30年前、国際旅行の大半は、ニューヨーク、ロンドン、東京のような都市にある国内の「ゲートウェイ」空港を経由していました。アトランタとマンチェスターのような二次都市間を移動する場合、通常は途中で2回乗り継ぐ必要がありました。国際航空政策の変更も一因となり、現在では、そうした同じ二次都市から、より多くの海外都市へ直行便が運航されています。
しかし中東では、国際航空交通の大半はいまもゲートウェイ都市を経由しています。たとえばトルコの二次都市からカイロへの直行便はなく、エジプトへ行くにはイスタンブールで乗り継がなければなりません。なぜでしょうか。二次都市を結ぶ直行便への需要が単に不足しているからでしょうか。それとも、トルコとアラブ諸国間の国際便を規制する政策が、部分的な原因なのでしょうか。
政策が一定の役割を果たしている可能性はかなり高いと考えられます。多くの国際航空協定(ASA)は、国際交通を各国のゲートウェイ経由とするよう定めているからです。米国の事例では、 Cristea, Hummels and Roberson (2014) は、米国のASAの自由化によって、アトランタやデンバーのような二次都市を経由する国際旅行が増えたことを示しています。都市間交通の問題そのものを特に検討してはいませんが、 Piermartini and Rousova (2013) は、ASA政策が世界の航空旅客交通に重要な影響を及ぼすことを示しています。
『 Cristea, Hillberry and Mattoo (2014)』では、都市ペア間に国際直行便が存在するかどうかに特に注目し、国際航空旅行の世界モデルを推計しています。このモデルを用いて、中東の国際旅行に対する政策変更の影響を検証します。データは2010年のものであり、より自由な政策が実施されていた場合、2010年の状況はどうなっていたかを問います。
アラブ諸国間の国際交通を規定するASAに盛り込まれた政策が、より自由なものだった場合。
トルコが、より自由なアラブ協定の正式加盟国だった場合。
いずれの政策変更も、国際交通を増加させていたと分かりました。どちらの場合も、交通増加の主な経路は、国際直行便が運航する都市ペアの増加です。
1) アラブ諸国間のASAが英国とシンガポール間の協定と同程度に自由だったなら、2010年のアラブ世界の国際交通は30%増えていたでしょう。既存路線の利用は5~8%増にとどまり、追加交通の大半は、それまで直行便がなかった都市ペア間の直行便で生じていたでしょう。
2) トルコがアラブ協定に加盟していれば、旅客交通にはさらに大きな変化が生じていたでしょう。こうした自由化政策により、トルコとアラブ諸国間の旅客交通は倍増していたと推計されます。さらに、この政策変更によって、トルコの都市とアラブ諸国の都市を結ぶ直行便が存在する確率は、2010年の1.7~3倍になっていたと考えられます。
具体的にはどういうことでしょうか。エジプトとトルコ間の直行便を考えてみましょう。2010年のデータで国際旅客直行便が運航していたトルコ・エジプト間の都市ペアは、イスタンブール―カイロとイスタンブール―アレクサンドリアだけでした。トルコとアラブ世界間の政策が自由化されていれば、カイロとトルコの二次都市アンカラ、イズミルを結ぶ直行便も実現していたと、私たちの推計は示しています。推計の中には、政策変更によってカイロとアンタルヤ、コンヤ、アダナなどのトルコの二次都市との間にも、さらに多くの新たな路線ができていたことを示唆するものがあります。これは統計モデルであり、特定の都市ペアについての予測は割り引いて受け止める必要があります。それでも、こうした具体的な予測は、モデルが示す全体的な含意をよく表しています。すなわち、トルコとアラブ世界間の航空政策がより自由であれば、国際直行便で結ばれる都市ペアが増えるということです。
この記事は、世界銀行の「 Let’s Talk Development 」ブログに初掲載されました。掲載は、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味しません。
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著者:Russell Hillberryは、世界銀行の開発経済学研究グループ、貿易・国際統合チームの上級エコノミストです。
画像:エアバスA350 XWB型機がアタテュルク国際空港の上空を飛行。REUTERS/Osman Orsal



