遺伝子編集は目新しいものではありません。
農業から医療まで、あらゆる分野の研究者が過去30年にわたり、人々の健康を改善し、世界の食料安全保障を高めることを目指して、遺伝暗号に手を加えてきました。
CRISPR-Cas9は、その高い精密性と正確性により科学者の関心を集める、最新の遺伝子の切り貼りツールです。
数年前に一世を風靡したジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)やTALエフェクターヌクレアーゼ(TALEN)など、従来の遺伝子編集ツールと異なり、CRISPR-Cas9システムは安価で、操作も迅速かつ簡単です。
分子のはさみのように、CRISPR-Cas9法はDNAを正確な位置で切断し、生物のゲノムに新たなDNA断片を追加、削除、置換できるようにします。
現在知られているCRISPRシステムは、重要な3つの分子で構成されています。DNAを切断する分子、切断酵素を標的へ導く分子、そして切断酵素を活性化する分子です。
CRISPRとは、規則的に間隔を置いて並ぶ短い回文反復配列(clustered regularly interspaced short palindromic repeats)の略称で、このDNA配列は1987年、日本の科学者によって細菌で初めて報告されました。
2012年、研究者たちは、細菌がウイルスを撃退するために使うこの分子システムを遺伝子編集に転用したと発表しました。
比較的まれではあるものの、嚢胞性線維症やハンチントン病などの遺伝性疾患に、世界で何百万人もの人々が苦しんでいます。
その多くには治療法がなく、治療が可能な場合も、病気を完全になくすというより、症状を管理することがほとんどです。
CRISPR-Cas9などの遺伝子編集技術は、こうした生活を困難にする病気の症状だけでなく、原因に対処する有望な方法です。
CRISPR-Cas9はすでに、ヒトの体細胞(生殖に関与しない細胞)を対象とする治療法として有望性を示しています。
世界各地の複数の研究チームが、さまざまな疾患の治療法を開発するため、すでにこのシステムを活用しています。
その一例が、細胞を体から取り出し、DNAを編集して欠陥を修正したり新たな機能を加えたりしてから、患者に戻す遺伝子治療です。この方法を骨髄細胞に応用し、いずれも血液の異常である鎌状赤血球症やサラセミアの治療に役立てる研究が進められています。
どのような新技術にも言えることですが、大きな可能性には差し迫った懸念も伴います。
2015年4月、中国・広州の中山大学で黄軍就氏が率いる研究グループが、CRISPR-Cas9を用いてヒト胚のゲノムを編集したと報告するまで、この技術はほぼ常に動物細胞で使われていました。
黄氏のグループは、出生に至る可能性のない生存不能な胚にCRISPR-Cas9システムを用いましたが、この研究の発表を受け、将来世代に受け継がれる可能性のあるヒトの生殖細胞を編集する倫理性や、中国でこの技術の応用が無法地帯のようになっているのではないかという議論が再燃しました。
ヒトの生殖細胞の編集は、世代を超えて編集内容が受け継がれ、何世代にもわたり家族を苦しめてきた、命を脅かし死に至らせる可能性のある遺伝性疾患を根絶できることから、CRISPR-Cas9の最も期待される応用の一つと見なされるかもしれません。しかし、編集による変化が意図しない結果を招く可能性もあります。
精密性
従来の技術と比べ、CRISPR-Cas9は精密性と正確性が高く評価されています。それでも、標的を外した場合に何が起きるのかという懸念は残っており、実際に標的を外す事例も報告されています。
さらに、CRISPR-Cas9などの技術によって、親が子どもの形質を選び取る「デザイナーベビー」が生まれるのではないかという懸念もあります。
CRISPR-Cas9は現在、研究目的に限って使われていますが、研究目的であってもヒト生殖細胞の編集に関する法律は国によって異なります。
ヒト胚の実験が犯罪となる国もあれば、ほとんど何でも許される国もあります。
国によって受容度が異なるだけでなく、規制や執行の仕組みも国境を越えて異なります。たとえば米国では、ヒト胚の改変に連邦資金を使うことは認められていませんが、遺伝子編集を全面的に禁止する法律はありません。
英国では、独立機関がヒトの遺伝子編集に関する申請を個別に審査します。
2016年1月、ロンドンのフランシス・クリック研究所の研究者たちは、初期発生を研究するためにCRISPR-Cas9を用いてヒト胚の遺伝子を改変する承認を得ました。これは、国家規制当局がこの種の研究を初めて承認した事例でした。
執行困難
一方、中国、日本、インド、アイルランドなどの国々にはヒト胚の編集を制限する指針がありますが、その大半は執行が困難です。
世界各地の研究所にCRISPR-Cas9がもたらした急速な変化に、規制も追いつく必要があります。
たとえ執行できなくても、国際指針の策定は、一貫性のある国内制度を確立するための一歩となるでしょう。
この取り組みは、すでに一部で進んでいます。
2015年に中国でヒト胚を対象とする研究が行われたことを受け、米国の科学・医学アカデミー、ロンドンの王立協会、中国科学院(CAS)が「ヒト遺伝子編集に関する国際サミット」を開催しました。
会議の最後に発表された声明は、妊娠の成立を目的としないヒト胚の遺伝子編集研究を非難しませんでしたが、この技術を臨床応用する前に、多くの倫理上および安全上の課題を解決する必要があるとの認識で一致しました。


