医療や生活賃金から、人種差別や貧困に至るまで、包摂と機会をめぐる議論において、見過ごされがちな重要な要因が一つあります。それは、手頃で持続可能かつ効率的な交通手段へのアクセスです。
自家用車の購入、維持、運用にかかる高額な費用や、利用しやすく信頼性が高く手頃な公共交通機関の不在など、低所得層のコミュニティの相当な割合が、交通を雇用、質の高い教育、医療へのアクセスを阻む大きな障壁と感じています。
包摂的なモビリティシステムは、こうした人々が向上する機会を広げるとともに、地域社会全体の経済的健全性を促進することにつながります。
モビリティは人権である
手頃で効率的な交通手段の欠如が、個人の家計や生活の質に大きな影響を及ぼしていることが明らかになりつつあります。米国では、最も貧しい三分の一の世帯が所得の約16%を交通費に充てている一方、最も裕福な三分の一の世帯はその約半分しか支出していません。その約半分。ある研究によると、調査対象企業の12%は、交通の問題によって応募者が自社での採用を受け入れられなかったと回答しています。
郊外に住む貧困層は、通勤に1日あたり3~4時間を費やすことが少なくありません。ワシントンD.C.の親の三分の一は、交通手段が改善されれば、子どもをより良い学校に通わせると答えています。また、推計では乳児死亡の75%は、基礎的な医療施設や病院への交通手段が不十分であることに起因しています。
こうした増えつつある証拠を受けて、モビリティは人権としてとらえられることが増えています。この考え方は決して新しいものではありません。国連が設立当初に起草した世界人権宣言は、移動の自由を中核的な権利として明記していました。しかし現在では、この概念は、たとえ居住地域という、より限定的な枠組みの中であっても、ユニバーサルな基本的モビリティを実現することによってのみ真に達成できるという認識が広がっています。
こうした目的のため、多くの政府は公共交通について考え方を改めつつあります。アクセスの欠如が、貧困層、高齢者、障害者といった脆弱な人々から、基本的なニーズや願いを奪っている現状を見直し始めています。
例えば、東京は、モビリティの改善に取り組んでいます。交通システムにおいて、高齢者や障害者のために、階段や狭い出入口といった障壁を最小限に抑えることを目指しています。乗り換え拠点へのアクセスが煩雑で費用もかかるバンガロールでは、低コストの補助バスを導入し、低所得層のコミュニティと主要なバスターミナルをより良く結んでいます。メキシコシティでは、障害者向けの連節式バス高速輸送システム(BRT)が無料で利用できます。また、エストニアでは、低所得層がより広い範囲で仕事を探せるよう、国全体で公共バスが無料で利用できる状態にしています。
モビリティの課題に最も大きな効果を上げている政府は、単独で取り組んでいるわけではありません。民間セクターの協力を得ています。両者が協力することで、限られたアクセスに対処し、包摂性を高めるための独自性のある革新的な方法を生み出しています。
一部の都市では、ライドシェアサービスへの補助を行っています。これは、夜勤の労働者の交通手段の不足に対処する効果的な方法です。他の政府は、テクノロジー企業と連携してリアルタイムデータを活用し、バス路線の効率化を図るとともに、最も必要とする地域へ公共交通の流れを振り向けています。
より包摂的な交通に向けた道のり
モビリティ、社会的包摂、持続可能性の課題に対しては、官民双方がリーダーシップを発揮しなければなりません。世界経済フォーラムとデロイトによるマニフェスト『シームレスで統合されたモビリティシステムの設計』シームレスで統合されたモビリティシステムの設計では、都市のモビリティシステムと、そこに暮らす人々にもたらす効果を大きく前進させるため、官民パートナーシップの取り組みを加速させ得る10の原則が示されています。
この10の原則を踏まえ、より包摂的で、持続可能かつ公正なモビリティシステムを構築する際に、政府と民間セクターが取るべき主要なステップをいくつか強調したいと思います。
⦁ 理解し、開発し、検証する
地域社会の中で、サービスが行き届いていない人々が誰なのか、彼らがどのような移動手段を持ち、何が欠けているのかを特定し、理解することが必要です。この分析に基づき、さまざまな層に対応するモビリティソリューションを検証し、形づくり、有効性を確かめる、幅広い具体的な利用事例を開発すべきです。その際には、渋滞の緩和、空気の浄化、住みやすさの向上、手頃な価格の実現に寄与するソリューションを優先すべきです。
⦁ 協働し、コミュニケーションを図る
官民の協働は不可欠です。政府は、革新的なモビリティソリューションを推進するため、管理権限やデータへのアクセスについて、民間セクターと歩み寄る姿勢を持つ必要があります。政府は、必要に応じて政策や規制を通じて、民間セクターに説明責任を果たさせるという責務を引き続き果たす必要があります。また、すべての関係者は、透明性と認知の両方の観点から、国民に対して情報を発信すべきです。
⦁ 動機づける
ここに関わるすべての関係者は、官民が連携するモビリティソリューションにおいて得られる相互利益の機会を理解することが重要です。その際には、利便性の向上によって地域社会にもたらされる好影響など、サービスの真の価値を考慮する必要があります。また、地域社会の大企業は、従業員のモビリティ改善を目指す中で、新たなオーダーメイドのソリューションの開発において重要な役割を果たすことができます。
⦁ 基本を忘れない
効果的かつ効率的な交通システムにおいて、新技術は役割を果たしますが、機能的なインフラ、十分な輸送供給、安全なシステムといった基本を見落としてはなりません。技術に過度に傾倒しないよう注意が必要です。技術はソリューションを可能にするものであり、それ自体がソリューションではないことを忘れてはなりません。
政府と民間セクターが協力してシームレスなモビリティシステムを構築することで、地域社会はより包摂的な社会へと前進することができます。確かに、モビリティだけで社会的・経済的な不平等が解消されるわけではありませんが、その道のりにおいて欠かせない重要な一歩です。




