長寿テレビシリーズの『スタートレック』では、登場人物は知識労働者で、食料や住居、受け入れられるかどうかを心配している様子はありませんでした。彼らの社会は包摂的で、持続可能なイノベーションを協働で実践していました。
さまざまな宇宙船の乗組員が宇宙で遭難しても、『スタートレック』のコミュニティーは互いに支え合っていました。それぞれの建築環境は自らのニーズを満たし、ほかの惑星の社会と出会ったときも、そこでは包摂的で持続可能な開発が実践されていました。
ここから得られる教訓は、重要な目標を達成するには包摂的なアプローチが必要だということです。そのためには、次の課題に取り組む必要があります。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が示す地球温暖化を1.5~2℃に抑える目標への対応、国連の持続可能な開発目標の達成に向けた取り組み、そして持続可能な都市の開発です。
従来型市場への挑戦
従来の市場の機能は、いくつもの面で変化を迫られています。
手頃な価格のデジタルプラットフォームのおかげで、売り手は世界中の顧客に容易にサービスを提供でき、買い手も実店舗の市場に縛られなくなりました。個人は健康や資産、働き方(テレワークやギグエコノミー)をより自分で管理できるようになっています。
企業の寿命が短くなっていることも忘れてはなりません。平均50年超から、わずか10年ほどにまで短縮しています。そのため、大企業を誘致するための大規模投資は、回収に時間がかかる場合、リスクを伴う可能性があります。政治的な成果にはなっても、経済的な効果には疑問が残るかもしれません。
先進国の市場は成熟しつつあります。その傾向は、たとえば中国の自動車産業の縮小などに表れています。一方、技術変化によって市場が移り変わることもあり、たとえばオンラインショッピングの拡大が挙げられます。経済力は徐々に移り、雇用は新たな地域へと移動し、人工知能やロボット工学などの新しいイノベーションも生まれています。
こうした変化は誰にでも影響します。特定の産業や地域に限られた景気循環上の問題ではありません。新たな発想と行動が求められます。
都市は、こうした影響を和らげたり、新たな機会をつかんだりするため、包摂的な成長とイノベーションに向けた官民共同投資の取り組みを主導できます。
包摂的な成長の実現
経済協力開発機構(OECD)は、包摂的な成長を「社会全体に公平に分配され、すべての人に機会をもたらす経済成長」と定義しています。包摂的な成長は、所得格差をめぐる議論の基盤であり、持続可能なベーシックインカムの必要性もその議論に含まれます。
ベーシックインカムを導入した、または導入を検討している国には、ケニア、フィンランド、カナダなどがあります。
残念ながら、試験的な取り組みがうまくいかないこともあります。しかし、経営の第一人者エドワード・デミングが説明したように、問題の94%は人ではなく不適切なシステムに起因し、修正することができます。
人々には、良質な仕事に就く権利があります。『スタートレック』のコミュニティーでは、誰もがどこかで貢献しています。
デジタル経済では、OECDの報告書が指摘するように、教育水準の低い人など、一部の人々は新たな仕事や職種に就くのがより難しくなります。人と仕事のつながりを強化し、人々が仕事に就けるよう準備する取り組みを増やす必要があることは明らかです。
住みやすさと持続可能性
イノベーションは、都市をより住みやすく、持続可能にするうえで重要な役割を果たします。
包摂的な成長の実現は、個人、雇用主、政策立案者が共同で担う責任です。そのため都市は、こうした関係者を議論に参加させる必要があります。地域の資源と新たなイノベーションを組み合わせれば、地域の富を生み出し、暮らしと都市の持続可能性を向上できます。テクノロジーは行動様式を変え、サービスの公平性を高めることができます。新たな解決策を生み出すのは、既存の枠組みを揺さぶる発想です。
人工知能、自動化、デジタルプラットフォームの進歩によって、経済全体が再構築されています。こうしたテクノロジーは、富の格差や生活の質に好ましい影響を与える可能性があります。
しかし、適切に配慮しなければ、逆の影響をもたらす可能性もあります。たとえば、経済の独占化や、雇用を危険にさらすことが挙げられます。
雇用主にも果たすべき役割があります。従業員を大切にする企業は、競争上の優位性を得るだけでなく、社会的な信頼も高めるでしょう。
市民にも果たすべき役割があります。廃棄物の削減、孤独、移動、地域開発、健康など、重要な課題の解決に市民が関わる例は数多くあります。
しかし、民間部門、さらには政府など、単一の主体に責任を委ねても、必要な成果を適時に得られない可能性が高いでしょう。包摂的な成長を目指す考え方とイノベーションの育成は、あらゆる公共・民間部門で、すべての市民とともに進めるべきです。
包摂的なイノベーションのアイデア
包摂的な成長とイノベーションは、誰もがつながり続けられるデジタルインフラから始まります。エネルギー、車の所有、教育、技能訓練、廃棄物管理、食料生産のあり方を見直す技術やアイデアが含まれます。ブロックチェーンを基盤とするガバナンスシステム、医療、銀行サービスなど、新しい構想も含まれるでしょう。
循環型経済の考え方はその一例です。地域に雇用を生み出すとともに、地域経済に経済的、社会的、環境的に持続可能な選択肢をもたらします。
たとえば、ブリュッセルの都市型農場は、アクアポニックスを組み込んだ建物を基盤としています。このプロジェクトは、「テクノロジー、持続可能な実践、地域の人々が一体となり、消費者、生産者、環境に役立つ食料システムをつくることで、食料生産に変化をもたらしたい」としています。このモデルは輸送の必要性を減らし、都市空間を持続可能な方法で再利用し、環境に配慮した運営手法を取り入れ、地域の雇用を生み出します。
もう一つの戦略的な例は、手頃な価格の基礎的なエネルギーを提供することです。M-Kopaはナイロビの太陽光エネルギー事業者です。地域で製造した低価格のソーラーキットを提供しており、工夫を凝らした融資によって、エネルギー分野のイノベーションを消費者がすばやく導入できることを示しています。ケニアの人々は、非常に安価なソーラーキットを少額の分割払いで購入します。これは地域の雇用を促進しながら農村住民のニーズに応え、技能を育み、さらなるイノベーションに向けた技術活用の道を開くことで、より多くの機会を生み出す可能性があります。
都市の役割
今日、都市にはより大きな役割が期待されており、その方向へ進む態勢も整っています。より効率的かつ効果的に活用できる資源(人々、企業、インフラ)を備えているからです。効果を上げている戦略の例も数多くあります。多様な関係者との協働によるイノベーションラボの設立、新たなパートナーシップ、地域の課題解決に焦点を当てた新しい働き方を実現した都市もあります。
欧州の一部の都市は、予算の一定割合を確保し、地域の起業家によるサービスやコスト構造の改善を支援しています。こうした取り組みは、地域により大きな利益をもたらす可能性があり、都市から都市へと繰り返し、改善していくこともできます。
『スタートレック』の公式とは、協力してアイデアや資源を共有し、社会と地球にとって最善の利益を考え、テクノロジーを人々の利益と進歩のために活用し、一人ひとりを社会の価値ある一員として育てることです。包摂的なイノベーションを通じて、地域の問題に地域の解決策を見いだします。
この記事は、ジャック・プツェイスが執筆した、シルヴィ・アルベール編の近刊『持続可能な都市を実現する革新的な解決策』(ケンブリッジ・スカラーズ)所収の章に基づいています。プツェイスは包摂的成長フォーラムの会長であり、Talent4Boardsの共同創設者です。また、EASDAQ(NASDAQ Europe)の市場監督機関のCEO兼社長も務めました。


