経済学の専門家らは、ウクライナへのロシアの侵攻が飢饉を引き起こすおそれがあると指摘する。
最近の食料危機はいずれも戦争が引き金になったという。しかし歴史的に見ると、人口圧力の高まりと急速な気候変動が主な引き金だった。
これらすべての要因にCOVID-19も加わり、現在作用している。そのため、飢饉のリスクは今、ここ数十年で最も高くなっている。
ウクライナへのロシアの侵攻によって、戦争の脅威が再びヨーロッパに持ち込まれた。次に飢饉が起きる可能性もある。戦闘地域とは限らず、食料を輸入する貧しい国々で起きるかもしれない。近年の食料危機はすべて戦争が引き金となっている。しかし長期的に見ると、産業革命以前の飢饉の大半は、資源に対する人口圧力が高い時期に発生し、急速な気候変動の局面で発生確率が高まる極端な気象現象によって引き起こされたことが、本稿から分かる。こうした要因すべてに、戦争とCOVID-19も加わり、現在作用している。
2011~2012年、戦乱に見舞われたソマリアで世界最後の大規模な飢饉が起き、数万人、あるいは最大で25万人もの人々が死亡した(Maxwell and Najid 2016)。さらに近年では、食料危機対策グローバル・ネットワークによると、2016年から2021年にかけて、世界で約100万人が飢饉の差し迫った危険にさらされた。同ネットワークの年次報告から、いくつかの点が分かる。第一に、2021年にマダガスカル南部(グラン・シュド)で危険にさらされた1万4,000人を除き、こうした不運な人々は全員、紛争地域に暮らしていた。該当したその他の地域は、2016年と2017年のナイジェリア北東部および南スーダン、2018年から2021年の南スーダンとイエメン、2018年のソマリア、2020年のブルキナファソ、2021年のエチオピアであり、いずれも驚くにはあたらない。第二に、飢饉が差し迫った脅威となった期間は通常短く、こうした警報が実際の飢饉につながったことは一度もなかった。第三に、この顕著な結果は主に、人道支援が届いたこと、または敵対行為が停止したこと、あるいはその両方による(Food Security Information Network 2017-2022)。第四に、10年前のソマリアの飢饉は、世界がいつもこれほど幸運とは限らないことを思い起こさせる。
第三千年紀の現在、ニュースの伝達も、世界の人道支援コミュニティが差し迫った食料危機を緩和する速さも考えれば、飢饉は少ないと予想されるかもしれない。概ねその通りであり、実質的に、今日の飢饉は戦闘地域でしか起きていない。さらに過去に目を向けると、第一次世界大戦と第二次世界大戦中に飢饉の犠牲者が膨大な数に上ったことが、戦争と飢饉の結び付きを浮き彫りにしている。1918~1922年に誕生したばかりのソビエト連邦での死亡者も含めると、第一次世界大戦中の飢饉で1,300万人が命を落とし、さらに多くの人々が犠牲となった第二次世界大戦中には1,700万~1,900万人が死亡した。こうした飢饉の多くは、ジャワ、ベンガル、ベトナムなど経済的に後進的な地域で発生し、占領と弾圧が貧困層に耐え難い負担を強いた。しかし、当時および現代の基準で比較的豊かな地域でも飢饉は起きた。第一次世界大戦中および直後のイタリア北部、ドイツ、オーストリア、そして第二次世界大戦中のソビエト連邦、ギリシャ、オランダがそうだ(Wheatcroft and Ó Gráda 2017, Ó Gráda 2019, 2022)。
近代において飢饉の引き金は通常、戦争だったとすれば、ロシア・ウクライナ戦争が差し迫った、そして高まり続ける懸念の原因となっている理由は容易に理解できる。しかし、進行中の気候変動によって、世界で最も開発が遅れている地域の一部では、耕作可能地に対する人口の比率が高まる危険がある。そうなれば、歴史的な引き金である人口密度の高さが再び姿を現すかもしれない(Cruz and Rossi-Hansberg 2021)。この意味で、今日、マルスとマルサスはいずれも世界規模の脅威であり、憂慮すべき考察につながる。
最近の論文(Alfani and Ó Gráda 2018)で、私たちは、産業革命以前には、大規模な飢饉はほぼ例外なく、資源に対する人口圧力が高い時期に起きたと論じている。この経験的な関係は、1710年頃以降(イングランドではそれより早く)見られなくなる傾向にあった。それまでは、概ねマルサスの見解が正しかった。飢饉は「自然」現象であり、人口が環境の最大収容力、すなわち利用可能な資源に照らして持続可能な最大水準を超えて増加する傾向と密接に結び付いていた。ただし、飢饉の発生と深刻さは区別すべきである。マルサス的飢饉の最悪の影響を人間の働きで緩和できなかった、と私たちは主張しているわけではない。しかし、アマルティア・セン(1981)らに関連づけられる、飢饉は主に「権原」の問題だという主張は、中世や近世ヨーロッパ、あるいは19世紀アジアよりも、さらに近年の歴史的状況によく当てはまる。その意味で、1710年頃以降、ヨーロッパの飢饉は次第に「人為的」な現象となった。すなわち、統治の失敗、食料への権原の著しい不均衡、戦争、さらには大量餓死を直接引き起こそうとする試みの産物である。前述のとおり、ここ数十年では戦争が飢饉の主な原因となっている。
しかし、歴史から得られる有益な教訓はほかにもある。図1では、特に良質なデータが得られるヨーロッパの3地域、イングランド、フランス、イタリアについて、1300年頃から1850年までを観察している。いずれの地域でも、18世紀以前には人口が一定の上限(フランスで約2,000万人、イタリアで1,400万人、イングランドで500万人)を超えることは不可能だったようだ。1347~1352年にヨーロッパを荒廃させた黒死病は、各地域の最大収容力を反映すると考えられるこの水準を大きく下回るまで人口を減少させた。その後、人口はゆっくりと回復したが、地域固有の変動も見られた(例えばイタリアでは、1629~1630年と1656~1657年にペストが再び猛威を振るい、17世紀に人口が減少した。Alfani 2013, 2020を参照)。図が示すように、3地域すべてで、飢饉の年は歴史的に人口が多かった時期に集中する傾向があった。定量分析によると、人口と飢饉の発生確率との関係は1710年まで統計的に非常に強く、部分的な例外はイングランドで、そこではより早い時期(1630年頃)から弱まっていく。
図1 飢饉、人口規模、ヨーロッパの気候変動(1300~1850年)
人口密度の高さは、産業革命以前の飢饉の大半にとって前提条件(または「遠因」)だったようだが、それだけで危機が始まったわけではない。飢饉が発生するには、引き金(または「近因」)も必要だった。産業革命以前には、大多数の事例で、引き金となったのは作物に被害を与える極端な気象現象であり、通常は春または夏の大雨だった。これが2年以上連続して起こり、持ち越し用の備蓄が尽きると、飢饉が発生した。干ばつが飢饉の引き金となるのははるかにまれで、とりわけ南ヨーロッパで見られた(Alfani and Ó Gráda 2017)。
極端な気象現象の発生は、明らかに人口水準とは相関しない。しかし、気象の不安定さの高まりは気候変動と結び付いており、長期的な傾向が温暖化から寒冷化へ、またはその逆へと転じる局面に生じると、多くの研究者が論じてきた(Bradley and Jones 1992, Parker 2013)。こうした歴史的局面は図1で、1961~1990年の平均値からの変動を摂氏で示している。興味深いことに、飢饉の密度が最大となった1580年代から1600年代は、小氷期の最盛期とされる時期と重なっていた(Mann et al. 2009; Collet and Schuh 2017)。ただし、天候不順が何年も続くために小氷期が必要というわけではない点に留意したい(Kelly and Ó Gráda 2014)。ここでの要点は、平均気温の低さが作物に直接影響したということではない(主要な穀物は厳しい寒さにかなり強い)。むしろ、長期的な気候傾向が反転する局面、またはより一般的には気候が急速に変化する局面に、作物に被害を与える極端な気象現象が起こる可能性が高まったのかもしれない。そうした現象が、人口増加そのものがもたらした、人口と資源の危うい均衡状態と重なれば、飢饉が発生した。
過去についての私たちの知見は、残念ながら現在にも関わる可能性がある。ここ数年、国連食糧農業機関(FAO)は年次報告書で、世界の飢餓対策が進展しなくなったと警告している。世界の栄養不足人口の割合は、2015~2019年には約8%で安定していたが、2020年には9.3%、2021年には9.8%に急上昇した。この急増はCOVID-19の直接的な結果であり、そこから生じた生産・流通の混乱と、パンデミックを抑え込むために導入された措置によって食料価格が上昇したことが原因だった(FAO 2022: 10 and 47)。一方、FAOは、COVID-19が気候変動による食料生産への悪影響をさらに深刻化させただけだとも警告した。干ばつ、嵐、洪水など、広範な地域の農業生産を損なう一連の局地的な環境災害を直接引き起こしたのは、気候変動だった。
歴史的な経験を踏まえると、現在の状況をどのように捉えられるだろうか。10年から20年前には、飢饉のない世界の将来に楽観的になれる理由があった。さらに近年の経験からは、平時に差し迫った食料危機が起きても、私たちはかろうじて対処できることがうかがえる。しかし地球温暖化によって、人口が継続的に増加する状況や飢饉の脅威に対処する従来の能力が損なわれた。人間活動によってさらに加速する急速な気候変動は今後も続き、極端な気象現象の発生確率をかなり高めると予想される。これに、COVID-19のような衝撃も加わる。その食料安全保障への影響は、新たな病原体の出現と拡散による一部「自然」なものと、世界各地で実施されたパンデミック抑制策による一部「人為的」なものから成る。最後に、食料生産の主要国を巻き込んだロシア・ウクライナ戦争がある。完全に(誤った)人間の選択がもたらした戦争だ。この戦争が、ラクダの背を折る最後のわら、すなわち大規模な飢饉の引き金、あるいは近因となるのだろうか。この問いに簡単な答えはない。現在の状況では、過去の飢饉に関わった主な要因がすべて同時にそろっているように見えるものの、今後の予測困難な展開に大きく左右される。しかし、ひとつ明らかなことがある。今日の飢饉のリスクは、ここ数十年で最も高い。決して過小評価してはならない。
参考文献
Alfani, G(2013)「17世紀ヨーロッパのペストとイタリアの衰退:疫学的仮説」、European Review of Economic History 17(3):408–430。
Alfani, G(2020)「パンデミックと非対称ショック:ペストの歴史から学ぶ教訓」、VoxEU.org、4月9日。
Alfani, GおよびC Ó Gráda(編)(2017)、ヨーロッパ史における飢饉、ケンブリッジ大学出版局。
Alfani, GおよびC Ó Gráda(2018)「ヨーロッパにおける飢饉の時期と原因」、Nature Sustainability 1:283-8。
Bradley, R SおよびD Jones(編)(1992)、西暦1500年以降の気候、Routledge。
Collet, DおよびM Schuh(2017)、「小氷期」(1300~1800年)の飢饉:近代以前の社会における社会と自然の絡み合い、Springer。
Cruz, J-LおよびE Rossi-Hansberg(2021)「不均等な恩恵:地球温暖化が経済全体および地域経済に及ぼす影響の評価」、VoxEU.org、3月2日。
国連食糧農業機関(FAO)(2022)、世界の食料安全保障と栄養の現状。
食料安全保障情報ネットワーク(2017~2022)、世界食料危機報告書、ニューヨーク:世界食糧計画。
Kelly, MおよびC Ó Gráda(2014)「年平均気温の復元における変化点と時間的依存性:ヨーロッパは小氷期を経験したのか?」、Annals of Applied Statistics 8(3):1372-94。
Mann, M Eほか(2009)「小氷期と中世気候異常の全球的特徴と力学的起源」、Science 326:1256–1259。
Maxwell, DおよびN Majid(2016)、ソマリアの飢饉:相反する要請と集団的な失敗、2011~2012年、Hurst。
Ó Gráda, C(2019)「第二次世界大戦の飢饉」、VoxEU.org、9月2日。
Ó Gráda, C(2022)、罪なき傍観者:第一次・第二次世界大戦の民間人犠牲者、刊行予定。
Parker, G(2013)、世界的危機:17世紀の戦争、気候変動、破局、 Yale University Press。
Sen, A(1981)、貧困と飢饉:権原と剥奪に関する一考察、Clarendon Press。
Wheatcroft, S GおよびC Ó Gráda(2017)「第一次・第二次世界大戦の飢饉」、AlfaniおよびÓ Gráda(編)、ヨーロッパ史における飢饉。




