水素ガスが人工的に初めて生成されたのは16世紀で、最初の燃料電池と電解槽が製造されたのは19世紀だった。しかし最近まで、水を電気で分解して水素と酸素を生成する電解槽と、それらを再び結合させて電気と熱を生み出す燃料電池は、価格が高すぎた。
状況はすっかり変わった。電解槽の価格は数年前には1MW当たり200万〜400万ユーロだったが、現在は約50万ユーロになった。つまり、電力から製造する水素のコストを左右する主な要因は、今や電力そのものだ。電力は製造コストの4分の3を占める。
グリーン電力の価格が日々下がるなか、低コストのグリーン水素が実現しつつある。同時に、太陽光発電や風力発電と同様に、システムの規模と生産量が拡大し、性能が向上するにつれて、水素の製造コストは指数関数的に低下している。
炭素排出削減の課題
すべての国が気候変動への対策を望んでいる。多くの国は、国レベルでも地域レベルでも、グリーン電力に重点を置いた非常に強力な政策を掲げている。カリフォルニア州は先ごろ、2045年までに電力網の電力を100%グリーン電力にすることを目指すと発表した。欧州は2020年までに30%を達成し、2030年までに50%を目指している。
しかし、欧州のエネルギー消費に占める電力の割合は4分の1未満だ。エネルギー消費全体の約半分は暖房用で、その大部分は天然ガスで賄われている。もう一つの大きな用途は輸送で、全体の3分の1を占め、その大部分は液体燃料で賄われている。
バイオマスとバイオガスは欧州の暖房の脱炭素化に役立ち(暖房需要全体の19%を賄う)、バイオ燃料は欧州の輸送の脱炭素化に役立つ(全体の7%を占める)と言えるかもしれない。しかし、欧州が直面する三つの重大な事実は、他の地域にも当てはまる。
1. 電力網のグリーン化は素晴らしいことであり、さらに促進すべきだ。しかし、電力の半分を再生可能エネルギーで発電したとしても、私たちが使うエネルギーのうち脱炭素化できるのは約10%にすぎない。世界のCO2排出量の80%はエネルギーに関連しているため、排出削減を加速させるには、どこに重点を置くべきかを理解することが重要だ。
2. 私たちのエネルギー需要の75%を占める暖房と輸送は、主に固体・気体・液体燃料で賄われており、これらはCO2を排出する(バイオマス、バイオガス、バイオ燃料も同様だ)。また、地球の気温上昇を2°C以内に抑えるには、1985年から現在までに排出した量を超えてCO2を放出できないことも分かっている。したがって、この現実に対処できると期待できるのは、大規模なCO2吸収源(広大な森林や二酸化炭素回収・貯留施設など)がある場合に限られる。そうでなければ、CO2を排出しない代替燃料を探す必要がある。
3. 電力網でグリーン電力の割合を高めると、太陽光や風力の出力が断続的であるため、大きな不安定さが生じる。そのため、後で使えるよう、こうした電力を大規模に貯蔵する方法を見つける必要がある。蓄電池を使った大規模な貯蔵は可能だが、すぐに満充電になるため、長期貯蔵ではなく、1日のうちに電力を蓄えて放出する用途に適している。
グリーン水素が解決策となる
水素は炭素を含まない唯一のガスであり、暖房や輸送に使ってもCO2は発生せず、水だけが生じる。グリーン電力から水素を生成すれば、電力を貯蔵し、電力網の需給を調整するのに役立つ。
暖房分野では、パイプライン内でグリーン水素を天然ガスに最大20%混合できる。または、水素専用の純水素パイプラインを敷設することもできる(すでに世界各地に数千キロメートル敷設されている)。その水素は既存のガス機器や専用燃料電池で利用し、熱と電力を生み出せる。
輸送分野では、グリーン水素で燃料電池車を走らせることができる。たとえば、水素タンクと燃料電池を搭載した電気自動車では、必要に応じて水素を電子に変換し、車を動かす。
ここ数カ月、さまざまな政治的な取り組みが目覚ましく進み、世界各地でグリーン水素の開発に対する強い支持が確認された。
6月、フランスは初の国家グリーン水素計画を発表した。翌月、世界各国のエネルギー担当大臣と欧州委員会が、COP21後の取り組みである「ミッション・イノベーション」の枠組みの下、マルメに集まり、水素と燃料電池に関するイニシアチブの立ち上げを発表した。9月にリンツで会合したEUのエネルギー担当大臣は、グリーン水素がEUのエネルギーの未来の一部となることを明記した「水素宣言」に署名した。
7月、カリフォルニア州は2030年までに州内の道路を走る水素燃料電池車を100万台にする計画を公表した。先月、オランダは国際エネルギー機関の理事長を務めるノエ・ファン・フルスト氏を水素担当特使に任命した。一方、ノルウェーは独自の国家水素ロードマップ策定に向けた調査に着手した。
企業もグリーン水素に賭ける
同時に、企業は組織や業界連携を立ち上げ、商業プロジェクトを開発し、水素への大規模投資を進めた。
2017年、フォーチュン100企業約12社がダボスで水素協議会を設立した。同協議会は現在、エネルギー・輸送分野の大手企業を含む40社以上で構成され、水素がエネルギーシステムの未来を担うと初めて表明した。2018年には、中国企業がこれに似た協議会を設立し、中国のエネルギー・輸送大手企業が参加した。同協議会の議長は中国能源の最高経営責任者が務める。
新たな連携は大企業だけにとどまらず、研究開発センター、NGO、地方自治体を含むエコシステム全体にも広がっている。過去12カ月には、チリとウクライナで新たな国家水素協会が設立され、オランダでは水素連合が発足した。
輸送分野では、今年9月、アルストムがドイツで世界初の水素燃料電池列車の商業運行を開始した。現在、複数の国がこうしたシステムの導入を求めている。現代自動車は、2019年末までにスイスで水素トラック1,000台の運行を開始し、その後4年間でさらに4,000台を導入すると発表した。今年初めには、米国企業ニコラが、バドワイザーのビールを米国内で輸送するための水素トラック800台を販売し、アリゾナ州に生産工場を設立するため、2億ドルの資金調達ラウンドを開始した。同社は今月、2020年に運行開始予定の欧州向けトラックを発表した。
エネルギー分野では、ロッテルダム港で100MWの電解槽プロジェクトが始動した。エクイノール、ガスニー、ENGIEなどの大手企業は、水素が将来のガス網の中核となり、海底に純水素パイプラインが敷設され、水素が液化天然ガスの代替となって海上輸送されるとする文書を公表した。電解槽の大手であるノルウェー企業NELもこの夏、生産能力を10倍に拡大すると発表した。年間360MWの供給を目指しており、これは2017年の世界の電解槽市場の3倍に当たる。
投資・M&Aの分野では、韓国が今後5年間でグリーン水素経済に20億ユーロを投資すると発表した。8月には、中国のエンジン・自動車部品・物流複合企業である濰柴動力が、カナダの燃料電池先駆企業バラードの株式19.9%を1億6,300万ドルで取得することに合意した。
まとめると、グリーン水素は産業プロセス、モビリティ、家庭、建物、都市に浸透していく。新たなエネルギー源として、当初の予想よりはるかに早く、速いペースで発展するなか、私たちの活動にどのような影響を与えるのか、考える必要がある。


