挑戦しない理由にしてはいけない。もし恐れに屈していたら、人生とキャリアをより良い方向へ変える一歩を踏み出せなかっただろう。リスクを取らない方がよい理由がある場合もある。だが、恐れは決してその理由にはならない。
会社勤めが恋しくなったことは一度もない。自分が経営者になるのは素晴らしい。私は自分の会社を始めるために会社勤めを辞めた。振り返ることはなかったと、喜んで報告したい。
この記事は、 LinkedInとの協力により掲載されています。掲載は、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味するものではありません。
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著者: コリン・ショーはビヨンド・フィロソフィーのCEO。
画像: ラ・デファンスの遊歩道を歩く女性。ロイター/ゴンサロ・フエンテス。



