英語の「nice(親切)」という言葉には、興味深い歴史があります。
もともとは「愚かな」を意味する言葉でしたが、何世紀もの間に「奔放な」から「控えめな」、そして「几帳面な」へと意味が変化しました。今日では、性格を表すやや曖昧で味気ない言葉になっています。「彼女は本当に親切だ」。
しかし、日常的な使われ方からは、私たちにとってとても大切な特性がうかがえます。
性格心理学は、こうした曖昧な概念を解きほぐす助けになります。近年の研究によると、「親切」であろうとする傾向は、関連しながらも異なる2つの性格特性、礼儀正しさと思いやりに分けられる可能性があります。
こうした違いは、社会的な意思決定にも表れます。礼儀正しさは公平さと結びつき、、思いやりは他者を助けることと結びつきます。
2つの特性をめぐる物語
何十年にもわたる研究から、他者への接し方を表す性格特性は、しばしば一緒に見られることが分かっています。これらは、協調性という言葉でまとめられ、5つの幅広い次元の1つとして、人間の性格の大部分を捉えています。
親切さ、誠実さ、共感、謙虚さ、忍耐強さ、信頼性といった、私たちがとりわけ大切にする資質は、この次元に含まれます。これらは幼い頃から身につき、他者や自分自身を評価する際の重要な基準となります。
しかし、「親切」な性格特性のまとまりに例外はあるのでしょうか。心は広いけれど口が悪い友人や、礼儀正しいけれどよそよそしい知人はどうでしょう。
実は、協調性は意味のある形でより狭い2つの特性に分けられます。礼儀正しさとは、攻撃的であることに対して、他者を尊重しようとする傾向を指します。礼儀作法を守り、社会の規則や規範に従うことであり、いわば立派で良識ある人々、あるいは「善良な市民」に見られる特性です。これに対して、思いやりとは、冷淡であることに対して、他者を感情的に気遣う傾向を指します。たとえば、よく知られた「善きサマリア人」に見られる特性です。
この2つの特性は明らかにしばしば一体となって現れますが、興味深い形で異なる面もあります。たとえば、政治的イデオロギーに関する研究によると、礼儀正しさは保守的な見方やより伝統的な道徳観と結びつき、思いやりはリベラリズムや進歩的な価値観と結びついています。
ある見方では、礼儀正しさと思いやりは異なる脳のシステムと結びついています。礼儀正しさは攻撃性を司るシステムと、思いやりは社会的な絆や親和性を調整するシステムと結びついているとされます。この見方を裏づける証拠はいくつかあり、脳画像研究では、礼儀正しさではなく思いやりが、共感的な反応に関わる脳領域の構造的な違いと関連していることが示されています。
経済ゲームにおける礼儀正しさと思いやり
私たちの研究では、礼儀正しさと思いやりが、どのように異なる行動につながるのかを調べました。そのために、公平さ、協力、処罰を伴う社会的意思決定課題である経済ゲームを用いました。
経済ゲームは、行動経済学や進化生物学で長く用いられてきました。人間は利己的だという前提を覆し、私たちの利他性を示す証拠をもたらしてきたのです。
しかし、こうしたゲームにおける利他性は、人々の礼儀正しさ、思いやり、あるいはその両方で説明できるのでしょうか。
まず、独裁者ゲームから始めました。これは、一定額のお金を匿名の見知らぬ人と分けるよう求められる課題です。私たちの結果は、従来の経済学の予測が2つの点で誤っていたことを示しました。人々は利己的に行動しなかっただけでなく、性格によって異なる行動をとりました。
特に、礼儀正しい人は、無礼な人よりも公平にお金を分ける傾向がありました。意外なことに、思いやりについては同じ傾向が見られませんでした。見知らぬ人とお金を分けることは、必ずしも感情的な気遣いを引き起こすとは限らないのかもしれません。
では、その見知らぬ人が実際に助けを必要としていたらどうでしょうか。このような状況を、第三者による補償ゲームを使って調べました。この課題では、ある人が2人の間で不公平にお金が分けられるのを見て、被害を受けた人に自分のお金を寄付する機会を与えられます。
この場合、思いやりのある人は、冷淡な人よりも多くのお金を差し出しました。礼儀正しい傍観者も、ことさら利己的というわけではありません。ほんの少し前に行った独裁者ゲームで、お金を手放す意思を示していたからです。しかし、他者が不当な扱いを受けているのを目撃したとき、介入する可能性はほかの人より高くありませんでした。
これらの研究は、善良な市民と善きサマリア人の重要な違いを明らかにしています。礼儀正しい人は、困っている人を必ずしも助けるわけではありませんが、公平で穏やかです。一方、思いやりのある人は、必ずしも公平で規則を守るとは限りませんが、他者の不幸に心を寄せます。
私たちはどんな「親切さ」を身につけるべきでしょうか。
性格は変えられるという証拠が増えていることを踏まえると、礼儀正しさと思いやりのどちらを育むべきでしょうか。
他者に共感する力は、しばしば社会の分断を癒やす鍵とされています。過度な礼儀正しさは時に悪く言われますが、人々が攻撃的かつ搾取的に振る舞い、基本的な社会規則を無視すれば、社会がどれほど簡単に対立へと陥るかを考えてみてください。
最終的に、他者とうまくやっていくには、善良な市民にも善きサマリア人にも、それぞれ役割があります。礼儀正しさと思いやりは、おそらく次の原則に最もよく表されています。
できるなら他者を助けなさい。できないなら、少なくとも害を与えてはいけません。
性格研究によると、この2つの美徳は人間の本性の異なる側面から生じるものの、どちらも追求することができます。


