男女間の賃金格差と、女性が要職に就く割合の低さが続く理由について、近年の説明では行動面、とりわけ競争に対する男女の反応の違いに注目している。本稿は、女性に影響を及ぼすのは競争そのものではなく、対戦相手の性別かもしれないと示唆する。数千局に及ぶ熟練チェス対局のデータ分析によると、同じ実力の男性に比べ、女性は勝つ確率が低く、その背景には、男性を相手にしたときに女性が特に多くのミスをすることがある。
学界で激しい論争が続き、大胆な政策改革も行われてきたにもかかわらず、男女間の賃金格差と、女性が要職に就く割合の低さは続いている。この状況は、人的資本や選好における純粋な男女差に基づく説明や、雇用主による統計的差別に基づく説明に疑問を投げかける(Blau and Kahn 2016)。
近年の説明では、行動面、とりわけ競争に対する男女の反応の違いに注目している。例えば、Gneezy et al.(2003)は、競争環境では男性のほうが女性より高い成績を上げると報告し、Niederle and Vesterlund(2007)は、競争のない環境では男性と同等の成績を上げていても、女性は男性より競争に参加することをためらうと指摘している。

こうした結果は、女性が本質的に競争を嫌っている、あるいは生まれつき競争に不利なのだという証拠だと考える人は多い。だが、本当にそうだろうか。女性を悩ませているのは競争なのか、それとも誰を相手に競争するかだろうか。
この最後の問いは、女性が強い否定的なステレオタイプにさらされ、男性を相手に競うことが多い男性優位の環境では、とりわけ重要かもしれない。生まれ持った能力を観察でき、男女が対等な条件で競う現実の競争についてデータを得るのが難しいため、この問いはほとんど研究されてこなかった。
男性優位の熟練チェスの世界
プロのチェストーナメントは、競争における男女の相互作用の有無を研究するうえで、3つの理由から優れた枠組みとなる。第一に、男女は対等な条件で直接対戦する。第二に、対局の結果に運は関与せず、努力と能力によって決まる。第三に、能力には公的に認められた確立済みの尺度がある。それは考案者である物理学者アルパド・エロにちなんで名づけられたエロ・レーティングだ。
国際大会の対局を収録したオンラインデータベースには、選手の特徴、対局中の指し手、結果の情報が含まれている。意欲の高い選手は、対戦相手を研究し、新たな指し手を学ぶために、こうしたデータベースを定期的に確認している。
熟練チェスは、極めて男性優位の競技だ。現時点では、女性が世界チェスチャンピオンになるより米国大統領になるほうが簡単に思える。男女混合の国際大会に出場する選手のうち女性はわずか11%、グランドマスターでは2%で、世界のトップ100に入る女性は中国の侯逸凡ただ一人だ。
さらに、男女間には持続的で無視できない実力差がある。平均すると、女性のエロ・レーティングは男性より15%低い。この女性の過少代表と成績不振の結果であると同時に原因でもあるものとして、チェス界では女性に対するステレオタイプが広く見られる。例えば、1960年代に米国のグランドマスター、ボビー・フィッシャーはこう述べた。
「女はみんな弱い。男に比べて頭が悪い。チェスをするべきじゃない。初心者みたいなものだ。」
こうした偏見を見つけるのに、1960年代までさかのぼる必要はない。2015年にも、英国のグランドマスター、ナイジェル・ショートは「女の子にはチェスをする頭脳がない」と述べた。残念ながら、多くのプロ棋士はチェスをドクターペッパーのようなものだと考えているようだ。つまり「女性向けではない」ということだ。しかし、チェスにおける男性の生来の優位性を示す決定的な証拠はない。
熟練チェスは、高い競争性を持つ職業と同様、意志の強さ、粘り強さ、そして長時間の練習を必要とする。プロ棋士として活動する女性は、多くの競争の激しい職業に就く女性と同じく、要求水準の高い男性優位の環境を自ら選んでいる。このような選択を踏まえれば、対戦相手の性別に影響されないと予想されるが、実際にはそうではない。
競技チェスにおける男女の相互作用
同僚のピーター・バッカスとサンティアゴ・サンチェス=パヘス、そしてコンピューター科学者のマテイ・グイドとエンリケ・ロペス=マニャスと共同で執筆した最近の論文で、世界の選手の上位5%に入る熟練チェス選手のデータを用い、競争における男女の相互作用の有無とその原因として考えられるものを研究した。長年にわたるチェス愛好家の綿密な取り組みを活用し、数千局と選手について、エロ・レーティング、年齢、所属連盟、大会、そしてもちろん性別のデータを得た。
研究の第一の結果は予想どおりだった。平均すると、女性は同じ実力の男性より成績が振るわない。
第二の結果は、より懸念される(そして興味深い)ものだ。成績の男女格差は、対局の男女構成によって生じている。同じ実力の女性同士が対戦する場合、女性が勝つ確率は50%だ。しかし、同じ実力の男性を相手にすると、女性が勝つ確率は46%にとどまる。これは、相手が男性の場合にエロ・レーティングで30ポイントのハンディキャップがあるのと同等だ。
この憂慮すべき結果の背景を明らかにするため、各対局の指し手の情報を使い、各選手の各対局におけるプレーの質を測る指標を算出する。Guid and Bratko(2006)の手法に従い、選手が選んだ指し手の質と、チェスエンジンが代わりに選んだであろう指し手の質との差を計算する。使用するチェスエンジンのエロ・レーティングは3,000ポイントを超えており、現世界チャンピオンのマグヌス・カールセンを含むあらゆる人間の選手より優れている。
プレーの質の指標は、「中盤」におけるこうした差の平均値だ。つまり、創造性が最も発揮され、即興性が重要となる対局の段階で犯したミスを測る指標である。このミスの指標を統制変数と対戦相手の性別に回帰させると、女性は男性を相手にしたときにより多くのミスをすることがわかった。一方、男性のプレーの質は対戦相手の性別に左右されない。
対戦相手の性別が行動に及ぼす影響
選手の特徴を調整した後では、女性同士の対局と男性同士の対局における平均的なプレーの質は同じであることもわかった。この点は重要だ。女性が競争を嫌っている、あるいは競争が単に苦手なのではない。問題が現れるのは、男性と競うときだ。
この結果は、ステレオタイプ脅威の理論と整合する。同理論は、ある集団が否定的なステレオタイプにさらされると、そのステレオタイプを避けようとする際に感じる不安や、単にそれを意識することによって、そのステレオタイプを裏づける可能性が高まると論じる。前述のとおり、熟練チェスは男性に強く結びつけられた環境だ。
研究の別の結果からは、男性も女性との対局で行動を変えることがわかった。実力が同じ二人の選手が同じ盤面に置かれた場合、男性は女性を相手にすると投了が遅くなる。この結果は、19世紀の米国の作家チャールズ・ダドリー・ワーナーによる「男性にとって、女性にチェスで負けるほど腹立たしいことはない」という指摘を想起させる。男性を相手に投了することは、常に「紳士協定」と解釈できるのかもしれない。
また、対局の賭け点を高めることで測った競争圧力の増大が、成績に悪影響を及ぼすことも観察された。対局で賭けられるエロ・ポイントが大きいと、男女ともにミスが増える。グランドスラムのテニス大会のデータを用いたPaserman(2010)も、同様の結果を得ている。しかし、競争圧力の増大による影響に男女差は見られなかった。
最後に、分析から導かれる政策提案を二つ挙げたい。第一に、オーケストラのブラインド・オーディション(Goldin and Rouse 2000)のように、選手の性別がわからない「ブラインド」方式のトーナメントを導入するとよいかもしれない。
第二に、熟練した女性チェス選手は非常にプロ意識が高い点に留意したい。高度な技量を身につけ、明らかに男性優位の分野を自ら選んでいる。このように選抜された集団で男女の相互作用が見られるなら、母集団全体では男女差がさらに大きいと考えるのが妥当だろう。
参考文献
Backus, P, M Cubel, M Guid, E López-Mañas, and S Sánchez-Pagés(2016)、「ジェンダー、競争、成績:実際の大会から得られた証拠」、IEBワーキングペーパー 2016/27。
Blau, F, and L Kahn(2016)、「男女間賃金格差:規模、傾向、説明」、IZA DP No. 9656。
Gneezy, U, M Niederle, and A Rustichini(2003)、「競争環境における成績:男女差」、Quarterly Journal of Economics 118: 1049-74。
Gneezy, U, and A Rustichini(2004)、「若年期におけるジェンダーと競争」、American Economic Review 94: 377-81。
Goldin, C, and C Rouse(2000)、「公平性を奏でる:「ブラインド」オーディションが女性音楽家に与える影響」、American Economic Review 40: 715-42。
Guid, M, and I Bratko(2006)、「チェスのチャンピオンのコンピューター分析」、International Computer Games Association Journal 29 (2): 65-73。
Niederle, M, and L Vesterlund(2007)、「女性は競争を避けるのか。男性は競争しすぎるのか。」Quarterly Journal of Economics 122: 1067-101。
Paserman, D(2010)、「競争環境における成績の男女差:プロテニス選手の証拠」、ワーキングペーパー、ボストン大学。
