学術界でも産業界でも、協働は長年にわたり科学的発見とイノベーションの鍵となってきました。
「Stick to Science」キャンペーンは、ホライズン・ヨーロッパをめぐり、スイスおよび英国と連携協定を締結するよう求めています。
そうした合意により、大陸全体に開かれ、包摂的で、卓越性を重視する研究環境を築けると、同キャンペーンは主張しています。
科学に国境はありません。自明のこと、あるいは陳腐な決まり文句にさえ聞こえるかもしれませんが、現在進行中の政治交渉で忘れてはならない理念です。交渉の対象となっているのは、ホライズン・ヨーロッパであり、スイスと英国がEUの研究プロジェクトから除外される可能性があります。
今日そして明日の課題を解決するには、研究者の協働を減らすのではなく、増やす必要があります。長年重要な役割を担ってきたスイスや英国の研究者と緊密に連携すれば、過去と同様に、ホライズン・ヨーロッパのプロジェクトも恩恵を受けるでしょう。
ETHチューリッヒがIBMリサーチとナノテクノロジー分野で協働し、Stick to Scienceキャンペーンを主導する背景には、こうした考えがあります。このキャンペーンは、スイス、英国、EUの三者すべてに、現在の膠着状態の解消に努め、スイスおよび英国との連携協定を実現するよう呼びかけています。
「Stick to Science」キャンペーン、協働を呼びかけ
著名な科学者240人以上がすでに、この取り組みを支持する「最初の署名者」として、公に賛同を表明しています。これにはノーベル賞受賞者12人、フィールズ賞受賞者3人のほか、元欧州委員で世界貿易機関(WTO)の前事務局長、パスカル・ラミー氏などの著名人が含まれます。
欧州委員会の研究・イノベーション総局の元事務局長で、ホライズン2020の主要な立案者であるロバート=ヤン・スミッツ氏と、著名な数学者でフランスの政治家でもあるセドリック・ヴィラニ教授も署名しました。
IBMリサーチでは、常に協働を推進し、促してきました。世界各地でディスカバリー・アクセラレーターを立ち上げている今、その取り組みはかつてないほど重要です。これは、私たちの包括的な戦略である「Accelerated Discovery」の一環です。
新素材の開発に活用される「ハードテック」
これらのディスカバリー・アクセラレーターは、量子コンピューティング、人工知能(AI)、ハイブリッドクラウド、ハイパフォーマンス・コンピューティングといった、私たちが「ハードテック」と呼ぶ分野の画期的な技術を利用可能にし、統合するための拠点です。
量子技術とAIのエコシステムを育み、新素材をより速く開発することが狙いです。COVID-19パンデミックのような感染症の流行に対応する医薬品の開発、より効率的なエネルギー貯蔵、急増する世界人口への食料供給など、さまざまな課題に取り組むうえで、こうした技術は今、かつてないほど必要とされています。
そして、オープンな協働のもとに力を合わせれば、こうした世界的課題すべてに首尾よく対処できる可能性は大きく高まります。それは、ホライズン・ヨーロッパを常に支えてきた理念にも通じる精神です。
取り組みが新たなイノベーションを促進
最新のディスカバリー・アクセラレーターが、つい先日カナダで立ち上げられました。ケベック州ブロモンにIBM Quantum System Oneを設置しました。この取り組みにより、カナダ全土および海外の研究者は幅広いAIモデルとハイパフォーマンス・コンピューティング・システムを利用し、新素材の発見を加速する方法を探ることができます。
量子システムの設置と連携はこれで3例目となります。これまでにドイツのフラウンホーファー研究所、日本の川崎市産業振興財団(Kawasaki Business Innovation Center)で実施しました。また、米オハイオ州のクリーブランド・クリニックと、ソウルの延世大学にオンプレミス型量子システムを構築する計画もあります。
英国のハートリー国立デジタル・イノベーションセンターにあるようなディスカバリー・アクセラレーターもあります。そこでは研究者がクラウド経由でIBMの量子コンピューターを利用できるほか、商用および開発中のAI技術にもアクセスできます。
アイデアの自由な交換がイノベーションの鍵
これらすべてのディスカバリー・アクセラレーターは、協働とアイデアの自由な交換を基盤としています。長く費用のかかる試行錯誤を経て新素材を生み出すという、従来の発見の進め方を変えつつあります。
この方法で新しい分子を特定するには、研究におよそ10年かかることが少なくありません。その分子を基に素材を作るには、1000万ドルから1億ドルもの費用がかかることもあります。しかし今では、従来型コンピューティング、AI、量子コンピューティングが、この煩雑な手法に取って代わりつつあります。
これはもはや理論にとどまりません。私たちの研究者は最近、プロジェクト・フォトレジストで素材の発見にかかる期間をわずか数カ月に短縮しました。AIとロボティクス・システムを活用し、半導体製造に欠かせない成分である新しい光酸発生剤を予測、シミュレーション、試験しました。科学者たちは、従来の方法を用いる場合より100倍速く新素材を作り出しました。
従来の競合企業が研究で協力
産学連携の好例はほかにも数多くありますが、さらに増えるべきです。スタンフォード大学のAI研究所は、IBMリサーチ、グーグル、ウェルズ・ファーゴなど複数の産業界のパートナーと緊密に連携しています。
COVID-19パンデミックが発生した際には、米国立科学財団、NASA、複数の米政府機関や国立研究所、大学、企業が集まり、COVID-19ハイパフォーマンス・コンピューティング・コンソーシアムを設立しました。
このプロジェクトでは、Amazon Web Services、グーグル、IBM、マイクロソフト、インテルなど、従来は競合関係にあった企業が、さまざまな分野の関係者と連携し、パンデミック終息に向けた研究を加速させました。
進歩には協働が不可欠
ここで改めて最も重要なメッセージは、協働です。産業界と学術界の連携であれ、複数の国際的パートナー間の連携であれ、進歩には協働が不可欠です。
EU、スイス、英国に対し、連携協定を速やかに締結するよう求めます。そうすれば、研究をリードするこの2か国が再び、ホライズン・ヨーロッパの強化に科学面・資金面で貢献し、大陸全体で真に開かれ、包摂的で、卓越性を重視する研究を進めることができます。

