未来の図書館はどのような姿になるのだろうか?

未来の図書館はどのような姿になるのだろうか?
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作家や芸術家は長い間、異世界の図書館を思い描いてきた。魔法の図書館、神話の図書館、遠い過去や未来、あるいは惑星にある図書館だ。『スター・ウォーズ』には、ジェダイの巨大な知識の砦であり、その象徴でもある「ジェダイ大図書館」が登場する。『ロード・オブ・ザ・リング』では、ガンダルフがミナス・ティリスの埃をかぶった図書館で、一つの指輪に刻まれた銘文について調べる。また、 『ドクター・フー』のエピソード を思い起こしてほしい。そこではドクターと旅の仲間が、51世紀に宇宙最大の図書館、すなわち惑星全体を訪れ、不気味なほど人けのない場所を見つける。

文学作品における図書館の描写で、おそらく最も心を引きつけるものの一つは、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』(1980年)だろう。書物に満ちた修道院を舞台にした、中世の謎解き物語である。修道院の敷地内で起きた殺人を解決するために派遣された、探偵役の修道士バスカヴィルのウィリアムは、修道院の司書が失われた古典作品を世の中から隠そうとした悪魔的な企てが、殺人の原因だと突き止める。物語のクライマックスで、ウィリアムはこう述べる。「この図書館は、おそらく収めた書物を救うために生まれたのだろう。だが今は、それらを埋葬するために生きている。」

こうした想像上の図書館は、図書館が持つ、疑いようもなく魔法のようで複雑な性質を物語っている。分類され、数えきれない秘密を差し出す準備のできた蔵書が、静かに連なる場所に特有の性質だ。あるいは、図書館の豊かさそのものが、解読や整理に抗う謎めいた秘密となりうることを示している。

しかし、私たちが知る図書館は脅威にさらされている。だからこそ、こうした架空の場所がかつてないほど現代に関わっているのだ。いつの日か、図書館そのものがフィクションの世界に追いやられるかもしれない。その大きな要因の一つは資金である。地域の図書館が減り、代わりに 広域拠点へと移行している傾向を見ればよい。

しかし、デジタル化も明らかに大きな要因だ。テリー・プラチェットは、オランウータンが管理する迷宮のような 図書館 をディスクワールドの物語に描いた。学生たちは時折そこで迷子になり、生き延びるために自分のブーツを食べざるを得なくなる。ばかげて聞こえるかもしれないが、これは今日に最も直接関係する図書館なのかもしれない。終わりのない書架を備え、多元宇宙のあらゆる図書館や蔵書につながっている。

ビットの図書館

デジタル環境の輪郭が形づくられつつある今、書物を収蔵する場としての図書館が終わりを迎えるのは避けられないのかもしれない。想像も及ばないほど大きな図書館にアクセスするのに、必要なのは数回のクリックだけだ。

家を一歩も出ずに、何百万冊もの本を利用できる。目がくらむほど多くの提供元を通じて、熱心な読書家にとってこれほど恵まれた時代はない。新旧の本は(もちろん、インターネットに接続できれば)無料で利用できる。たとえば、 プロジェクト・グーテンベルク (46,000冊)、 インターネット・アーカイブ (780万冊)、あるいは Google ブックス (3,000万冊)を通じてだ。もちろん、Amazonの Kindleストア (320万冊)やAppleの iBooks Store (250万冊)で提供されている無料・有料の書籍は、これに含まれていない。

これらこそ、まさに未来(あるいは現代)の図書館だろう。かつて私たちが思い描いた図書館は、米国議会図書館のように大規模なものから、最も居心地のよい小さな分館まで、物理的な空間だった。今や図書館は、1と0で構成された仮想空間にも存在する。想像を絶する規模を持つ魔法のような図書館でありながら、Kindle、Kobo、タブレット、iPad、iPhoneといった、ますます小型化する携帯端末に収まることもできる。未来の図書館は、世界中の歴史ある図書館をすべて合わせたより大きく、そうした図書館の書架にある一冊の本より小さい。そのようなものは、これまでフィクションの中でしか考えられなかった。

バベルの図書館

ホルヘ・ルイス・ボルヘスの1941年の短編小説『バベルの図書館』( こちらで読める)では、宇宙そのものが無限の次元を持つ図書館として想像されている。そこは完全な対称性を備え、永遠の昔から存在してきた。その建築的秩序とは対照的に、内部に収められた本は混沌としている。図書館にはこれまで書かれたあらゆる本があるが、本文は解読不能で、明確な規則もなく書架に並べられている。反復と対称性は図書館の秩序を覆し、内在する意味を消し去る。そのことは結末で明らかになる。

図書館は無限であり、循環している。永遠の旅人がどの方向へ進んでも、何世紀かの後には、同じ巻が同じ無秩序の中で繰り返されているのを見るだろう(こうして繰り返されることで、それは秩序となる。すなわち「秩序」なのだ)。

ボルヘスの図書館は秩序を約束しながら無秩序を露呈させる。反復は、秩序と混沌が結局は同じものであることを示している。

これは今日にも当てはまる。1と0で構成されたデジタル図書館が示唆する秩序は、実際には何百万冊もの本から成る混沌としたバベルに満ちており、私たちにはもはやその意味がわからない。これこそ問題の一端ではないだろうか。私たちは今、図書館ではなく迷宮の中にいる。何でもありの空間であり、本がもたらす確かな手触りは消え去った。図書館はもはや、確かな形で認識し、計算できる空間ではない。地上のどんな建築物よりも、果てしない夜空に近い、広大な抽象概念なのだ。

何が失われるのか?

利用者を迷いや好奇心から書架の謎へと導く、守り手であり仲介者でもある司書の伝統的な役割はどうなるのだろうか。書架の間を歩き回り、思いがけず手の届くところにある魔法のような本を見つける、気ままに本を探すことの素朴な力はどうなるのだろうか。

シドニー大学の希少書・特別コレクション担当マネジャー、ジャッキー・グレインジャーによれば、こうした懸念や幻想には、いくらか補足が必要だ。大規模なデジタル化の時代にも、司書の役割は中心的であり続ける。特に、デジタル化される本に関する重要な歴史情報を記録するうえで、その役割は欠かせない。司書はデジタル資源を構築・管理するための理想的な技能を備えている。また、コレクションのキュレーションは、デジタルでも物理的な場でもそれほど違わない。利用可能性とアクセスは、今なお仲介されている。実際、本を探すことは、見かけほど魔法のようなものではない。

未来の図書館とその守り手は、ほかにも興味深い形で現実世界に姿を現している。2014年の冬、 モスクワの地下鉄は、ロシアの古典作品を電子書籍として乗客が無料でダウンロードできるようにした。公共交通機関の利用者は通常、本を手にしている。したがって、交通網の運営者が利用者を目的地だけでなく読書にもつなげるのは理にかなっている。図書館が書籍のコレクションであると同時に空間でもあるのなら、モスクワの地下鉄は図書館へと姿を変えつつあるのかもしれない。

文化遺産を将来の世代のために損なわずに保存しようとさまざまな試みがなされているにもかかわらず、図書館の未来はかなり終末論的に見えることがある。H・G・ウェルズの『タイム・マシン』(1895年)では、主人公が802,701年へ旅し、人類が子どものようなエロイ族と人食いのモーロック族へと衰退した地球を見いだす。

かつてロンドンだった場所の廃墟を歩く時間旅行者は、「緑陶器の宮殿」に行き当たる。「ガラスのぼろぼろの残骸」と「腐食した金属の骨組み」を備えたこの宮殿は、19世紀から800世紀までのどこかの時点に栄えた「知性の時代」の古代遺跡として、唯一残されているものだ。旅人はこう気づく。

この場所の大きさから判断すると、この緑陶器の宮殿には……おそらく歴史的な展示室があったのだろう。図書館だった可能性さえある!

図書館の未来が廃墟の中にあるのかどうか、誰にもわからない。あるいは図書館は、フェニックスのように、まったく予想外の、再び魔法のような何かへと姿を変えるのだろうか。

この記事は、 The Conversationとの協力により掲載されています。掲載は、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味するものではありません。

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著者:アンソニー・マンデルは、カーディフ大学の印刷・デジタル文化分野のリーダー(Reader)です。

画像:希少書の内部に付されたバーコードラベル。REUTERS/Robert Pratta/Files.

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