あなたがスマートフォンを愛する3つの理由

A Saudi man uses his smartphone as he walks on a sidewalk in Riyadh, Saudi Arabia September 21, 2017. REUTERS/Faisal Al Nasser - RC16B5879800
Three reasons why we love our phones.Image: REUTERS/Faisal Al Nasser
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Appleは最近、iPhone 8とiPhone Xの発売を発表した。これらには洗練された新機能が備わっている。Appleはまた、iPhoneを中心とした新たなコミュニティの形成も目指している。発売を前に、Appleの小売部門責任者アンジェラ・アーレンツは、店舗を「タウンスクエア」と呼び、屋外広場や屋内フォーラム、会議室を備えた公共空間としても機能させると述べた。

待望の製品発表を、数百万人がライブ配信やインターネットフォーラム、ブログ、報道機関を通じて見守った。

私もその一人だった。

では、何が人々をこうした携帯電話に引きつけるのだろうか。画期的なデザインやコミュニティとのつながりだけではないのは確かだ。聖職者、心理療法士として、また私たちと携帯端末との関係を研究する学者として、そこにはもっと多くのことが関わっていると考える。

実際、私の著書『Growing Down: Theology and Human Nature in the Virtual Age(成長して下る:バーチャル時代の神学と人間性)』で論じているように、携帯電話は人間の根源的な願いに訴えかけている。

私たちが携帯電話を愛する理由を、3つ挙げよう。

1. 拡張された自己の一部

自己の感覚は、母親の胎内にいるときから形づくられる。しかし、自己の発達は出生後に加速する。生まれたばかりの子どもは、まず主たる養育者に愛着を抱き、やがて物にも愛着を持つようになる。こうして「拡張された自己」と呼ばれるものを獲得していく。

20世紀を代表する米国の心理学者ウィリアム・ジェームズは、拡張された自己を初めて提唱した人物の一人だ。著書『心理学原理』でジェームズは、自己を「人が自分のものと呼べるすべての総体であり、身体や精神的能力だけでなく、衣服や家、妻や子どもも含む」と定義した。彼が説明したように、金銭やほかの大切な品物も含みうるこの拡張された自己の一部を失えば、大きな喪失感につながりかねない。たとえば幼児期には、おしゃぶりやお気に入りのぬいぐるみを突然なくすと、赤ちゃんや幼児は泣く。そうした物は、拡張された自己の一部になるのだ。

私の考えでは、携帯電話も同じような役割を果たす。携帯電話を落としたり、見つけられなかったりすると、突然不安に襲われることは珍しくない。私の経験では、多くの人が同じように感じている。それは、私たちの多くがどれほど頻繁に端末を確認するかにも表れている。

心理学者のラリー・ローゼンとカリフォルニア州立大学の同僚たちは、1980年代と1990年代に生まれた人の51%が、端末を確認できない状態が15分を超えると中程度から高い不安を感じることを明らかにした。興味深いことに、1965年から1979年に生まれた人では、その割合は42%へとわずかに下がる。

主な理由は、この世代が生まれた時代には、携帯技術が登場し始めたばかりだったことにある。この世代にとって、携帯電話が拡張された自己の一部になったのは、10代後半から成人初期になってからだった。

Image: Statista

2. 慈しみのある関係を思い起こす

拡張された自己にとどまらず、特にスマートフォンは、ゲームやアプリ、通知を通じて、自己の感覚に欠かせない要素となっている。

その仕組みはこうだ。

私は精神力動理論に基づき、テクノロジーとの関係は、親が私たちを世話する中で築いた環境を映し出していると考える。この理論は、幼少期の経験が人格を形づくるとする。英国の精神科医ドナルド・W・ウィニコット が記しているように、この環境は、触れ合い、乳児が必要とするものへの鋭い気づき、そして視線を合わせ、それを保つことを軸に成り立つ。

同じように、私たち大人も携帯電話を通じて、触れ合いや帰属感を再び経験する。テクノロジーは、かつて養育者が与えてくれたように、自己が満たされ、遊び、生きている実感を得られる場を提供する。

携帯電話を手に持つと、子どもの頃であれ大人になってからであれ、親密なひとときを思い起こす。脳内物質のドーパミンと愛情ホルモンのオキシトシンが働き始め、それらは依存による「高揚感」に関わる。こうした化学物質は、帰属感や愛着も生み出す。

携帯電話を手に持つことは、親が愛情を込めて子どもを見つめるときや、恋人同士が互いの目を見つめるときと同じ効果をもたらす。Apple幹部フィリップ・シラーの言葉を借りれば、iPhone Xは「あなたが誰なのかを学ぶ」。

神学的な考察も、ドーパミンとオキシトシンについて私たちが学んだことを裏づけている。たとえばユダヤ・キリスト教の伝統では、神は親密な存在であり、人々と顔を合わせることを求め、慈しみのある環境をつくるとされる。聖書の民数記6章24~26節には、こう記されている。

「主があなたを祝福し、あなたを守られるように。主が御顔をあなたに向けて輝かせ、あなたを恵まれるように。主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられるように。」

3. 生み出し、再生産したい欲求を満たす

人類学者のマイケル・タウシグ は、私たちがより良い自己、あるいは異なる自己になろうとする中で、「模倣し、まねをし、モデルをつくり、違いを探ること」が人間の第二の天性であると思い起こさせてくれる。

携帯電話はそれを助けてくれる。写真を撮り、画像を加工し、議論に加わり、自撮り写真を選び、ほかの人に連絡を取る。メッセージをやりとりしながら、会話を紡いでいく。検索を通じて、知識を得る(知恵が伴わないこともあるが)。こうして私たちは、洞窟の壁に絵を描き、火を囲んで物語を語った祖先たちと同じ営みに加わる。

スマートフォンを使ったインターネット検索が
急速に増えているのも、驚くことではない。この割合は2021年までに75%に達すると予想されている。どうやら私たちは、携帯電話を手にしたまま暮らす運命にある。

テクノロジーとともに生きる

とはいえ、時には、実際にその場に出向いて変化をもたらす必要があると私は考える。

私たちの空間や人間関係を小さな画面や「タウンスクエア」に限れば、失望することもある。触れ合いを与え、受け取り、誰かの目を見つめるような親密な関係が必要だ。また、深いつながりを築き、休み、遊び、発見できる場も必要で、その一部はオンラインにあってもよい。

最新のiPhoneを買いにタウンスクエアへ向かったり、オンラインに出かけたりする人もいるだろう。そんなとき、格言を思い出すとよい。テクノロジー史家メルヴィン・クランツバーグの

「テクノロジーは善でも悪でもなく、中立でもない。」

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