合成生物学は、生活の質を大幅に向上させると期待されてきました。この分野は「ChatGPTのような転換点」に向けて集結しつつありますが、社会に期待される飛躍的な変化は、まだ実現していません。
デジタル技術の融合やビッグデータの進展によって合成生物学の可能性が広がるなか、生成生物学は、これまで大いに必要とされてきた予測可能性と拡張性をもたらします。
合成生物学の影響を制限してきた根本的な障壁に対処することで、生成生物学は画期的な成果を切り拓きます。
遺伝子関連のバイオテクノロジーは社会に革命をもたらし、40年以上にわたり画期的なイノベーションを生み出してきました。初期の成功例には、インスリンの生産や洗剤用の染み抜き酵素があります。近年では、合成生物学がバイオテクノロジーのイノベーションを加速させており、その例として新型コロナウイルス感染症のmRNAワクチンや病害抵抗性バナナなど、多くのイノベーションが挙げられます。
それでも、生物を設計するためのツールと知識である合成生物学の可能性と約束は、まだ十分に実現されておらず、大きな課題も残っています。一方、生物学を取り巻く分野では、変革をもたらす技術が結集し、新たな知識とツールを生み出しています。その結果、合成生物学は、より効果的で生産性が高くなり、開発や規模拡大もますます速く、低コストでできるようになるでしょう。
実際、私たちは今、生成生物学がもたらす変革の可能性に満ちた時代の入り口に立っています。この未来はどのような姿で、そこにたどり着くには何が必要なのでしょうか。
生成生物学が切り拓く変革
合成生物学は複数の学問分野から生まれました。そして今、他分野の技術が成熟し、融合することで可能性が大きく変わり、この分野にとって重要な転換点を迎えています。
変化を促す要因の一つは、生物学への応用に人工知能(AI)アルゴリズムや機械学習ツールを活用することです。「生成生物学」は、生物学との向き合い方と、そこから得られる成果を変えつつあります。
こうしたイノベーションは、商業化につながる成果の開発を大幅に加速させ、人類と地球に恩恵をもたらす可能性があります。患者一人ひとりに合わせた医薬品を迅速に投与することや、数時間で廃棄物を分解し、価値あるものに変える環境ソリューションを想像してみてください。生成生物学は無限の改善を約束し、すでに画期的な成果を生み出し始めています。
この流れに沿って急速な進展が見られ、毎月、何千もの新しい論文やAIを活用した生物学ツールが登場しています。数年前、あるいは数か月前には想像するしかなかったことが、データ生成、研究室の自動化、コンピューティング能力、AIのイノベーションにおける基盤的な進歩に支えられ、今や現実になりつつあります。
こうした進歩は研究室にとどまらず、すでに商業面で成果を上げています。例えば、AIを活用したタンパク質医薬品設計企業のIcosovaxは、大手製薬会社のAstraZenecaに10億ドル超の取引で買収されました。
医薬品にとどまらず、進歩は人々と地球に具体的な恩恵をもたらしています。例えば、大気中の二酸化炭素と、再生可能電力および水素由来のエネルギーを、化学物質や新たな高タンパク食品へと変換できるようになりました。中国と日本 は、この分野に10億ドル規模の投資を行うと表明しています。
生成生物学の影響を拡大する
地球にも恩恵をもたらすものとして、企業は新たな方法で繊維を製造し、染色する ことで、現在の手法がもたらす環境への悪影響を避けようとしています。コンピュータープログラミングと合成生物学を横断するイノベーションは、洗練された生物工学的アプローチによって、患者の治療成果 を変えています。
生成生物学の大きな可能性を受け、主要な企業も参入しています。Google、Meta、Microsoftなどがこの分野に大規模な投資を行っています。ベンチャーキャピタルも注目しており、生成生物学が商業面でより大きな影響をもたらす新興企業に、数十億ドルが流れ込んでいます。
大手半導体メーカーも重要な役割を果たしています。優れたチップは、優位性をもたらし、ビッグデータを扱いAIツールを実装する高性能コンピューティングの用途を支えます。
投資の拡大と技術の進歩にもかかわらず、合成生物学は、約束してきた成果をまだ十分に実現できていません。
新しい市場や用途に新技術を導入することが 難しい理由は数多くあり、そのほとんどは合成生物学に特有のものではありません。多くの新技術は、産業や市場全体で、従来型の、手厚い補助金を受けている技術に取って代わろうとする際、同じような障壁に直面します。
合成生物学を活用した製品やプロセスが、企業のリーダーや一般の人々にとって望ましい選択肢としての地位を確立するには、ほかにも根本的な課題に取り組む必要があります。長年の課題としては、歴史的に低い一般の認知度、規制の不確実性、商業化にかかるコストと時間、合成生物学の応用分野の大半が商業的に未成熟であることなどが挙げられます。
生成生物学がさまざまな応用分野で商業的な成功を重ねるにつれて、事業の採算性は高まり、投資が流れ込み、世界各地の多様な地理的・経済的環境において、さまざまな規模の企業が生物学を中核的な商業技術として導入するようになるでしょう。
ロバート・スピアイト、CSIRO先端工学生物学フューチャー・サイエンス・プラットフォーム ディレクター
生成生物学の課題と機会を見極める
合成生物学が約束する可能性を余すところなく実現するまでの道のりは長いものの、生成生物学は、生物学の成果をより予測可能にすることで、変革的なブレークスルーの実現を加速しています。
さらに、歴史の長い既存産業と比べて「競争条件を公平にする」うえで、支援的な規制や政策は大きな役割を果たし得ます。性能を高めたカスタマイズ可能な製品がもたらす価値は、エンドユーザーがすぐに理解できる形で実現する必要もあります。
困難と進展を経て、一つ明らかなことがあります。合成生物学を取り巻く状況は変化しています。生成生物学がさまざまな応用分野で商業的な成功を重ねるにつれて、事業の採算性は高まり、投資が流れ込み、より多くの企業が生物学を導入するようになり、世界各地の多様な地理的・経済的環境において、さまざまな規模で中核的な商業技術として活用するでしょう。
生物学による変革が勢いを増すなか、技術主導型のバイオエコノミーを切り拓き、産業を従来の資源採掘型プロセスから転換するには、取り組みを強化し、時間をかける必要があります。その見返りは大きいでしょう。代替手段はより低コストで予測可能となり、ほかに選択肢がほとんどない地球規模および人間中心の課題に対して、より効果的な解決策をもたらします。
豊かな地球、生態系と生物多様性の回復、個別化され誰もが利用できる医療ソリューション、社会のニーズにも応える燃料・化学物質・素材の持続可能で地理的に分散した製造、DNAを用いたエネルギー効率の高い長期データ保存や次世代の生物学ベースのコンピューティングによる情報技術の大きな進歩。生成生物学のおかげで、合成生物学はこうした形で、より良い未来をいっそう実現していくでしょう。


