2025年、世界は量子力学に基づく科学的発見と技術的ブレークスルーの100周年を祝う。
しかし、量子技術が進化する一方で、世界は貿易や科学協力の制限につながる課題に直面している。
政府、公的機関、民間企業が量子技術の包摂的かつ公平な発展を実現するためにどのように取り組めるかを紹介する。
来年、世界は量子力学に基づく科学的発見と技術的ブレークスルーの100周年を祝う。国連はこの機会を記念し、2025年を国際量子科学技術年(IYQ25)と宣言した。
量子の最初の100年が終わりを迎えるなか、イノベーションが急速に加速し、世界中から最高の頭脳が集結している。しかし、量子対応システムや量子セーフシステムが形になり始める一方で、世界はさまざまな不安定要因に直面している。
各国は自国の利益を守るため、科学協力、貿易、交流に厳しい制限を設けて対応している。しかし、開かれた交流、あるいは世界的な協力と国家主権への配慮との慎重なバランスが、すべての関係者に利益をもたらし得る分野もある。
ここでは、量子技術の発展に向けて世界が協力しているいくつかの分野を見ていく。
持続可能な開発目標
量子技術は、国連の多くの持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた取り組みを大きく後押しすると期待されている。すでに、これらの目標への貢献がいくつも始まっている。
その一つがオープン量子研究所(OQI)で、今年初めに活動を開始した。ジュネーブ科学外交予測機構(GESDA)が設立を支援し、世界最大の研究センターであるCERNが受け入れる同研究所は、SDGsの達成を支える量子コンピューター(QC)の開発を促進するため、世界各地の関係者を結集している。
OQIの3年間の試行段階では、17のSDGsのうち6つを対象とする。数百人の専門家がグループに分かれ、各プロバイダーが提供するさまざまな量子コンピューティングシステムを使ってアイデアを提案、検証する。それぞれのシステムには固有の長所と短所がある。
例として、超伝導方式(IBM、IQM、OQC)、中性原子方式(Pasqal)、イオントラップ方式(AQT)の量子コンピューターが挙げられる。同研究所は、意思決定者の教育に役立つツールや教材も整備し、世界の十分な支援を受けていない地域で量子技術へのアクセスを広げる。
QCに加え、量子力学の基本原理に基づき、高精度かつ相対測定ではなく絶対測定が可能な新しい検出器である量子センサーも、SDGsの達成を支援するために実用化されつつある。
2022年、Exailの量子重力計が、イタリア南部のエトナ山頂で1年間にわたる測定を終えた。欧州プロジェクトの一環であるこの装置は、活動中の成層火山の地震活動に関する高感度データを取得し、科学者がモデルを改良して将来の噴火をより正確に予測するのに役立った。
この研究の成果は、量子重力計(および量子センサー)が地球の内部の働きに関する貴重な知見をもたらし、環境変化に関連するSDGsの達成に向けた人類の取り組みを支援できることを示している。
世界経済フォーラムは、新たな報告書「社会のための量子技術:SDGsの実現に向けて」を発表し、とりわけSDGsに焦点を当てながら、社会全体に利益をもたらす量子ソリューションの変革可能性への認識を高めている。さらに、フォーラムは、拡張性と包摂性を備えた量子エコシステムを促進するアプリケーションを紹介する、他に類を見ない体験型プラットフォーム、Quantum Applications Hubを立ち上げた。
世界標準
新技術を広く持続的に普及させるには、その根本的な特性について共通の合意が必要となる。将来の量子経済におけるこうした普遍的な指標の定義に向けた取り組みは、すでに始まっている。
技術標準に関する合意は、世界各国の国家標準化機関が共同で定める。現在、異なる標準化団体(SDO)の2組がそれぞれ設置した合同技術委員会(JTC)が2つあり、量子コンピューティングとシミュレーション、量子通信と暗号、量子光源・検出・センシング・計測・高度イメージング、量子システムの基本構成要素など、複数の量子分野に関する指針の策定に取り組んでいる。
世界標準の策定には時間がかかる。広範な科学的試験や実証、その他の証拠に加え、関係者間の慎重な協議や交渉、さらには国家間の外交も必要となる。しかし、こうした取り組みの成果は大きく、長く続く。量子ソリューションのあり方を何十年にもわたって形作ることになる。
世界中の社会がその恩恵を受ける可能性がある。標準によって量子システムの信頼性と相互運用性が高まり、大規模化に伴うコストも抑えられる。これにより、量子システムが利用しやすくなり、政府、企業、研究者、個人による量子ソリューションの導入が促進される。
世界の安全保障
量子研究分野の先駆者たちは40年以上前から、量子技術が、従来のシステムでは扱えない複雑なシステムのモデリングと、盗聴者から通信回線を守ることの両方に役立つ可能性を見いだしていた。
この可能性が現実のものとなり、初期の商用製品が形になり始めるなか、各国政府が国家安全保障を理由に量子システムの輸出制限を始めたのは、おそらく驚くことではない。
しかし、過去1世紀にわたる量子科学の探究と同様、商用量子システムの開発は必然的に世界規模の取り組みとなる。最先端の知識や必要な構成部品は、世界各地に分散している。そのため、国際的な安全保障同盟も量子技術に注目し始めている。
オーストラリア、英国、米国の安全保障協力枠組みであるAUKUSは、設立時に、参加国が量子技術を含む先端能力の分野で協力すると表明した。
この協力には、インド太平洋地域の他の同じ考えを持つ国々も近く加わる可能性がある。最近では、NATOが初の量子戦略を発表し、加盟国を量子技術の未来に備えさせるため、大西洋横断の量子コミュニティの創設を呼びかけた。
こうした国際的な取り組みは量子ソリューションの開発を加速させる一方、イデオロギーの違いに沿って最先端システムをめぐる世界的な分断を生む可能性が高い。
量子技術をめぐり、今後どこへ向かうのか。
世界は量子技術を活用したソリューションから多大な恩恵を受ける可能性がある。2025年の量子研究開発の記念行事では、量子技術がもたらす共通の利益を重視し、現在進行中の量子関連の取り組みへの世界的な参加を広げるべきだ。
市場での主導権や防衛、安全保障上の考慮が量子技術の発展に一切影響しないと考えるのは、甘く非現実的だ。こうした要素を認識する必要はあるが、将来の量子経済を主導する要因としてはならない。
世界経済フォーラムは第四次産業革命にどのように取り組んでいるのか。
フロンティア技術・イノベーションセンターは、科学者、政策立案者、ビジネスリーダーを結集し、新興技術とその現実社会への影響を理解する取り組みを進めている。
協力と実験を可能にすることで、同センターはパートナーが研究から生まれたイノベーションを、共通の世界的課題に対処する実用的な応用へとつなげることを支援している。
量子技術の開発には多額の投資、専門的な訓練、そして高度で成熟した技術環境が必要であり、それを実現できるのは一部の先進国に限られる。
政府、民間企業、公的機関は、SDGsの達成と共通の世界的課題への対応に向けて、量子技術の包摂的、公平かつ世界的な発展を実現する革新的な方法を見いださなければならない。IYQ25は、世界的な協力に改めて明確な焦点を当てる機会となる。


