1996年、スタンフォード大学ロジック・グループの大学院生だった私は、人工知能(AI)に関する博士論文を執筆しました。その題名は「証明システムへの特化型手続きの統合」です。成人してからの人生の大半をAIの研究に費やし、マッカーシー、ミンスキー、ケイ、サザーランドなど、時代を代表する偉大な思想家たちから深い影響を受けてきました。このテーマを長年深く研究してきた私たちの多くにとって、今日目にするAIの応用は、可能性のほんの表面をなぞり始めたにすぎません。不正検知から自動運転車、ナレッジマネジメントから自然言語処理まで、応用がますます高度化している一方で、マービン・ミンスキーの「心の社会」の実現には、まだほど遠いのです。
インフォシスの最近の調査によると、大企業の大半がAI技術を導入しているか、導入を計画しています。企業は、これらの技術が変革をもたらし、それに伴って自社や従業員、顧客、その他のステークホルダーに成長と機会をもたらすと期待しています。しかし多くの人にとって、破壊的な変化の可能性は恐れや不安も招きます。さらに、地政学上の激動も不確実性をもたらしています。英国のEU離脱、米国大統領選挙、インドの高額紙幣廃止、サイバーセキュリティ、難民危機、世界的なテロなどです。
このように先行きが不透明な環境で、従業員が雇用の将来やプライバシーを心配するのは当然です。雇用主が対策を講じようとしても、こうした懸念は残っています(調査対象企業の80%は、影響を受ける従業員の再教育と再配置を計画しており、多くの企業がAIへの取り組みの一環として倫理やプライバシー、データ保護を慎重に検討していると述べています)。
これまでの技術革新による変化と同様に、AIがもたらす変化も、人類史上かつてない速さで進み、前例のない規模に及ぶでしょう。そして、これまで幾度もそうしてきたように、人間も能力や道具を進化させ、変化と歩調を合わせなければなりません。人間の心と機械の間に一種の共生を実現し、機械が人間の脳から生まれる思考やアイデアを増幅し、具現化するとともに、単調で反復的な認知作業から人間を解放する必要があります。そうして解き放たれた脳は、AIには決してできないこと、つまり、そこにないものを見いだし、それが何になり得るかを想像することができるのです。
人々には、技術の無責任な利用を懸念する権利があります。そしてリーダーには、共感、行動、教育、コミュニケーションを通じて人々の不安を和らげる機会があり、そうする責務もあります。先ごろアラブ首長国連邦で開催された世界経済フォーラムのAI・ロボティクスに関するグローバル・フューチャー・カウンシルで、AI分野の仲間たちと私は、包摂的で安全な未来を形づくるため、リーダーが今すぐ行動すべき4つの基本領域を特定しました。
教育:教育制度を、拡張可能な個別学習プログラムを中心とする形に再編する必要があります。AIなどの技術への不安を払拭し、誰もがこうしたシステムを構築し、利用できるように、すべての人が基本的なデジタルリテラシーを身につけるべきです。職場や各種機関の支援を受けながら、従来の教室での学びをはるかに超えて、生涯にわたり学び続けなければなりません。
雇用:教育によって、より適応力の高い労働力を育成し、創造性、柔軟性、機敏さ、起業家精神などを要する将来の職業に必要なスキルを磨くことができます。あらゆるAIプロジェクトにおいて、全体を見据え、新たな雇用の創出に注力するとともに、その仕事に必要なスキルを誰もが身につけられるようにする必要があります。
医療:AIは、心身双方の能力を増幅することで、医療に劇的な変革をもたらします。また、地球規模で課題を捉え、健康とウェルビーイングに関する最も難解な問題のいくつかで進展を遂げるための手段も提供します。
倫理:新たな能力を活用しようと急ぐなかで、倫理や価値観が置き去りにされることは少なくありません。破壊的な変化が現実の暮らしや人々に深刻な影響を及ぼすことを直視し、変化の過程を通じて人間の尊厳と誠実さを守るよう努めなければなりません。こうした配慮の一部は自然に生まれるでしょうが、明日のAIシステムを開発する技術者のための道徳規範など、ほかの側面については、意図的に検討し、明確に示す必要があります。
2020年に至る道のりは、AI関連技術の発展だけでなく、今後何年にもわたるAIとの関わり方を定める戦略という点でも重要です。リーダーとして、私たちには教育、雇用、社会の枠組みを再構想し、誰もが新たな現実にともに踏み出せるよう、たゆまず取り組む責任があります。AIのような技術によって想像力の限界を超える機会はほぼ無限であり、それに不安を感じるのは自然なことです。しかし、恐れや否定的な力に、目の前にある人類の意図的で人間的な進歩の大きな可能性を押しつぶさせるのは、あまりにも大きな過ちでしょう。





