世界のエネルギー転換に必要な低排出技術のうち、導入されているのは10%のみである。
円滑な転換を実現するには、低排出技術の改善と、エネルギー供給および消費における抜本的な変革をもたらす、幅広いエネルギー・イノベーションの視点が必要である。
エネルギー転換はまだ初期段階にある。当フォーラムの最新の調査によれば、世界の公約を達成するために2050年までに必要とされる低排出技術のうち、導入されているのは約10%にすぎない。
残りの90%を達成するには、地政学の変化、政策の転換、データセンターからのエネルギー需要の急増など、近年の世界的な動向が生じる以前から、実際の取り組みが必要であった。そのためには、大文字の「I」で始まるイノベーションが求められる。個々の技術のイノベーションだけでなく、エネルギーシステムの仕組みと、新技術がいかに相互に組み合わさるかについて、根本的な再考も必要である。
現在の高排出型エネルギーシステムは、高い性能を発揮している。現在の燃料はエネルギー密度が高く、容易に輸送できるため、必要な場所へ比較的容易にエネルギーを届けることができる。
液化天然ガスを積載した平均的なタンカー1隻は、米国の4万世帯以上に1年間電力を供給できる。エネルギーを迅速に供給することも可能である。一部のガスタービンは、完全停止の状態から全出力での発電まで、10分未満で移行できる。また、化石燃料の化学的な柔軟性と、その燃焼によって生じる高温を組み合わせることで、数千種類の材料の製造や、多くの産業で必要とされる高温の熱の発生に利用できる。
イノベーションがもたらす可能性
低排出技術には可能性があり、一部では性能が急速に向上している。しかしながら、すべての分野で同等の性能を備えているわけではない。例えば、ディーゼル燃料は、最良の電気自動車(EV)用バッテリーと比べても、重量当たりのエネルギー密度が約50倍高い。
乗用EVのように、通常それほど長距離を走行しない簡単な用途では、こうした性能差はそれほど重要ではない。実際に、平均的なEVは、大半の世帯のニーズを満たすのに十分な航続距離をすでに備えている。しかし、より過酷な用途では、こうした性能差はより大きな課題となる。例えば、重い積載物を載せて長距離を走行する電気トラックを動かすには、軽量でありながら十分な出力を備えたバッテリーを製造することが非常に難しい。現在、バッテリー式電気トラックは、ディーゼルトラックが毎日完了させている長距離の大型輸送の20~45%について、途中で充電せずに走行を完遂することが困難な状況にある。
もちろん、時間の経過とともに克服できる性能差もあり、一部では、クリーン技術が化石燃料ベースの技術をすでに上回っている。例えば、乗用EVやヒートポンプは、化石燃料ベースの同等品の2倍以上のエネルギー効率を達成することが多い。原子力発電は、安定供給の面で石炭火力発電所よりも信頼性が高く、一方、バッテリーは、需要の急増に対応するため、ガス火力発電所よりも迅速に電力供給を増やすことができる。
それでも、エネルギーシステム全体にわたって、依然として技術的な性能差が存在する。例えば、太陽光と風力が発電の大半を担う場合、低排出の電力システムは、発電量の変動の増大に関連する性能上の課題に直面する。このシステムを管理するには、電力システムの全体的な拡大規模と比較して、蓄電池やバックアップ電源能力などの柔軟性確保の手段を2~7倍必要となる。
さらに問題を複雑にしているのは、必要とされる技術の一部がまだ成熟していないことである。セメントやプラスチックなどの産業用材料は、高温の熱源や原料として化石燃料に依存しており、低排出の代替技術では、場合によってはこれらの役割を完全に代替することがまだできない。
CO2回収(CCS)に関しては、現行の技術の性能から、排ガスに含まれる炭素の純度が低い場合、現在の用途と比べて、発生源での排出の回収は3倍困難になる可能性がある。
何をすべきか?
こうした重大な性能差に対処することは重要である。なぜなら、これらの性能差が総合的に、エネルギーシステムにおける二酸化炭素排出量のおよそ半分の削減に影響を及ぼす可能性があるためである。では、何をすべきだろうか。
第一に、低排出技術の性能を最大限に引き出すためには、さらなるイノベーションが必要である。幸いにも、多くの分野で進展が見られる。バッテリーのエネルギー密度は年間約3~5%向上しており、新たな化学組成により、2030年までにエネルギー密度が倍増する可能性がある。新しい電解槽モデルにより、水素製造の効率化が可能になる可能性があり、新たな電化技術も、より多くの産業プロセスに活用されつつある。例えば、初の高温電気式セメント窯が最近稼働を開始した。
しかしながら、一部の課題については、イノベーションだけでは解決できないという事実は変わらない。バッテリーがエネルギー密度において石油を上回ることは決してないであろうし、太陽光と風力は常にある程度の変動を伴うであろう。また、炭素回収は、純度の低い排ガスを扱う場合、本質的により困難になる。したがって、エネルギーシステム全体の仕組みを再考する必要がある。
今後の展望
求められることの一つは、低排出技術が相互に組み合わさる方法を変え、その長所を強化し、短所を最小限に抑えることである。電力システムにおいては、従来、変動性への対応の多くが、蓄電や予備電源などによるエネルギー供給の調整に重点が置かれてきた。こうした取り組みは重要であり、イノベーションも進んでいるものの、需要側の電力を担う技術のあり方についても、視野を広げて変革を進めることができる。
自動車、建物、そして産業は、柔軟性を提供する存在となり得る。ヒートポンプは柔軟に稼働し、エネルギー需要がピークを迎える時間帯に送電網の負荷が限界に達する前に、住宅を事前に暖めることができる。また、EVの充電、水素製造、そして産業部門の一部の電力需要も、適切なタイミングで行うことができる。さらに、家庭や自動車のバッテリーは、電力を送電網に戻すことさえ可能である。
開発されたクリーン技術の特性を最大限に活かすため、私たちは資源や材料、エネルギーの消費方法を適応させることができる。例えば、電気トラックは、ディーゼル車と同じ航続距離を必要としないかもしれない。運行ルートを再設計し、義務付けられた運転手の休憩時間中に充電できるようにすれば、電気トラックの航続距離の制約は重要性を下げるかもしれない。
場合によっては、使用する材料そのものを置き換えることで、困難な産業上の課題を回避することができる。例えば、セメントは、脱炭素化が容易な材料によって、ある程度置き換えることができるかもしれない。シドニーでは、鉄骨とセメントの骨組みに木材を組み合わせた、高さ40階のハイブリッド超高層ビルが建設中である。
これらの変化は容易ではない。エネルギー転換を円滑に実現するには、低排出技術の改善、新たな構成、そしてエネルギーの供給と消費における抜本的な変革をもたらす、幅広いイノベーションの視点が必要である。課題は電球を交換することではなく、家全体の配線を組み替えることである。


