人工知能(AI)は今や、歴史的に人間の創意工夫を必要としてきた作業、たとえばミュージカルの作曲、オーケストラの指揮、革新的なアイデアの創出、特許出願書類の作成などを実行できる。この進歩は、あらゆる産業で効率性を高め、コストを削減する可能性を秘めている。しかし、新たな白書で世界経済フォーラムの第四次産業革命センターが詳述しているように、こうした進歩は、特許法の多くの側面とAIを衝突させることにもなる。

かつてエイブラハム・リンカーンが世界史における三大進歩の一つとして称賛した米国の特許法はこれまで、イノベーションの促進、有用な技術情報の普及、新しく有益な技術への投資を通じて社会福祉を向上させるという主な目的を果たしてきた。しかし、予想されるAIによる変革は、これまでの技術変化よりはるかに広範に及び、特許法の安全網となる中核的な法的基準に課題を突きつけるだろう。十分な備えがなければ、時代遅れとなり、本来の機能を果たせなくなった特許制度に行き着くおそれがある。
知的財産制度は、1954年の最高裁判決「Mazer v. Stein」で述べられた、「『科学および有用な技芸』における著作者と発明者の才能を通じて公共の福祉を高める最善の方法である」という確信のもとに確立され、米国憲法がイノベーションの促進を明示的に目的として設計した唯一の政策手段である。特許制度の機能不全は、イノベーションと社会福祉に重大な悪影響を及ぼしかねない。
たとえば、特許制度が、人間による実質的な監督なしにAI生成の発明への特許付与を認めた場合、AIシステムを所有する少数の有力企業に過大な権力が集中することにならないだろうか。したがって、特許制度が今後も主な目的を果たせるよう、制度の進化を支える方法を見つける必要がある。こうした対話には、立法者、裁判官、学者、実務家など特許法に関わる当事者に加え、科学者、起業家、投資家、技術者などの利害関係者、さらにイノベーションや倫理に関する有意義な専門知識を持つ人々も参加しなければならない。

差し迫る変革に直面し、議論に値する重要な特許法上の論点は、第一に、AIイノベーションを促進するために、現行の特許適格性基準を変更する必要があるかどうか。第二に、AIが創出した発明を特許の対象とすべきかどうか。そして最後に、AIが特許請求の範囲を侵害した場合、責任をどのように判断すべきかである。
AIイノベーションを促進するには、何を変える必要があるのか?
特許法は、特定の分野に関する発明を保護の対象としていない。たとえば米国では、抽象的なアイデア、自然現象、自然法則は特許を取得できない。これらは「科学技術の営みにおける基本的な道具」とみなされ、それらを独占すればイノベーションが妨げられるためである。また、近年のアリス判決により、ソフトウェアや、抽象的なアイデアとみなされることの多い「コンピューター実装発明」の特許取得は、さらに難しくなった。また、「通常の思考過程」や「人間の頭の中」、あるいは「人間がペンと紙を使って」実行できる対象についても、特許取得がより困難になった。
この傾向は、AI技術の目的が人間の活動を再現することである場合が多いため、AI技術の特許取得をめぐる緊張を生んでいる。AI技術が持つイノベーションの可能性を踏まえ、現在強化されている基準がイノベーションを促進するのか、阻害するのかをさらに議論する必要がある。議論の出発点として、ソフトウェアに関する特許適格性基準をめぐる現在の論争が有効だが、そこからAI固有の論点を考慮できるよう議論を発展させなければならない。
現行基準がAI技術に重大な悪影響を及ぼすと判明した場合は、特許法の主な目的をよりよく達成できるよう、基準の調整に焦点を当てて議論を進める必要がある。

議論では、可能な限り、イノベーションの促進と社会的利益の向上とのバランスを取ることにも焦点を当てるべきである。たとえば、医療、環境、刑事司法、教育などの分野に関わるAI発明に限り、特許適格性の基準を引き下げる方法が考えられる。
そもそもロボットの発明に特許を付与すべきなのか?
AIが生み出した発明が特許で保護されるべきかという問いには、まだ明確な答えが出ていない。ただし、米国法では一般に、特許適格性と発明者性は人間による創作という観点から捉えられている。
米国特許法の起源をたどると、トーマス・ジェファーソンは「発明者には、一定期間、自らの発明の利益を得る権利が認められるべきだ」と述べ、「有用性をもたらす可能性のあるアイデアを追求するよう人々を促す」ことを目指した。この考えに沿って、米国特許法では発明に着想が必要とされる。着想とは「発明者の心の中で、完全かつ実施可能な発明について、明確で確定的なアイデアを形成すること」であり、「発明者」は「個人」を指す。連邦巡回控訴裁判所は、この「精神的行為を行うには、発明者は自然人でなければならず、法人や主権者ではあり得ない」と説明した。特許法の残りの部分にも、人間の行為への言及が数多く見られる。特許法が制定された当時、発明のプロセスを人間以外のものが行うと想定する必要はなかっただろう。他にそのような「存在」はいなかったからである。
しかし、今は状況が異なる。スティーブン・セイラーの「Creativity Machine」は発明を生み出し、それは後に米国特許として登録された。同様に、ジョン・コザの「Invention Machine」も、米国特許に結びつくアイデアを生み出したとして認められている。ただし、いずれの場合も、AI技術の関与は米国特許商標庁に開示されず、発明者として記載されたのは人間だけだった。
AIが創出した発明に特許権を付与すれば、イノベーションが加速し、人間の創意工夫だけでは実現できなかった進歩さえ可能になるかもしれない。一方で、人間の知性が衰えるといった潜在的な悪影響を認識することも、同じく極めて重要である。
こうした対立する利害の間で妥協点を見いだし、特許制度がバランスよく主な目的を達成できるようにしなければならない。たとえば、最終的にAI生成の発明が特許の対象と認められた場合、特許期間を短くすれば、AI発明者と人間の発明者の間の競争条件を平等にする助けとなるだろうか。
AIが特許請求の範囲を侵害した場合、誰が責任を負うのか?
AIには特許請求の範囲を侵害する技術的能力があるため、そのような場合の責任の扱いを議論する必要がある。誰に責任を負わせ、損害賠償額をどう算定すべきか。AIの利用者、開発者、所有者などの人間に責任を負わせるべきなのか。AIが真に自律的になった場合、それは公平だろうか。
この欧州議会決議は、責任をめぐる議論の参考となる。特に注目すべきなのは、強制加入の保険制度の導入や、民事責任その他の目的でAIを法人格を持つ主体として認めることについての議論である。
厳格責任、過失責任の枠組み、製造物責任など、既存のさまざまな責任制度について、それぞれの長所を分析するとともに、新たなアプローチがより効果的に機能するかどうかを調査する必要がある。
白書では、AIによって変化が見込まれるその他の特許法上の論点も検討している。たとえば、「当業者」の定義におけるAIの役割、AIが作成した特許出願書類を規制する必要性、AI生成コンテンツを先行技術として扱う方法、そして特許庁が有用なツールとしてAIを活用することなどである。こうした新たな法的問題は難しい問いを投げかけるが、社会的包摂と倫理的責任を確保しながらイノベーションを促進する効果的な解決策を示せるよう、関係する当事者や利害関係者が率先して調査し、議論することが不可欠である。


