若者は、名も顔もないひとまとまりではない。それなのに、なぜ私たちはそのように扱うのか?

Portraying youth as a homogenous population fails to recognize their complexity
Portraying youth as a homogenous population fails to recognize their complexityImage: Helena Lopes
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世界の開発援助には、現在の社会運動と共通する点がある。どちらも若者に大きな焦点を当てている。一般に、若者人口の増加が歴史的な繁栄をもたらし社会の進歩を促す可能性、あるいは不安定を引き起こし、紛争や暴力を招く可能性が強調される。

若者が社会に前向きな変化をもたらし、その可能性を発揮できるようにすることは重要だが、このアプローチは往々にして単純化しすぎている。若者を、多様な集団の集まりではなく、正しい方向へ導くべき単色の魚の群れのように扱っている。若者は多くのシステムの一員であり、社会の織物に深く織り込まれている。また、技能、地理、政策、資源によっても区分される。

若者を均質な集団として描くことは、その複雑さを認識できていない。脆弱性、意義ある仕事の機会の不足、不平等、暴力といった重要な世界的課題の解決には、若者の大きな主導的役割が必要だが、そうした課題の解決を妨げる逆効果にもなりかねない。

傾向を示す線の背後には、変化し続ける人々がいるImage: 世界銀行

開発援助が「若者」と呼ぶ人々の豊かな未来を支えるには、まず恣意的な年齢制限を撤廃し、若者を見下すような形でことさらに区別するのをやめ、若者の各層が直面する課題の大きな違いを十分に考慮しなければならない。

恣意的な年齢区分を撤廃する

政策立案者は誰が「若者」に当たるかを議論するが、「若者」の人口は絶えず変化しているため、その区分はさほど重要ではない。国連は若者を15歳から24歳までと定義している。USAIDの若者対象プログラムは10歳から29歳までの人々を対象とする。どの年齢定義を用いるにしても、この集団が決して固定的でないことを認識しなければならない。人々は常にこの集団に加わったり、別の年齢層に移ったりする。若者と関わることは、人々と関わることと同じであり、彼らは変化し続ける。

人々を力づけようとしながら「若者」と呼ぶことは、見下すことにつながる

若者向けプログラムには、どこか恩着せがましいところがある。まるで、子どもと同じように、若者は行動面の成長や学習、心理的な変化と適応の最中にあり、父権的な庇護を必要としていると、私たちがそれとなく言っているかのようだ。もちろん、私たちが若者と呼ぶ年齢幅の初期にある人々には、親の世話と導きが必要だ。しかし、その年齢幅の後期にある人々は、安定した生活、生計、仕事、尊厳、公平さ、包摂を重視する点で、他の年齢層と変わらない。

場所が持つ力を考慮する

地理的条件によって大きな違いが生まれる。中東とアフリカの若者が直面する課題には共通点もあるが、大きく異なるため、解決策を一般化すると逆効果になりかねない。例えば、エジプトの失業率は、より高い教育を受けた若者ほど高い一方、南アフリカでは高学歴の若者のほうが、はるかに良い雇用の見通しを持つ。この2か国の教育や雇用へのアプローチを一般化することには、ほとんど意味がない。

若者の間に大きな違いがあることを認める政策声明は数多くあるものの、若者を均質な集団とみなす視点から、具体的な課題や機会にどう取り組むかを考える視点へと転換する、広く受け入れられた枠組みは存在しない。

参考になるのは、旧ソビエト圏諸国に広がった、共産主義後の民主化支援かもしれない。民主化支援として始まった取り組みは、自由で公正な選挙、機能する政党、市民参加、効果的で説明責任を果たす公的機関、市場に配慮した経済・財政政策、汚職対策などを支える個別のプログラムの枠組みへと発展した。

明確にしておくと、「若者」という視点を用いることがまったく無益なわけではない。若者に不均衡な影響を及ぼす課題を特定し、その解決に資源を振り向けることは有益だ。若者は未来を担うからだ。しかし、失業、過激主義、ギャングによる暴力など、若者に不均衡な影響を及ぼす多くの課題は、若者によって引き起こされるのではない。したがって、解決には他の人々との深い関わりが必要となる。

雇用機会を創出し、生産性を高める

仕事と生産性は、とりわけ絶え間ない技術変化の圧力のもとでその形を変えながらも、若い世代の経済成長と繁栄を確かなものにし、先進国などの高齢化する人口を支える社会福祉制度を維持するという課題において、依然として究極の目標である。生産性は仕事、そして多くの場合、技能に関わる。年齢は二次的な要素だ。例えば、雇用主が求める技能と、労働市場にいる人々が持つ技能とのミスマッチを考えてみよう。若者が適切な技能を身につけることに注力すると、機械に置き換えられつつある高齢労働者の再訓練を見落とす。なぜ両者を分けるのか?

暴力的過激主義に取り組む

過激主義に傾倒する若者について語るとき、私たちが話題にしているのは、過激な思想、運動、行動である。若者は過激主義者による勧誘の標的となる割合が高いが、孤立した状態で勧誘されるわけではない。若者は地域社会の一員であり、勧誘の試みに対抗するには「地域社会全体」で取り組むアプローチが必要だ。過激な言説の影響力を弱め、勧誘者の温床となる紛争を防ぎ、誰かが暴力に誘い込まれようとしているときには親や地域社会が介入するよう促し、経済的機会へのアクセスを支援することに、的を絞って取り組む必要がある。

ギャングに立ち向かう

一般に、ギャングの構成員の大半は若者である。例えば中央アメリカでは、ギャング構成員の大半は12歳から24歳までである。集団として、彼らは壊滅的な暴力を引き起こしてきた。2015年、エルサルバドルは、戦争状態にない国の中で殺人率が最も高いとされた。しかし、ギャングを組織する若者は、暴力的な紛争、政治的抑圧、強制移住、麻薬、汚職の結果として生まれている。解決には若者自身を超えた、はるかに広いエコシステムが関わる。政治的抑圧を弱める民主主義推進の取り組み、公正な資源配分を確保する汚職対策、雇用機会を広げられる起業家などが含まれる。

強制移住に取り組む

国際移住の増加は、多くの国民国家に負担をもたらしている。さらに重要なのは、それが民族、宗教、人種に基づく憎悪や偏見を再燃させたことだ。この傾向は、こうした国々でポピュリズムが再び台頭する一因となっている。アジアとアフリカでは依然として農村部が大半を占める一方、都市中心部へ向かう人口移動は絶えず続き、都市への圧力となっている。その結果、行政サービスが乏しい、あるいは存在せず、保健と治安が脆弱で、非国家主体が政府と競合したり、政府の影響力をしのいだりする居住地域が生まれている。移住者や新たに都市化した人々の大きな割合を若者が占める。彼らには、新たな技能、意義ある仕事、そして包摂的な地域社会と公正な制度がもたらす希望が必要だ。

若者の育成について語るとき、若者のあり方は、解決しようとする課題や、それが生じる状況と同じくらい多様である。若者を一律にひとくくりにせず、解決すべき具体的な課題を抱えた人々として捉える、課題に焦点を当てたアプローチが必要だ。若者は世界的課題を解決するための重要な一片である。しかし、より効果的なアプローチ、そして本当の解決策は、若者に影響を及ぼす問題を絞り込み、その問題に即した具体的な解決策を築くことにある。

若者に注目することは歓迎すべきだが、新たな物語を作ったり、分類体系を一から作り直したりする必要はない。若者が暮らす環境のガバナンス体制を強化すること、すなわち、資金、鉱物、土地、水、行政サービスなどの公共資源を公正に配分し管理すること、市民の声に応える公的機関を整えること、経済的機会へのアクセスを確保すること、信頼できる情報が自由に流通するようにすること、不満に対処する公正な仕組みを設けることが、若者の直面する問題に取り組む最も効果的な枠組みであり続ける。

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