過去の米政府機関閉鎖を振り返る

U.S. Capitol building is seen during the third day of a government shutdown in Washington, U.S. January 22, 2018. REUTERS/Carlos Barria
The U.S. government has just had it's second shutdown of the year.Image: REUTERS/Carlos Barria
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議会が、ほとんどの連邦機関に対する現行の予算執行権限を延長するために必要な暫定予算案を可決できず、木曜日の深夜、米政府機関の閉鎖が始まりました。

上院は金曜日の早朝、暫定予算案とともに、歳出上限に関する2年間の合意を承認しました。しかし、この法案がドナルド・トランプ大統領の署名を経て法律となるには、下院の承認がなお必要でした。

今回の閉鎖は2018年で2度目です。1月には、政府支出の水準と移民関連法案をめぐって議会が行き詰まり、政府機関が3日間閉鎖されました。ただし、閉鎖期間の大半が週末だったため、多くの政府機関やサービスへの影響はありませんでした。

Image: Statista

過去の政府機関閉鎖による長期的な経済的損害はわずかでしたが、こうした事態は連邦職員に打撃を与え、市場を動揺させ、米国に対する海外の信頼を揺るがしかねません。

議会調査局(CRS)によると、議会が1970年代半ばに現代的な予算編成手続きを導入して以来、政府資金の空白は19回発生していますが、そのすべてが実質的な政府機関閉鎖に至ったわけではありません。

資金の失効によって大規模な政府機関閉鎖が起きたのは、次の3回です。

1995年11月:CRSの報告書によると、政府資金は11月14日から19日までの丸5日間にわたり失効し、共和党が支配する議会が可決した歳出法案に民主党のビル・クリントン大統領が拒否権を行使した後、約80万人の職員が一時帰休となりました。

1995年12月~1996年1月:高齢者向け医療保険制度メディケアや教育などの予算水準をめぐり、クリントン大統領と議会の共和党議員との対立が続いた結果、政府資金は再び失効しました。CRSによると、1995年12月16日から1996年1月6日までの丸21日間にわたる閉鎖で、約28万人の職員が一時帰休となりました。

2013年10月:CRSによると、この対立の間、政府資金は10月1日から17日までの丸16日間にわたり失効し、約80万人の連邦職員が一時帰休となりました。さらに100万人を超える職員が、いつ給与を受け取れるか分からないまま出勤したと、メディアは報じました。

この閉鎖は、下院の保守派共和党議員が予算編成手続きを利用し、民主党のバラク・オバマ大統領が進める医療保険制度改革法(通称「オバマケア」)の実施を遅らせるか、資金を打ち切ろうとした後に起きました。

下院と民主党が支配する上院、そしてオバマ大統領との行き詰まりは、オバマケアを通じて医療保険に加入する人々に対し、より厳格な所得確認要件を課す上院仲介の法案を両院が可決したことで解消しました。閉鎖を終わらせる合意は、米国の借入上限である債務上限の引き上げ期限と重なりました。

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