現在進められている米国エネルギー市場の規制緩和は、企業や消費者を解放するどころか、コストを他所へ押しやることになる。
地政学的な圧力と経済的な合理性が化石燃料への依存低減を後押しする中、エネルギー転換を主導するのは他国になるだろう。
環境規制は転換に不可欠な基盤であり、市場に明確さと方向性を与えるルールを定めるものである。
2月に、米国環境保護庁(EPA)は、温室効果ガスと公衆衛生および福祉との関連を認めた2009年の知見を取り消した。これは排出規制の主要な法的根拠であった。
これとは対照的に、EUはクリーン・エネルギー投資戦略を採択し、750億ユーロ超の欧州投資銀行融資を3年以内に実施することを約束した。一方、中国は第15次五カ年計画を発表し、太陽光発電、風力タービン、EV用電池の製造における世界的な優位を維持するため、クリーン技術への投資をさらに強化している。
米国の科学否定は弁明の余地がない。米国の運輸部門だけでも排出量はロシア経済全体と同程度に達する。この基準を緩和すれば、今世紀半ばまでに排出量が数十億トン増えかねない。世界経済フォーラムの『グローバルリスク報告書2026』は、今後10年間に予想される世界の最も深刻なリスク10項目のうち5項目が環境関連であり、上位3項目すべてを含むと指摘している。
科学を政策へ、そして現在は資本配分へと翻訳する仕事に長年携わってきた立場から言えば、政治的な駆け引きはここでは本筋ではない。重要なのは、環境規制の緩和が市場、産業戦略、政策立案者、投資家、起業家にとって何を意味するのかを理解することである。
規制は書き換えられても、物理法則は議長の槌一つで変えられない。リスクは消えるのではなく、移動するだけである。EPAのウェブサイトは、今回の判断により米国人が1.3兆ドルを超えるコスト削減効果を得られると主張しているが、実際にはリスクは経済の別の部分へと再配分されるだけである。
保険会社のデータモデルは、「価格に織り込む」形で高まる気候リスクを反映する必要があり、その結果、保険料の上昇、免責条項の増加、そして被害の大きい地域での補償範囲の縮小につながる。気候関連の災害リスクの高まりを背景に、米国の住宅保険料は2019年から2025年の間に70%上昇した。
次に信用市場も追随する。保険料が急騰すると、それらの資産を担保とする住宅ローンのリスクが高まる。そして資産そのものの価値が下がる。
送電網、港湾、工業施設、輸送回廊といった公共所有のインフラは、熱波、洪水、山火事にさらされるリスクが高まっていく。その結果、必要な資本投資額も急増する。規模感をつかむため、シカゴ大学の報告書では、2026年から2030年の間に米国で気象および気候関連の被害額が1兆ドルに達すると予測されている。
こうした被害は、やがてコストや税金という形で消費者にも及ぶことになる。環境規制は短期間で切り離すことができず、かつてないほど資本主義に深く組み込まれている。
大西洋の反対側では、欧州の気候政策が今後さらに米国から乖離していくことになる。規制緩和によってグリーン転換が止まるわけではなく、それを誰が担うかが変わるだけである。
国際エネルギー機関(IEA)は、3分の2の世界のエネルギー支出が、現在ではクリーン技術に向けられていると指摘している。これはイデオロギーによるものではなく、経済的な合理性がクリーン技術を有利にしているためである。中国は電池、磁石、パワーエレクトロニクスを大規模に掌握することで、「電動化時代」の産業基盤を確保しており、その優位性は積み重なっていく。インドのように、気候危機によって国民所得の最大10%を失うリスクに直面している国々も、米国が残す空白を埋める好機と捉える可能性がある。
この地政学的な側面は重要である。こここ数年の経験が私たちに何かを教えてくれたとすれば、それは気候が、かつてないほど国家安全保障や経済的主権と交差しているということだ。イランへの軍事攻撃を受けてホルムズ海峡でタンカー輸送が混乱し、一時的に世界の1日あたり石油供給量の20%が途絶えるとともに、数日のうちに世界のガス価格が急騰した。これは、化石燃料への依存がエネルギー戦略ではなく、地政学的リスクを深刻化させる要因にほかならないことを示している。
電池、送電網システム、半導体、重要鉱物、先端製造業、クリーンエネルギー・インフラは、今や地政学的競争の中心にあり、もはやニッチな分野ではない。エネルギー安全保障は停電を防ぎ、送電網のレジリエンスはサイバー脅威から守り、産業の自律性は国家を資源による強制から守る。これらのシステムを掌握することが、主権をますます定義するようになっている。
地政学がエネルギー転換の形を決める中、今回のEPAの判断は、規制が成長を阻む厄介なものではなく、市場のインフラであることを示している。規制は資本主義の配管のようなものである。資本の流れを可能にし、契約の履行を保証し、リスクを分担させる、目に見えない基盤である。株式会社の形態、有限責任、倒産法、証券市場は、天から降ってきたものではない。それらは規制によって生み出された制度である。こうした法的な土台がなければ、ベンチャーキャピタル、株式公開、国境を越えた資本移動は、そもそも存在し得なかっただろう。
環境基準も同様である。環境基準は投資の軌道を定め、需要の確実性を生み出し、産業全体のイノベーションの方向性を形作る。
規制の概念を「お役所仕事」と捉えるのは誤解である。市場はルールなしには機能せず、ルールを通じて機能している。排出基準のような制約は、焦点を明確にし、長期的な課題解決を促し、イノベーションの道筋を定着させることが示されている。車両の燃費基準や排出規制は、産業政策として機能している。それらは電池のイノベーション、パワーエレクトロニクス、軽量素材、ソフトウェア定義型自動車のアーキテクチャを推進する。これは環境政策を情に訴えて擁護する議論ではなく、資本に関する議論である。
EPAの発表は、米国企業を内向きにし始めている。今回の最新の判断による短期的な規制遵守の緩和は、輸出競争力を損なうだろう。国内のイノベーションを鈍らせる米国のメーカーも、欧州やアジアで競争するためには依然として国際基準を満たす必要がある。こうして経済的な孤立主義は強まっていく。
世界のクリーン産業政策には、期待すべき点が多くある。経済的な合理性がますます高まる中、米国の多くの州を含め、世界各国の成長戦略の中核であり続けている。規制緩和が進む今、その重要性はいっそう高まっている。今こそ、重要な分野への投資を継続すべき時である。地政学、資本の流れ、株式評価、規制の枠組みのすべてが流動的に見える中でも、科学は揺らいでいない。


