自分を思いやれるようになりたい?マラソンを走ろう

Runners run across the finish line at the 2015 New York City Marathon in New York's Central Park, November 1, 2015. Picture taken with slow shutter speed. REUTERS/Mike Segar - GF20000042209
After dedicating oneself to a marathon, you begin to see the true value in your own body and strength.Image: REUTERS/Mike Segar
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マラソンを走るのが大変なのは、言うまでもありません。ランナーがスタートラインに立つまでには何カ月ものトレーニングが必要で、その準備が時に罰のように感じられることもあります。トレーニング中のランナーは、足にまめをつくり、筋肉痛に悩まされ、爪が黒ずんだり抜けたりしながら、足を引きずって歩いていることも珍しくありません。おそらく、私たちが「セルフ・コンパッション」という考えに自然と結びつけるイメージではないでしょう。

比較的新しい概念であるセルフ・コンパッションは、自尊心に代わる、より確かな選択肢として注目されています。コンパッションとは、苦しんでいる人に共感し、気遣いを示すことですが、セルフ・コンパッションとは、その同じ理解を自分自身にも向けることです。

セルフ・コンパッションに必要な最初のスキルの一つは、自分への優しさです。失敗したと感じるときでさえ、自分に思いやりを向けることを指します。控えめに言っても、これは簡単ではありません。失敗に直面すると、今後の成果を高めるには自分を批判する必要があると、暗黙のうちに考えがちです。しかし実際には、このやり方はうまくいかないことが多いのです。自分を厳しく叱責すると、気分が悪くなるだけでなく、状況を冷静に見つめ、改善のために何を変えるべきかを見極める力も損なわれます。これは、心理的レジリエンスに欠かせない要素です。

これが、セルフ・コンパッションと心理的ウェルビーイング、身体的健康、そして良好な他者との関係との間に正の関連があると、研究で示されている理由かもしれません。

しかし、こうしたことはマラソンを走ることと、どのような関係があるのでしょうか。

マラソンのトレーニングは自己認識を一変させ、自分に対して心の中で、あるいは声に出して直接語りかける「優しいセルフトーク」を、最も気が進まない人にとっても容易にします。この変化をもたらすのは体格の変化ではなく、心の変化です。マラソンに取り組むと、身体の捉え方が変わり、単なる肉体から欠かせない道具へと変わります。自分の身体が持つ本当の価値と、その強さが見えてくるのです。

意義ある目標に向かって努力することは、自分の価値を感じる気持ちを高めると研究で示されています。そのため、マラソンのトレーニングにおいて、自分の身体をいたわることは、パフォーマンスに欠かせないだけでなく、自分に受ける価値があるものとも捉えられます。目標を定め、そこに時間やエネルギー、感情を注ぐと、身体の働きを脅かすものは受け入れがたいものになります。身体は、文字どおり最終目標まで自分を運ぶ乗り物なのです。

これは、セルフ・コンパッションの第二の要素である、バランスの取れた見方につながります。長期にわたって自分を大切にすることとされるこの見方は、長期的な幸福と健康を支えます。ただし、これも簡単ではありません。私たちは通常、すぐに満足を得ることを求め、食べ物やアルコール、たばこのような快楽をもたらすものから得られる目先の報酬と、長期的な影響を結びつけるのが苦手だからです。実際、神経科学の研究によれば、私たちは文字どおり、未来の自分を別人のように捉えているのです。

しかし、マラソンのトレーニングは、目の前の関心事から未来へと注意を向けさせるため、物事をバランスよく捉える助けになります。目標は、達成に役立つ刺激を認知的に活性化させると研究で示されています。つまり、マラソンを完走したいという意欲によって、長期的な健康に関係する物事や活動が、無意識のうちに魅力的に感じられ、取り組みやすくなるのです。

具体的には、数週間から数カ月にわたって計画を立て、進捗を確認する必要がある目標を設定すると、現在の幸福と将来の幸福の隔たりを埋めやすくなります。スケジュールを守り、フィードバックを得ること、たとえば週ごとの走行距離の目標を定めたり、新たな距離の目標を達成したりすることは、後々自分のためになる選択をしようという気持ちを高めます。金曜の夜にもう一杯飲みたいという目先の喜びを我慢することや、トレーニングでベストを尽くせるよう十分な睡眠を取ることなどが、その例です。

セルフ・コンパッションの三つ目にして最後の要素は、人間としての共通性です。これは、苦しみは人間であることに伴う自然なものであり、誰もが経験するものだという理解を指します。苦しみの中で孤立を感じると、自分には力が足りないという感覚が強まり、不安も増すという考えに基づけば、人間としての共通性は、自己憐憫の悪循環を避けるうえで重要です。

ランニングは孤独で競争の激しいスポーツだと思われることがありますが、必ずしもそうではありません。困難に直面したとき、ランナーは互いに助け合います。その好例が、マシュー・リースです。彼は2017年のロンドン・マラソンで、同じランナーのデビッド・ワイエスが最後の300mを走り切れるよう、自分のタイムを犠牲にして助けました。ランニングは、苦労するのが当たり前だと教えてくれるため、人とのつながりを感じさせます。何千人ものランナーの中の一人として、共通の目標を目指し、皆で苦しみを分かち合うことには、逆説的な満足感があります。おそらくそれは、物事全体の中で自分がいかに小さな存在かを実感できるからでしょう。

ですから、マラソンのトレーニングは苦しいかもしれませんが、自分の価値を本当に認め、他者を大切にし、セルフ・コンパッションとは何かを学ぶために、ある程度の苦しみを経験しなければならないこともあります。

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