次の10年を決めるのは、アルゴリズムや市場、危機だけではない。政府の選択が決めるのだ。
富かウェルビーイングか、脆弱性か信頼か、分断か協力か。これらは一体となったガバナンスの課題である。
これらの選択は互いを強め合う。政府は単に3つの別々のリスクを管理しているのではない。2つの道筋のどちらを選ぶかを決めているのだ。
21世紀は、一本のコードへの恐怖とともに始まった。Y2K問題が見出しを飾り、コンピューターが停止し、飛行機が空から落ち、銀行が記録を失うのではないかと世界は不安に包まれた。真夜中を迎えても、何も崩壊しなかった。
本当の衝撃はデジタル上の不具合ではなかった。戦争や社会不安から自然災害、パンデミック、サイバー攻撃に至るまで、人類が直面した前例のない危機の大半は、人間の選択と前提に起因していた。
まさに同じ時期に、人類の能力はかつてない速さで拡大した。新世紀の始まり以来、世界のGDPは3倍以上に増加し、貿易は大きく拡大し、およそ15億人が極度の貧困から脱した。データ量は爆発的に増えた。テクノロジー企業とデジタルプラットフォームが台頭し、世界市場を支配するようになった。人工知能は理論から、暮らしのあらゆる細部を形づくる技術へと進化した。
私たちは、人類史上最も激動し、最も大きな能力を備えた時代に生きている。この緊張関係こそ、現代を特徴づけるものだ。私たちはどの世代よりも多くのことを成し遂げられる一方で、その力を賢明に使えるかどうか確信が持てない。
次の10年を決めるのは、アルゴリズムや市場、危機だけではない。政府の選択が決めるのだ。
未来を左右する選択
人類の未来を形づくる、政府が行うべき3つの重要な選択を以下に挙げる。
選択1:富か、ウェルビーイングか?
ここ数十年で、私たちは豊かになれることを証明した。しかし、健やかに成長できることはまだ証明できていない。
世界のGDPは急増し、貿易の流れは拡大し、資産価格は高騰した。それでも、豊かな国でも貧しい国でも、不安やうつ、孤独が増えている。
WHOによると、現在、10億人を超える人々が精神疾患を抱えている。WHO2021年だけでも、推定72万7,000人が自殺で亡くなった。自殺は、あらゆる地域と所得水準で若者の主要な死因の一つである。
経済的損失は甚大だ。うつ病と不安障害だけで、生産性の損失により世界経済に毎年およそ1兆ドルのコストが生じると推定される。数字の背後にある人々の苦しみは、これに含まれていない。
本当の議論は「成長」か「成長なし」かではない。富だけを追求するのか、富とウェルビーイングをともに実現するのかだ。経済が拡大する一方で、社会が静かに分断されることもあり得ると認識しなければならない。
政府の使命は、産出量を増やすことにとどまらない。人々の暮らしに尊厳と安定、可能性をもたらし、繁栄を数字で測るだけでなく、家庭や職場、地域社会で実感できるものにすることだ。
選択2:脆弱性か、信頼か?
あらゆるガバナンスの仕組みは、目に見えない資産である信頼によって動いている。それは漠然とした感情ではない。経済と政治を支える確かな資源だ。
信頼が厚い社会では、困難な改革を実行し、人々が自発的にルールに従い、摩擦を抑えて対立を管理できる。信頼が乏しい社会では、優れた政策でさえ実行が難しく、評判がニュースの一巡で損なわれることもある。
ここ数十年、多くの国で制度への信頼が損なわれてきた。政府に対する世界の信頼度は約52%にとどまる。最新のエデルマン・トラスト・バロメーターは、その理由を示している。人々は守られていない、声を聞いてもらえない、誤った情報を与えられていると感じている。社会契約の破綻、拡大する大衆層と富裕層の格差、誤情報の拡散によって、多くの人々が影響力を行使する別の手段を求めている。
楽観も失われつつある。世界全体で、次世代の暮らしが今より良くなると信じる人はわずか36%だ。先進国の大半では、そう考える人は5人に1人にも満たない。あまりにも長い間、信頼は良い政策の副産物として扱われてきた。常に人目にさらされ、瞬時に情報が伝わる時代には、それだけでは不十分だ。道路や送電網、デジタルネットワークと同じように、信頼も設計し、測定し、投資しなければならない。
政府はいま、明確な選択を迫られている。脆弱性の高まりを新たな常態として受け入れるのか、それとも信頼を戦略的インフラと捉え、意図的に再構築するのか。
選択3:分断か、協力か?
国際通貨基金は、グローバル化が対立する経済圏へと分裂すれば、最大で世界のGDPの7%に相当する損失が生じる可能性があると推計している。
そうなれば、統合と協力によって貧困が緩和され、コストが下がり、何億もの雇用が生まれた近年の成果が大きく後退する。現在、1日に10万便を超える航空便が、人々やモノ、アイデアを運んでいる。世界の物流部門の規模は2025年に12.8兆ドルに達すると推定されており、これはフランス、日本、ドイツ、オランダの経済を合わせた規模にほぼ相当する。
それでも、保護主義や「リショアリング」、貿易障壁は急増している。2022年以降、毎年およそ3,000件の新たな貿易制限的な政策介入が導入されており、2017年の5倍に上る。
グローバル化を自国の利益への脅威とのみ捉えれば、各国は壁を築き続けるだろう。相互利益やイノベーション、文化交流のための基盤と捉えれば、より公平で強靱かつ包摂的なものにすることへと焦点が移る。
選択肢は、コストと変動性が高まる分断の未来か、過去の過ちから学び、取り組みを放棄するのではなく、統合への決意を新たにすることかだ。
地域、貿易、地政学の変化をリーダーが理解するためのフォーラムの取り組み
地域・貿易・地政学センターは、変化する貿易の動向、地域の情勢、地政学的な分断をリーダーが理解するための、信頼できる場を提供している。
分野や地域を越えた対話を促すことで、同センターはパートナーが不確実性を乗り越え、共通の課題に対する協力的な取り組みを探る手助けをしている。
権力から目的へ:ガバナンスの課題
歴史上のどの尺度で見ても、次の10年は前例のない状況の中で展開する。私たちは、人口構成は高齢化し、テクノロジーは新しくなるという、同時に年齢を重ね、若返る世界へと向かっている。約90億人がより長く生きるようになり、何十億ものセンサーや機器、知能システムが張り巡らされた地球に暮らすことになる。AIや量子コンピューティングから合成生物学、宇宙技術まで、私たちが使えるツールは、過去の世代が想像できた範囲を超えるだろう。
しかし、ツールに目的が備わっているわけではない。力に使い方の説明書が付いているわけでもない。だからこそ、3つの選択軸が重要なのだ。富かウェルビーイングか、脆弱性か信頼か、分断か協力かは、別々の省庁で交わされる独立した議論ではない。ひとつに結びついたガバナンスの課題である。
これらの選択は互いを強め合う。ウェルビーイングは信頼を強め、信頼は協力を可能にし、安定を促す。その逆もまた真である。分断はウェルビーイングを損ない、信頼を弱め、混乱をあおる。政府は単に3つの別々のリスクを管理しているのではない。2つの道筋のどちらを選ぶかを決めているのだ。
そう考えると、現代の中心的な問いは、未来に何が起きるかではなく、未来が訪れたとき私たちがどのような存在であるかだ。その答えを記すのは、コードよりも憲法や予算、規制、国際協定になる。答えを左右するのは、技術者や市場よりも、政府や制度、市民の勇気と明晰さである。
私たちは、これほど強力な能力を持つ最初の世代であり、現実に選択できる最後の世代なのかもしれない。世界を安定させるか、不安定にするかを選べるのだ。


