20世紀後半には、科学と政策が融合する動きが見られた。これを受けて、1954年のCERNを皮切りに、欧州で複数の政府間科学機関が設立され、現在ではいずれも各分野を世界的にリードしている。
これらの機関は総体として、基礎物理学から生命科学まで、幅広い基礎研究を担っている。現代社会の基盤となる知識とイノベーションに、いずれも貢献してきた。たとえば、ワールド・ワイド・ウェブはCERNで生まれた。また同研究所は、医療画像診断や治療から太陽エネルギーに至るまで、数多くの技術の発展にも貢献している。科学と政策が協力すると、こうした成果が生まれる。
CERNをはじめとする機関は、科学の卓越性と国境を越えた平和的な協力を促し、科学がより広く社会に貢献できるよう願った、先見性のある科学者や政策立案者の努力によって誕生した。人々と国々が共に、共通の問題を解決し、共通の目標を達成するという理想に基づいて設立されている。こうした機関が体現する科学と政策の連携を、世界は今、かつてないほど必要としている。
CERNが設立された頃と比べ、今日の世界は大きく変わった。科学技術の進歩が大きな機会をもたらす一方で、食料供給から気候変動まで、深刻な社会課題にも直面している。これらの課題を克服するには、いずれも科学の貢献が欠かせない。おそらく最大の課題は、そもそも科学を政策課題に確実に位置づけることだ。
科学と政策の間に隔たりがあれば、最も必要とされるときに、証拠に基づく意思決定が損なわれ、私たち全員に悪影響を及ぼしかねない。科学が政策決定に十分に関与しなければ、気候などの問題に関して世界規模の影響を及ぼす、情報に乏しい判断がなされる恐れがある。また、科学技術がもたらす機会を生かすことも難しくなるかもしれない。
2015年、国連加盟国は「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択した。これは政策と科学が協力する大きな機会となる。同アジェンダは、今後数年間にわたる国際社会のための独自のロードマップであり、貧困の撲滅から健康と福祉の確保、平和で包摂的な社会の促進まで、17の分野で野心的な目標を掲げている。多くの分野で、科学は重要かつ不可欠な役割を果たす。
多くの科学者は政策との関わりを避け、実際、世間の注目も一切避ける傾向がある。その理由の一つは、証拠の微妙なニュアンスがゆがめられ、一部のメディアが好む「科学者が証明」という目を引く見出しにされることへの苛立ちだ。また、自らの研究結果が誤用されることや、政策論議への参加が科学者としての誠実さや職業上の信頼性を損なうことを懸念する場合もある。単に、自分の技能は研究室でこそ生かせると考える人もいる。
政策の場がすべての科学者に向いているわけではなく、そうあるべきでもない。しかし、この難しく複雑な世界に関わる意思と能力のある人々にとって、そうすることの重要性はますます高まっている。私たちの共通の未来は、それにかかっている。科学者には公開討論に参加してもらう必要があり、意思決定者には科学の役割と本質を十分に理解してもらう必要がある。
科学に基づく政策とは、科学者が政治権力の座に就かなければならないという意味ではない。ただし、多くの政権で、選挙で選ばれた代表者のうち科学者が占める割合は、懸念されるほど低い。また、政治的な議論を科学的事実のやり取りに置き換えるべきだという意味でもない。まして、科学者が公共の場で特別な道徳的優位性を持つという意味では決してない。
科学に基づく政策が意味するのは、政策決定が証拠に根ざすよう、科学者と科学が世界的な議論の中で価値を認められ、尊重される必要があるということだ。これによって政策上の特定の結論が必ず導かれるわけではないが、政策決定が暗闇の中で行われないようにできる。意思決定者が何を決めるにせよ、科学的証拠の現状に基づき、起こりうる結果を明確に理解したうえで判断できる。だからこそ、科学者と政策立案者の間の信頼と対話を早急に強める必要がある。そのためには、科学者が関与し、政策立案者が耳を傾けなければならない。


