製造業はいま、工業化時代から情報化時代への移行に伴い、かつてない変化のさなかにあります。この移行期に価値を最大限に生み出せるのは、複雑さを最も巧みに管理し、柔軟性を受け入れられるメーカーでしょう。こうした要請に応える、新たな製造ソフトウェアの層が登場しています。
中小企業からフォーチュン500企業まで、数百の製造現場から得られた知見をもとに、本稿では現代の製造現場のニーズと、それに応えるソフトウェアの役割を考察します。
世界最大の機械
何千人もの従業員がグローバルなサプライチェーンや自動化設備と連携し、私たちがよく知り、愛用する製品を生み出す現代の製造現場は、複雑で適応力のあるシステムです。定義上、このシステムは個々の構成要素を調べるだけでは全体を理解できません。設備や人員の一覧、工程フローチャートだけでは、特定の現場が実際にどう稼働しているかは分かりません。
実際の現場には、作業を担う従業員から、稼働を継続させる責任を負うエンジニアまで、賢明な意思決定者が数多くいます。彼らは周囲から常に新しい情報を取り込み、目標を最もよく達成できるよう行動を変えています。このような複雑なシステムでは、現場の状況変化が生産に非線形の影響を及ぼすことがあります。
これほど複雑なのだから、世界の製造システムを支える高度なソフトウェアが数多くあると考えるのも当然でしょう。実際、クラウドコンピューティングの時代は、ほぼあらゆる他の業界で複雑さを管理するのに役立つ新世代の情報技術をもたらしました。
Salesforceのない現代の営業担当者や、Hubspotのないマーケターを想像するのは難しいでしょう。業務に欠かせないデータに、ほかにどうアクセスし、整理するのでしょうか。
それにもかかわらず、こうしたクラウド型の生産性向上ツールは、製造業の現場では依然としてほとんど見られません。どの工場の現場を歩いても、効率化を目指してスプレッドシートやホワイトボード、紙の帳票で生産工程を追跡している様子が目に入るでしょう。

リアルタイムのフィードバックループと分散型の意思決定が競争力を保つうえで不可欠な、世界最大で、おそらく最も複雑な業界のニーズに、なぜ現代のソフトウェアは応えてこなかったのでしょうか。
今日の状況を理解するには、現代の製造という巨大な仕組みが生まれた背景を簡単に振り返るとよいでしょう。
私たちはいくつの変数を解けるのか?
どの製造現場も、その本質をたどれば、製品に少しずつ価値を加える一連の作業に分解できます。生産量と市場需要の均衡を取りながら、運営費をできるだけ抑える最適な状態を見つけようとするのが、産業、プロセス、品質の各エンジニアの役割です。
歴史的に、製造業は比較的静的なシステムと見なされてきました。製造エンジニアは、システムへのさまざまな入力を特定し、最も効率的な工程を実現しようとしていました。
組立ラインを考えてみましょう。その要点は、バリューチェーンの特定区間に資源を均等に配分することでした。組立ラインは、各人の作業範囲を狭めて人為的ミスの可能性を抑えながら、最大の生産量を可能にしました。各作業者は、より多く、より速く、より良い仕事をこなしながら、必要な訓練も少なくて済みました。
システムへの入力と需要がどちらも静的で把握可能な場合、組立ラインという製造方式はうまく機能します。最も効率的な現場とは、最も優れた構想と実行に基づくシステムを備えた現場でした。

技術が能力を高め、複雑さも増す
新技術の導入により、メーカーが選べる手段は増えました。静的なシステムに新技術を加えるたびに、最適な設計を実現するために検討すべき組み合わせの総数は指数関数的に増加しました。
さらに、現場は地理的な制約も受けなくなりました。サプライチェーンは海や国境を越えて広がり始めました。部品は自社で製造することも、十数社のサプライヤーのいずれかから調達することもできました。この状況では、業務システムとそれに伴う相互依存関係を概念的に把握することは不可能になります。製造のバリューチェーンを成していた統合的な機械システムはさまざまなサブシステムに分断され、異なる利害関係者の手に委ねられました。それぞれが自らの小さな領域の最適化を担う一方、全体への影響については限られた視野しか持ちませんでした。
さらに、製造現場を静的に捉える見方が通用するのは、比較的安定した大量生産、少品種の現場を想定する場合に限られます。現実には、製造現場はシステムへのショックや変化する消費者需要に対応しなければなりません。
今日の製品ラインがいつまでも稼働し続けるわけではありません。製品も、それを製造するシステムも常に変化しています。相互に結びついた製造サブシステムに、静的な最適状態はありません。むしろ、環境に応じて常に適応するシステムです。メーカーが絶えず追い求める最適効率の目標は、日々変わります。
リーンの潮流が生まれる
こうした背景のもと、1990年代初頭、日本のある自動車メーカーから特定の理念が生まれました。トヨタは、製造現場に唯一把握可能な最適状態など存在しないと認識し、製造現場を複雑適応系と捉える考え方をいち早く取り入れました。
その代わりにトヨタは、現場を動的に結びついた階層的なサブシステムの集合と捉えました。その最適状態は決して達成できるものではなく、継続して追い求めるべきものです。そのために、スループット、サイクルタイム、手直し率、スクラップ率などの主要業績評価指標(KPI)を継続的に測定し、システム全体にフィードバックループを組み込みました。
こうしたKPIを監視し、継続的な改善を目指すことで、システムを絶えず変化する最適効率の状態へ近づけることができます。非効率が見つかれば、それを取り除く措置が取られました。工程改善の取り組みは継続的なものでした。
トヨタがいまや有名な生産方式を打ち出して以来、製造業には技術革新が次々と導入されてきました。それでも、市場をリードする企業が製造現場の課題を特定し、監視し、継続的に改善するために活用するツールは、ほとんど変わっていません。
多くの先進的な製造現場を訪れると、不良を記録する紙の帳票、手作業の組立ラインで各工程に適切なサイクルタイムを測るストップウォッチ、製品が品質検査に不合格となった際に押す手動カウンター、日々の生産目標や初回合格率を記録するホワイトボードが使われていることが分かります。
こうした手作業によるデータ収集には時間がかかり、ミスも起きやすいものです。それでも、世界で最も技術が進んだ製造現場の多くで、今なお日常的に使われています。その中には、他業界で紙を時代遅れにしたまさにその技術を生産する現場もあります。
ソフトウェアはどうでしょうか?
重要な生産データの収集と共有を管理するため、工場の現場に情報をつなぐ層が必要だという考え自体は新しいものではありません。メーカーのITスタックにおけるこの層の一般的な名称は、製造実行システム(MES)です。
メーカーは、現場の効率を高め、生産工程をより適切に管理できることを期待して、MESを導入することがよくあります。そこで提示されるのは、製造現場を中央集権的に設計して最適化し、トップダウンで実装するという構想です。
このアプローチの根本的な問題は、設計時点で製造現場全体を理解し、最適化しようとすることです。その結果生じる複雑さは、ソフトウェアエンジニアでなければ理解も操作もできない、硬直したデータモデルを土台としています。複雑で動的なシステムである製造現場に対して、これは無謀な試みです。
こうしたシステムを工場の現場に導入し、生産の実態に直面すれば、システムの変更は避けられません。その変更はITチームか外部のソフトウェア提供会社を通じて管理し、おそらく製造業についてほとんど知らないソフトウェアエンジニアが実装しなければなりません。
このプロセスは遅く、骨が折れ、費用もかかります。しかも終わりがありません。日々の現場が変化する環境に適応し続けるにつれ、さらなる変更が必要になります。現場の稼働維持を担う製造エンジニアにとっては、選んだソフトウェアの新しい更新が確定するまで何カ月も待つより、紙を使った代替策に戻るほうが効果的なことも少なくありません。
動的なシステムでは、柔軟性がものをいう
ある新進気鋭のプロセスエンジニアは、ある生産ラインの生産量を、12カ月未満で1日当たり250個から4,000個超に引き上げる必要があったと語りました。この成果を上げるため、彼女は工程を毎日見直しました。最適解を「解き出す」ことはできないと分かっていました。不明な点があまりにも多く、システムも複雑すぎたのです。
その代わりに、彼女は迅速な実験を重ねる戦略を取りました。定期的に小さな調整を加え、生産への影響を監視し、その結果に応じて計画を修正しました。専用のMESを使ってこのような生産増を実現するのは不可能でした。システム変更には時間がかかりすぎるうえ、既存の資源を使いながら、毎週二桁の生産増を示す必要があったからです。
特定の調整が生産に及ぼす影響をどう追跡するかという問題に直面したとき、彼女にできたのは、不良を記録する帳票を印刷し、ストップウォッチを手に立ち会って、製品1個当たりの所要時間がどれだけ短縮されたかを測ることだけでした。彼女は、こうした手作業のツールには時間がかかり、情報も不完全で、非効率で、ミスも起きやすいと率直に認めました。時間の大半はデータ収集に費やされ、より良い解決策を設計することには使えていませんでした。それでも、決定的に重要な特性が一つありました。自分自身で数分のうちに変更し、別の用途に転用できたのです。
このような話は、効率をさらに高めるために工程を調整する無数の製造エンジニアによって、主要な製造現場のあちこちで毎日のように何百回も繰り返されています。現場の最前線にいるエンジニアに必要なのは、理想化された最適状態への順守を強いる完璧なソフトウェアではありません。変化を受け入れ、複雑さを分散型で管理できる、機動的なツール群です。
「ノーコード」と製造アプリの台頭

Tulipのような新世代の「ノーコード」アプリプラットフォームが、こうした要請に応えるべく登場しています。メーカーの日々の業務を規定どおりに管理する単一のソリューションを設計するのではなく、Tulipは工程を熟知した製造エンジニアに、工程の変更を伝え、その影響をリアルタイムで把握するための、より優れたツールを提供します。
現場の最前線にいる製造エンジニアは、コードを一行も書かずに、個別の問題に応じたカスタムソリューションを構築し、導入できます。こうしたソリューションは製造アプリという形を取ります。

仕組みは次のとおりです。エンジニアはまず工程を分析し、解決すべき問題を特定します。工場の従業員が複雑な特注組立の手順を必要としているのかもしれません。あるいは、機械の総合効率を測定したいのか、新しいラインで発生する不良の根本原因を追跡したいのかもしれません。
こうした現場を担当するエンジニアは、独自のロジックとコンテンツを備えたアプリを構築します。これらのアプリは工場の現場にある機械やセンサー、バックエンドシステムに接続し、そこからデータを取り込むことができます。
その結果、製造エンジニアは工程改善を迅速に実施し、その影響を確認し、確かなデータに基づいてソリューションを調整できるようになります。これらのアプリは単独のソリューションとして導入することも、異なる課題に取り組む何十人ものエンジニアが並行して導入することもできます。

製造技術はこれからどこへ向かうのでしょうか?
現代の製造現場は複雑です。問題は予想外の形で現れ、システムの小さな変化がコストや生産に非線形の影響を及ぼすことがあります。こうしたシステムは個々の部分を調べるだけでは全体を理解できません。しかし、変化する環境に応じて常に新しい情報を取り込み、解決策を継続的に改善できる、賢明な意思決定者に満ちています。
製造現場の中心にいる人々をより適切なツールで支え、この複雑さの管理を助ける新世代のソフトウェアが登場しました。製造エンジニアはそれを使って、問題への解決策を迅速に実施し、その影響を測定できます。このアプローチは、複雑適応系をより効率的な状態へ導く、分散型でありながら連携した問題解決を可能にします。
この変化はすでに始まっています。世界は日々複雑さを増しており、20世紀に企業の効率を高めた原則は、情報化時代には適していません。
この新時代には、分散型の意思決定を促す技術を取り入れ、複雑さを巧みに管理できるメーカーが、中央集権的な管理と実行という20世紀の考え方に固執する業界の後れを取る企業に対し、持続的な競争優位を得るでしょう。


