2014年以降、米国の平均寿命は3年連続で低下し、死亡率が着実に下がり続けてきた1世紀にわたる傾向が逆転した。平均寿命の低下は、大学を卒業していない米国人の間で、いわゆる「絶望死」――アルコール、薬物、自殺による死亡――が急増したことを反映している(Case and Deaton 2015, 2017)。1999年から2017年にかけて、年齢調整済みの薬物過量摂取死亡率は256%上昇し、自殺は33%増加した(Hedegaard et al. 2017, 2018)。
こうした傾向を初めて明らかにした先駆的な研究で、CaseとDeatonは、労働者階級の非ヒスパニック系白人の経済的機会の縮小に加え、慢性疼痛や社会的苦悩の増加、結婚や出産などの制度の衰退が、主な要因だと指摘している。Case(2019)はさらに、安価なヘロインやフェンタニルの流入が、教育水準の低い労働者の厳しい経済状況と相互に作用し、これらの原因による死亡を長期化させたと述べている。他の研究者は、特に薬物関連死について、苦悩や絶望を重視する説明に疑問を呈している(Roux 2017, Ruhm 2019, Finkelstein et al. 2016)。これらの研究者はその代わりに、地域ごとの薬物環境や「供給側」の要因、とりわけ新たに登場した依存性と危険性の高い薬物の役割を指摘する。また、肥満の流行やHIV/AIDS危機の遅行的な影響も、こうした傾向をもたらした要因として挙げられている(Masters et al. 2018)。
本稿では、低所得の米国人の税引き後所得を増やす2つの経済政策――最低賃金と勤労所得税額控除(EITC)――が、絶望死に因果的な影響を与える仕組みを検証し、この議論に貢献する。
本研究
最低賃金とEITCが死亡率に及ぼす因果効果を推定するため、1999年から2015年までの16年間にわたる州ごとの経済政策の違いを活用した準実験的手法を採用した。主なデータソースは、地理情報が付与されたCDCの複数死因死亡ファイルで、さまざまな情報源から得た州レベルの人口統計、経済、政策変数と連結している(データソースと手法の詳細についてはDow et al. 2019を参照)。
利用したアクセス制限付き死亡データには、人種、民族、年齢、性別、学歴など、さまざまな人口統計上の特性が含まれている。学歴はEITCと最低賃金の適用を受ける度合いの代理指標となるため、本分析で特に重要である。最低賃金の変更やEITCの影響を最も受けやすい層として、大学を卒業していない18~64歳の成人の死亡に焦点を当てる。「絶望死」という語は通常、薬物過量摂取、自殺、アルコール関連疾患による死亡を指すが(Case and Deaton 2015)、ここでは薬物過量摂取による死亡と薬物に関連しない自殺に注目する。これらは、最近の政策変更に短期的に反応する可能性がより高いためである。
本分析では、標準的な差の差法を用いて、原因別死亡率の時間的な変化を推定する。推定結果からは、どちらの政策も、学歴の低い対象集団(大学を卒業していない成人)の薬物に関連しない自殺を有意に減らすことが示唆される。特に、次の3点が明らかになった。第一に、最低賃金が10%上昇すると自殺死亡は3.6%減少し、EITCの最大額が10%増えると自殺は5.5%減少する。調査期間中のこの集団の年間平均自殺率に基づくと、これは年間1,200人を超える自殺の減少に相当する。
第二に、これらの政策による自殺減少の効果は女性でより大きい。最低賃金(州のEITC控除額)が10%上昇すると、自殺死亡は4.6%(7.4%)減少する。女性は最低賃金の仕事に就きやすく、EITCの対象となる可能性も高いため、こうした差は政策の影響を受ける度合いの違いと一致している。
第三に、非ヒスパニック系白人とその他の人種・民族集団との間で、最低賃金が自殺に及ぼす効果に差は見られなかった。一方、EITCは有色人種に対してより大きな効果を持つ可能性を示す証拠が得られた。
全体として、自殺の減少は、最低賃金の引き上げや手厚いEITCの影響を受けやすい集団でより大きい。最低賃金の仕事に就く可能性やEITCの対象となる可能性が低い、学士号以上の学位を持つ成人では、これら2つの政策による有意な効果は確認されなかった。この結果は、これらの政策が低所得層を貧困から引き上げることで自殺を減らすという、私たちが想定したメカニズムを裏付ける。重要なのは、どちらの政策も薬物関連死には有意な影響を与えなかった点である。米国では、違法オピオイド、ヘロイン、フェンタニルの入手しやすさが増し、薬物関連死が増加している。こうした効果が確認されなかったことは、薬物過量摂取による死亡の急増を供給側の要因で説明するRuhm(2019)、Finkelstein(2016)らの主張と一致する。この傾向への対策には、他の政策が必要と考えられる。
因果関係を示す証拠
本研究は、薬物に関連しない自殺による死亡について、これらの政策がもたらす有益な効果を示す初の因果的証拠を提示する。研究設計の根底には、同じ年に最低賃金とEITCの水準が異なる州を比較することで、政策効果の因果的な推定値を得られるという基本的な仮定がある。この手法を有効なものとするには、平行トレンドの仮定が成り立たなければならない。つまり、州の最低賃金とEITC水準の変化が、観察されていない死亡要因と相関していない必要がある。
最低賃金またはEITCの変更前後における効果の時間的推移を捉えるイベントスタディモデルを推定し、平行トレンドの仮定を裏付ける強い証拠を示す。これらのモデルの考え方は、政策変更に至る数年間は最低賃金やEITC水準の引き上げが死亡率に影響を与えない一方、施行時には結果に不連続な変化が見られるはずだというものである。このパターンを図1に示す。同図は、男女別に層別化した最低賃金(パネルA)とEITC(パネルB)の推定効果と95%信頼区間を示している。
図1薬物に関連しない自殺のイベントスタディモデル

結びの考察
最低賃金の引き上げとEITCの拡充が自殺率を有意に低下させるという本研究の結果は、非就業、健康保険の未加入、住宅差し押さえ、債務危機といった自殺に関連する経済的要因を特定した最近の研究と一致する(Reeves et al. 2012, Chang et al. 2013)。
より広く見れば、これらの知見は、経済政策と、それに関連する健康行動および健康上の結果との関係を調べる新たな研究の蓄積に寄与する。例えば、最近の研究では、最低賃金の引き上げにより、女性の自己申告によるうつ症状が減少し(Horn et al. 2017)、自殺が減少する一方(Gertner et al. 2019)、10代のアルコール依存や飲酒運転による死亡には悪影響が生じないことが示されている(Sabia et al. 2019)。総じて、最低賃金が健康に及ぼす影響を扱った最近の論文の多くは、有益な効果を確認している。ただし、これらの研究の多くは妥当性のある因果分析としての信頼性に疑問を生じさせる方法を用いている(Leigh and Du 2018, Leigh et al. 2019)。
EITCの拡充は、母親の健康と出生時の結果を大幅に改善することが分かっている(Evans and Garthwaite 2014, Hoynes et al. 2015, Markowitz et al. 2017)。また、Lenhart(2019)の最近の研究では、EITCの拡充により、自己申告による健康状態が改善することが示されている。これらの知見を総合すると、最低賃金の引き上げとEITCの拡充は公衆衛生に大きな利益をもたらすと考えられる。
最低賃金とEITCはいずれも、低賃金労働者の所得を引き上げる。経済学者の多くは、最低賃金政策によって所得が増え、貧困が減る一方、雇用への悪影響はほとんど、またはまったくないと結論づけている。本研究の新たな知見は、最低賃金政策とEITC政策の恩恵が従来の想定より広く、深刻化する絶望死の高水準に対処する一助となり得ることを示唆している。
