鉄片を加熱すると、溶けるまでに鉄原子の配列は何度も変化します。この珍しい性質は、鉄が主役を担う鋼が、ティーポットから超高層ビルまで、あらゆるものに使われるほど頑丈で広く普及している理由の一つです。しかし、鉄がなぜ、どのようにしてこれほど多様な形を取るのか、その詳しい仕組みは謎のままでした。ところが、カリフォルニア工科大学(Caltech)の工学・応用科学部門で行われた最近の研究は、この興味深い性質に鉄の磁性がどう関わるかを示す証拠を提示しました。この理解は、研究者がより優れた、より強い鋼を開発する助けとなる可能性があります。
「人類は何千年も普通の鉄を使ってきましたが、これは、その熱力学について誰も本当には理解していなかった側面を扱う研究です」と、 Brent Fultz氏は語ります。同氏はBarbara and Stanley R. Rawn, Jr. 材料科学・応用物理学教授です。
熱力学の法則は、水が沸騰する温度や化学反応が起こるタイミングなど、物質の自然な振る舞いを支配します。同じ原理は固体中の原子の配列も決定し、鉄の場合、高温になるにつれて自然は何度もその配列を変えます。室温では、鉄原子は珍しい、ゆるく詰まった開放的な配列をしています。鉄を加熱して摂氏912度を超えると原子はより密に詰まり、摂氏1,394度で再びゆるみ、最終的に摂氏1,538度で溶けます。
鉄は室温で磁性を持ち、従来の研究では、低温では鉄の磁性が開放的な構造を安定させると予測されていました。しかし、摂氏770度で鉄は磁性を失います。それでも鉄は、この磁気転移を100度以上超える温度まで開放的な構造を保ちます。このことから研究者たちは、鉄の珍しい熱力学的性質には、ほかにも何かが寄与しているに違いないと考えました。
この欠けていたつながりを解明するため、大学院生のLisa Mauger氏と同僚たちは、温度を上げて調べる必要がありました。固体は小さな原子振動として熱を蓄えます。こうした振動は無秩序、すなわちエントロピーを生み出します。高温ではエントロピーが熱力学を支配し、鉄では原子振動がエントロピーの最大の要因となります。温度上昇と磁性の喪失に伴って振動がどう変化するかを調べることで、研究者たちは、こうした構造の変化を引き起こすものをさらに理解しようとしました。
そのためチームは、鉄の試料をイリノイ州アーゴンにあるアルゴンヌ国立研究所のAdvanced Photon Sourceに設置されたHigh Pressure Collaborative Access Teamのビームラインに持ち込みました。このシンクロトロン施設は、鉄中の原子振動の量子粒子であるフォノン励起を検出できるよう調整可能な、強力なX線パルスを発生させます。
これらの振動測定値を、同じ温度域における鉄の磁気的挙動について既知のデータと組み合わせたところ、鉄の振動エントロピーは当初の想定を大幅に上回ることが分かりました。実際、その超過分は磁性によるエントロピー寄与に匹敵し、中程度の温度では磁性と原子振動が相乗的に相互作用することを示唆していました。この過剰なエントロピーにより、試料が磁気転移を超える温度まで加熱されても、鉄の開放的な構造の安定性が高まります。
この手法により研究者たちは、電子スピン(磁性)の量子粒子であるマグノンとフォノンが相互作用し、高温での鉄の安定性を高めることを、実験によって初めて結論づけました。
カリフォルニア工科大学のグループの測定結果が、Max-Planck-Institut für Eisenforschung GmbH(MPIE)のJörg Neugebauer氏の研究室の共同研究者たちが同時に進めていた理論計算と一致したため、Mauger氏の成果は新しい計算モデルの検証にも貢献しました。
「鉄の構造安定性は、磁性と原子運動の間に本質的に存在する結合と強く関連していると、長年推測されてきました」と、MPIEの博士研究員で計算論文の筆頭著者であるFritz Körmann氏は語ります。「この結合を実際に見いだし、実験を行った同僚のデータと私たち自身の計算結果が非常によく一致したことは、まさに胸躍る瞬間でした。」
「量子力学、統計力学、熱力学など、さまざまな科学分野の手法と専門知識を組み合わせ、非常に強力なスーパーコンピューターを利用して初めて、技術的に最も広く使われている構造材料の一つの内部で起きている複雑な動的現象を記述できるようになりました」とNeugebauer氏は語ります。「鉄において熱力学的安定性がどのように実現されるかについて、新たに得られた知見は、新しい鋼の設計をより体系的に進める助けとなるでしょう。」
何千年もの間、冶金学者たちは、世界一おいしいクッキーのレシピを作るときとほぼ同じ方法、つまり試行錯誤によって、より強い鋼を作ろうとしてきました。鋼は鉄と炭素という基本的な材料から始まります。これは、基本的なクッキー生地が小麦粉とバターから始まるのとよく似ています。また、スパイスやナッツなどの材料の分量を変えてレシピを調整するように、クロムやニッケルなどの元素をさまざまな量だけ加えることで、鋼の特性を調整できます。
磁性と原子振動の両方の影響を考慮した、さまざまな温度における鉄の熱力学を扱う、より優れた計算モデルによって、冶金学者は今後、配合を変えたときの鉄合金の熱力学的性質を、より正確に予測できるようになります。
この記事は、 Caltechとの共同制作で公開されています。公開は、世界経済フォーラムが見解を支持することを意味するものではありません。
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著者:Jessica Stoller-Conrad氏はCaltechのために執筆しています。
画像:山西省太原市の製鉄所で働く従業員。REUTERS/Stringer

