国境はジェンダーの権利をめぐる次の戦場となるのか

A man demonstrates the issuing of the new Swiss biometric passport at the Office of Passport Services in Zurich, January 26, 2010.
Could biometric technology in passports and at borders help advance gender identity equality?Image: REUTERS/Miro Kuzmanovic
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英国では約65万人が、自分を男性とも女性とも認識していない。ノンジェンダーの権利活動家クリスティー・エラン=ケインは20年にわたり、そうした人々にも英国パスポート局が「X」を選べるようにすることを求めてきた。パスポートではMまたはFに代わる選択肢となる。エラン=ケインはさらに、ノンジェンダーの人にMかFの選択を義務付けるのは、法的文書に虚偽の申告をさせることに当たると主張している。

このため英国高等法院は、「ジェンダーX」パスポートの発行拒否が違法であるとする申し立てを審理している。この申し立てでは、女性か男性かを示すよう求めることは、ノンジェンダー、トランスジェンダー、またはインターセックスの人々を本質的に差別するものだと指摘している。

Image: Jokestress/ウィキメディア・コモンズ

ジェンダーは、氏名、生年月日、国籍とともに、世界各国で発行されるすべてのパスポートに記載が義務付けられている属性の一つだ。こうした属性は、目の前にいる人物がパスポートの正当な所持者かどうかを当局がより的確に判断するのに役立つ。テロ攻撃が増加する国際的な地政学情勢を受け、世界各地の国境管理機関は、悪意ある人物を特定し、阻止する能力の強化に取り組んできた。個人を審査する際、当局が本人確認を行えることはもちろん、その人物が国家や公共の安全を脅かさないかを確かめることも重要だ。こうした取り組みにジェンダー情報は不可欠なのだろうか。

なぜジェンダーXなのか?

Xは、国際民間航空機関がパスポートに認めている3つのジェンダー表示の一つで、「特定されていない」ジェンダーを示す。この選択肢は、第二次世界大戦後に大規模な難民移動が起きた際に生まれたと考えられている。人々の再定住の必要に間に合うよう緊急パスポートを迅速に発行する必要があったが、発行担当者には、なじみのない名前から性別を判断できない場合があった。

現在、男性とも女性とも認識していない人にとって、Xが唯一の代替選択肢となっている。2017年8月、カナダは市民がパスポートでXを選べるようにし、「第三のジェンダー」の選択肢を提供する10番目の国となった。他には、オーストラリア、ニュージーランド、パキスタン、マルタ、デンマークがあり、いずれも現在、パスポートでM、F、Xを選べる。多くの国はLGBTQIAの権利促進を目的としている。台湾やドイツなども、これに続くとみられる。

生体認証とアイデンティティ

個人を識別する生体認証の普及は、いくつもの業界に変化をもたらしており、とりわけ金融サービスへの影響が大きい。指紋で携帯電話やオンラインバンキングへのアクセスを保護したり、音声でデジタルアシスタントを通じてスマートホームを操作したりできるようになったことで、消費者が指紋、顔、さらには音声認識を利用する方法は変化した。

国境審査では、ビザ申請手続きに慣れた旅行者なら、渡航許可を得る前に写真や指紋を提出することをご存じだろう。現在、航空、旅行、観光分野の多くの政府機関や企業が、旅行の行程を通じて個人を識別するため、生体認証への依存度を高める方法を試している。

Image: Assured Biometrics Inc

米国国立標準技術研究所(NIST)の研究によると、顔認識アルゴリズムの精度は高まっており、本人照合では多くの場合、人間の能力を上回る。最近、NISTは顔認識の専門家が、別の人間をパートナーとするよりも、人工知能をパートナーとする方が優れた成果を上げると報告した。こうした高度な生体認証技術を使えば、国境で旅行者を識別する方法を大幅に改善できる可能性がある。実際、本人確認の過程でFやMなどの表示に頼る必要は、近いうちになくなるかもしれない。

ジェンダーは二元的ではないと認識され、人々が自らのアイデンティティに関する権利を求めている世界で、こうした技術の進歩は、ジェンダー・アイデンティティの平等を推進する機会となるのだろうか。ジェンダーXを認める、あるいはパスポートからジェンダー表示を完全になくすことはできるのだろうか。

まだそこまではいかないかもしれない。

リスク評価

各国は国境でのリスク評価の仕組みを独自に定めているが、これまで評価に用いられる主なデータは、出身国、ジェンダー、年齢などの属性情報に限られていた。

しかし、国籍などの要素がリスクを正確に予測できるという前提は、この10年で揺らいでいる。私たちが目にしてきた最も悲惨な攻撃のいくつかは、国内で生まれ育った人物による脅威だったか、リスクが低いとみなされる国籍の人物によって実行された。2015年のパリ同時多発テロへの関与が疑われた者のうち5人は、フランス国民だった。幸いにも身柄を拘束された悪名高い「靴爆弾犯」リチャード・リードは、英国籍である。

予測データ分析と機械学習の進歩は、リスク評価のプロセスを改善する機会をもたらしている。乗客が渡航歴やビザ取得歴を事前に提示すれば、その情報は生物学的性別やジェンダー・アイデンティティを二分する指標よりも、リスク評価に大きく役立つ可能性がある。欧州国境沿岸警備機関であるフロンテックスは、誰が国境に来るのかについて早期に信頼できる情報を得たうえで、リスクに基づく渡航円滑化へ移行すれば、国境当局は入国不適格者の到着前に阻止し、リスクの可能性がある人に尋ねるべき質問を把握し、国籍、年齢、ジェンダーにかかわらず、リスクが低いと分かっている人々をより円滑に通過させられると考えている。世界経済フォーラムの「Known Traveller(既知の旅行者)」構想は、国境通過のプロセスを再設計し、すべての旅行者にとって、より安全で円滑かつ公正な体験を実現することで、この課題に取り組もうとしている。

生体認証技術で本人確認を行い、個人に即した有意義なリスク評価を実施できれば、人々を男性か女性かで分類することを超えるだけでなく、世界の旅行安全保障システムにおけるプロファイリングや不当な偏見を減らすために大きく前進できるかもしれない。

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