スペインのペドロ・サンチェス首相はダボスで、ソーシャルメディア・プラットフォームの台頭によって、権力と富が一握りの人々の手に集中したと述べた。
サンチェス氏は、ソーシャルメディアは「人類共通の資源」であり、民主主義を守るために「適切に保護・管理されるべきだ」と考えている。
彼の特別演説で、同氏は指導者らに対し、次世代の健康、安全、自由を守るため、この脅威に正面から取り組むよう促した。
私はこの演説で、わが国スペインの経済、社会、環境面での優れた実績を取り上げるつもりだった。
近年、スペインは西側諸国で最も急速に成長し、雇用を生み出す経済の一つとなっただけでなく、不平等と温室効果ガス排出を最も大幅に削減した国の一つにもなった。
私たちは、社会民主主義が真に機能することの証明となりつつある。国は競争力を高めながら、社会正義を促進し、自然を守り、開放性と多国間主義に基づく世界秩序を支えることができる。
それを示す成果と事実がある。一方、反対のモデルを擁護する人々には何もない。あるのは言葉と約束だけであり、過去に私たちを混乱に陥れ、行動しなければ再びそうすることになる急進的な措置に包まれている。
だから私は演説のテーマを変え、この混乱を引き起こすために使われている主な手段の一つ、ソーシャルメディアについて皆さんに話すことにした。
2000年代初頭、ソーシャルメディアはある約束のもとで繁栄し始めた。創業者たちは、人々を結びつけ、民主主義を強化すると語った。新しいアイデアをもたらし、より多元的にし、権力者への説明責任を拡大すると。
その約束を信じ、私たちは皆参加した。公的機関、政府、企業、人々……利用者は約50億人に上る。つまり、世界人口の60%を超える。
その後、当初の約束の一部は実現した。少なくとも、しばらくの間は。ソーシャルメディアは、私たちの働き方、情報の得方、人との交流の仕方を確かに変えた。物理的には遠く離れた、考えを同じくする人々の間に橋を架け、市民が政府や従来のメディアの制約を超えて意見を共有できるようにすることで、公共の議論の範囲を広げた。「Me Too」や「Fridays for Future」のような正義と変革を求める運動も、ソーシャルメディアなしには実現しなかっただろう。
しかし、こうした恩恵とともに、アルゴリズムの奥深くに隠された大きな弊害も現れた。トロイの木馬の腹に潜む侵入者のように。
当時、私たちは気づかなかった。しかし今は気づいている。
今では、ソーシャルメディアが提供する途切れのない無料のつながりには、ネットいじめ、ヘイトスピーチ、性犯罪、プライバシー侵害に加え、不安、暴力、孤独の深刻な増加も伴っていたと分かっている。
今では、人類を結びつけ「人々に力を与える」どころか、こうしたプラットフォームが権力と富をほんの一握りの人々の手に集中させたと分かっている。その代償となったのは、社会の結束、心の健康、そして民主主義だ。
さあ、目を開こう。学術研究の成果も政治の動向も、見ようとする人には明らかだ。主要なソーシャルメディアは、少なくとも三つの強力な方法で自由主義秩序と民主主義制度を損なっており、私たちはもはやこれを無視できない。
第一に、ソーシャルメディアは公共の議論を過度に単純化し、分極化させている。 280文字、あるいは30秒の動画では、重要なことのほとんどを説明するには足りない。
政治論議が制度機関、新聞、喫茶店からソーシャルメディアへ移ることで、厳密さは即時性に、複雑さは簡潔さに置き換えられている。
その結果、物事を適切に説明すること、選択にはしばしばトレードオフが伴うと認識すること、異なる考えを持つ人々と実質的な対話をすることが妨げられている。
その代わりに、自分たちのエコーチェンバーで「いいね」や「シェア」を集めるための決めぜりふ作りに集中させられている。そしてその結果、社会はますます分断され、操られやすくなっている。
こうした流れは決して偶然の産物ではない。むしろ、ソーシャルメディアが民主主義を侵食する第二の方法、すなわち誤情報を助長することと深く結びついている。
毎日、フィードや投稿欄には、現実の認識をゆがめる加工画像、誤ったデータ、フェイクニュースがあふれている。
新型コロナウイルスは存在しない、私たちの国に暮らす民族的・文化的少数派があらゆる問題の原因だ、国家は市民の利益に反して動く詐欺だ――多くの人々にそう信じ込ませたフェイクニュースだ。
私たちは毎日、何百万件ものフェイクニュースに接している。フェイクニュースは本当のニュースより70%共有されやすい。そして大手ソーシャルメディア企業の所有者たちは、それを止めないと決めている。
難しいからでも、デリダを読んだからでもない。ビジネスに都合がよいからだ。クリック数と広告主を増やすからだ。そして、自分たちの政治的議題を推し進める助けになるからだ。
これが、ソーシャルメディアが民主主義を損なう第三の、そして最も恐ろしい方法だ。票を「いいね」に置き換える道具になっている。 こうしたプラットフォームは、誰もが公平に競える環境を整えると言われていた。しかし実際には、状況をさらに不公平にした。
データによると、ソーシャルメディアのプロフィールの約3分の1は実際にはボットであり、インターネット通信量のほぼ半分がボットによって生み出されている。検索結果は広告サービスや表示順位を操作する手法によって大きく偏っている。そしてフィードのアルゴリズムは、公平性を促すどころか、特定の政治的見解を隠し、別の見解を助長するよう設計されている。
建設的な議論と自由な意見交換の場になるはずだったものが、操作、検閲、虚偽に満ちた不正な戦場になった。
はっきりさせておこう。これは偶然に起きたのではない。組織的にあおられてきた。
ロシアのように、私たちの制度を弱体化させ、民主的なプロセスを変えようとする外国勢力によって。
過去のファシストのように、社会に混乱をもたらし、それを利用して権力を握ろうとする反体制の政治勢力によって。
そして、大手ソーシャルメディアの所有者自身によって。経済力をほぼ完全に握るだけでは満足せず、民主主義制度を損なう形で政治権力まで求める、少数のテクノロジー億万長者たちによって。
彼らはこの目標さえ隠そうとしない。PayPalの共同創業者で、彼らを代表する思想家の一人であるピーター・ティールは、インタビューで、テクノロジー億万長者たちは民主主義を覆そうとしていると公然と認めた。その理由は、彼の言葉を借りれば、「自由と民主主義は両立するという信念を失った」からだ。
では、いったい誰の「自由」なのかと問うべきだろう。民主主義は人々の自由と両立するだけでなく、その自由に不可欠な前提条件だからだ。
民主主義を真に制限するのはエリートの権力だ。自分たちは裕福だから法の上にあり、何でもできると考える人々の権力だ。だからこそ、友人の皆さん、テクノロジー億万長者たちは民主主義を覆そうとしている。
皆さん、これが私たちが直面する真実であり、恐るべき脅威だ。私たちを解放するはずだったテクノロジーは、私たち自身を抑圧する道具になってしまった。団結、明晰さ、民主主義をもたらすはずだったソーシャルメディアは、分断、嘘、反動的な議題をもたらした。
ソーシャルメディアは、銀行、小売、メディアなど、私たちの経済の戦略的分野と不公正な競争を始めた。そして、限られた男性たち――ちなみに全員が男性だ――の手に渡った。彼らの総資産はEU全体の予算の3倍に上る。
こうした状況の中、多くの著名人やメディアは、諦めてこれらのソーシャルプラットフォームを去ることを選んだ。もちろん、私にはその決断がよく分かるし、尊重する。実際、私自身も同じことを考えたことがある。率直に言って、その方が私の生活はずっと楽になるだろう。
しかし、ソーシャルメディアはかつての姿を超えたとも考えている。特に若い世代にとって重要すぎるため、誰かが意のままに管理できる単なる企業として扱い続けるべきではない。ソーシャルメディアは今や人類共通の資源だと私は考える。海のように。そして、それにふさわしく保護し、管理すべきだ。
私の考えでは、ソーシャルメディアの基盤となった当初の約束は、今も実現可能だからだ。数々の過ちを正し、正しい方法で取り組めば、社会を改善し民主主義を強化するための対話、参加、自由の場へと、こうしたプラットフォームを変えることができる。それを目的に利用している人がこれほど多いという事実が、その証拠だ。
しかし、これを実現するには、迅速かつ断固として行動する必要がある。政治的な立場を問わず、民主主義を信じるすべての人々を結集する共通の陣営を築き、この重大な脅威に立ち向かう大胆な措置を講じなければならない。
今日は、三つの考えを提案したい。ブリュッセルで開かれる次回の正式な欧州理事会で、欧州のすべての首脳に提案する三つの措置だ。
第一に、ソーシャルメディア上の匿名性をなくすことを提案する。私たちの国では、 顔を覆って街を歩くことも、ナンバープレートなしで車を運転することもできない。身分証明書を提示せずに荷物を送ることも、名前を明かさずに狩猟用の銃を買うこともできない。
それなのに、プロフィールを実際の身元に結びつけないまま、人々がソーシャルネットワーク上を自由に動き回ることを許している。これは誤情報、ヘイトスピーチ、ネット上の嫌がらせへの道を開いている。ボットの使用を容易にし、人々が自分の行為に責任を問われずに行動できるようにしているからだ。
このような異常な状態を続けることはできない。民主主義において市民にはプライバシーの権利があるが、匿名でいる権利や処罰を免れる権利があるわけではない。その二つがあれば、社会の共存は不可能になる。
だからこそ、ソーシャルメディアの運用原則として「仮名性」を推進し、すべてのプラットフォームに、各ユーザーアカウントを欧州デジタルIDウォレットに結びつけるよう義務づけるべきだと考える。
そうすれば、市民は望めばニックネームを使える一方、犯罪が起きた場合には、公的機関がそのニックネームを実在の人物に結びつけ、責任を問える。説明責任は言論の自由を妨げるものではなく、それを支える不可欠な要素だからだ。
ソーシャルメディアの利用者一人につき、実在する身分証明書一つ。未成年者が不適切なコンテンツにアクセスしないようにし、犯罪を犯した人をソーシャルネットワークから排除または訴追し、公共の議論に影響を及ぼしている何百万もの偽プロフィールを削除するには、これが唯一の確実な方法だ。
第二の提案は、ソーシャルメディアのアルゴリズムというブラックボックスを、今度こそ開かせることだ。欧州連合の価値は売り物ではない。コンテンツのモデレーションやファクトチェックのような安全策は、すべての事業者が守るべき法的かつ道義的な要件だ。
だからこそ、デジタルサービス法を全面的に執行し、その規定は交渉の余地がないと大企業に明確に伝え、違反する事業者への制裁を強化しなければならない。
同様に、欧州アルゴリズム透明性センターの能力と専門性も強化し、制限なくソーシャルネットワークの運用を調査できるようにすべきだ。また、この問題をEUの最重要研究課題の一つとするため、特別な資金を設ける必要がある。最も優秀な人材をこの課題に取り組ませなければならない。民主主義の敵がそうしているのと同じように。
もちろん、所有者に責任を問わず、ソーシャルメディアの利用者や従業員だけに責任を負わせても意味がない。所有者たちは世界で最も裕福かつ強力な人々の一部なのだから、なおさらだ。
欧州委員会がテクノロジー企業に科した過去最大の罰金でさえ、年間利益の0.6%に相当したにすぎない。言い換えれば、その企業が1日にも満たない間に稼いだ額だ。
これが三つ目にして最後の提案だ。ほかの業界と同じように、ソーシャルメディアの最高経営責任者が、自社プラットフォームにおける法令や規範の不遵守について個人として責任を問われるようにする。 例えば、小さなレストランの経営者は、料理で客に食中毒を起こさせれば責任を負う。ソーシャルメディアの大物経営者も、アルゴリズムで社会を毒するなら責任を問われるべきだ。
要するに、皆さん、私が提案しているのは闘いに踏み出すことだ。この脅威に正面から立ち向かうことだ。それができるかどうかで、子どもたちと次の世代の健康、安全、自由が決まる可能性が高いからだ。
主導権を取り戻そう。デジタルプラットフォームを本来の目的に戻し、安全で公正な対話の場へと変えよう。民主主義を解体する武器に変えようとする人々を止めよう。ひと言で言えば、ソーシャルメディアを再び偉大にしよう。
簡単ではないと分かっている。分かっている。私たちは皆、恐れている。対峙する相手は極めて強力だからだ。ほぼ無尽蔵の資金力と技術力を持ち、非常に危険な協力者もいる。そして、私たちの道徳規範に従わず、何をしても責任を問われない世界に生きているため、卑劣な手段を使う。
しかし、この闘いには勝てると私は分かっている。私たちが正しいからだ。私たちの方が多いからだ。そして、以前にも成し遂げたことがあるからだ。
誠にありがとうございました。


