脳のノイズは思考を助ける――コンピューティングや気候モデリングも変革する可能性

Just as a climate model with noise can produce types of weather that a model without noise can’t, so a brain with noise can produce ideas that a brain without noise can’t.
Just as a climate model with noise can produce types of weather that a model without noise can’t, so a brain with noise can produce ideas that a brain without noise can’t.Image: Unsplash/Robina Weermeijer
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  • 気候モデルに乱数、つまり「ノイズ」を加えると、天候予測の精度を実際に高められると、オックスフォード大学の研究教授は説明します。

  • ノイズは約20年前、包括的な気象・気候モデルに導入されました。モデルに内在する偏りの一部を減らすのに役立つためです。

  • 気候モデリングには膨大なエネルギーと計算能力が必要ですが、ノイズを導入すれば精度を高め、計算コストを削減できる可能性があると、同教授は述べています。

私たちは皆、ときに難しい決断を迫られます。私の人生で最も難しかったのは、博士号取得後に研究分野を基礎物理学から気候物理学へ変えるかどうかでした。どちらの道にも進める仕事のオファーがありました。一つはスティーヴン・ホーキングの相対論・重力グループに加わるケンブリッジ大学の職、もう一つは、科学職の公務員として英国気象庁に加わる職でした。

当然すべきこととして、二つの選択肢の長所と短所を書き出しましたが、まったく決められませんでした。まるでビュリダンのロバのように、干し草の束にも水の桶にも進めなかったのです。典型的な分析麻痺でした。

頭がおかしくなりそうだったので、数週間その問題を忘れて、いつもの生活を送ってみることにしました。その間に、無意識の脳が私に代わって決断しました。ある日、何気なく自分のオフィスに入ると、どういうわけか答えが明白になっていたのです。気象と気候の研究へ移ることにしよう、と。

40年以上たった今でも、同じ決断をするでしょう。充実したキャリアの中で、私は気象と気候を確率的に予測する新しい手法の開発に携わってきました。この手法は、人道支援機関や災害救援機関が異常気象に先立って、より良い判断を下す助けとなっています。(この手法をはじめ、さまざまな側面については、新著『疑いの優位性』で紹介しています。)

しかし、当時、意識ではできなかった人生を変える決断を、無意識が下すまでに私の頭の中で何が起きていたのか、今も興味が尽きません。難しい決断の仕方だけでなく、創造性に富む種としての人間を特徴づける想像力の飛躍についても、ここから理解できることがあるのでしょうか。どちらの問いへの答えも、ノイズの驚くべき力をより深く理解することにあると私は考えています。

不精密なスーパーコンピューター

私は、アインシュタインの一般相対性理論を鉛筆と紙で計算する仕事から、世界最大級のスーパーコンピューターで複雑な気候モデルを動かす仕事へ移りました。しかし、どれほど大きくても、十分な大きさではありませんでした。現実の気候システムは、結局のところ非常に複雑なのです。

研究を始めた頃は、数年待てば、最高性能のスーパーコンピューターの能力が倍になりました。それは、トランジスターが次第に小さくなり、各マイクロチップにより多く詰め込めるようになった時代です。同じ電力でコンピューターの性能が数年ごとに倍増する現象は、ムーアの法則として知られていました。

しかし、トランジスターがオン・オフスイッチという重要な役割を果たすうえで信頼性を失い始めるまでに、小型化できる範囲には限りがあります。今日、トランジスターは原子サイズに近づき、ムーアの法則はほぼ限界に達しています。計算能力をさらに高めるには、コンピューターメーカーは、チップをぎっしり詰め込んだ計算機器のキャビネットを、次々と連結しなければなりません。

しかし、そこには問題があります。この方法で計算能力を高めるには、はるかに多くの電力が必要です。テニスコートほどの大きさがある現代のスーパーコンピューターは、数十メガワットを消費します。気候変動の影響を正確に予測しようとするために、これほど多くのエネルギーが必要なのは、いささか恥ずかしいことだと感じます。

そこで私は、エネルギーをさらに消費せずに、より精度の高い気候モデルを構築する方法に関心を持つようになりました。その核心にあるのは、直感に反するように聞こえる考え方です。気候モデルに乱数、つまり「ノイズ」を加えることで、天候予測の精度を実際に高められるのです。

ノイズの建設的な役割

ノイズは通常、厄介なもの、つまり可能な限り最小化すべきものと見なされています。電気通信では、信号を増幅したり、背景ノイズをできるだけ減らしたりして、「信号対雑音比」を最大化しようとします。しかし、非線形システムでは、ノイズが味方となり、実際に信号の増幅に寄与することがあります。(非線形システムとは、出力が入力に正比例して変化しないシステムです。宝くじで1億ポンド当たればとても嬉しいでしょうが、2億ポンド当たったからといって、嬉しさが2倍になるわけではないでしょう。)

たとえばノイズは、下の図1のような複雑な曲線の最大値を見つけるのに役立ちます。物理学、生物学、社会科学、工学には、そうした最大値を見つける必要がある場面が数多くあります。私の専門である気象学では、全球天気予報に最適な初期条件を見つけるために、非常に複雑な気象関数の最大点を特定します。

図1

局所的な山と谷が複数ある曲線。Image: ティム・パーマー

しかし、「決定論的アルゴリズム」を使って大域的最大値を見つけようとしても、通常うまくいきません。この種のアルゴリズムは、たいてい局所的な山(たとえば点a)で行き詰まります。そこからは曲線が両方向に下がっているからです。

その解決策として、「シミュレーテッド・アニーリング」と呼ばれる手法があります。金属の性質を変える熱処理である(焼きなまし)に似ていることから、この名が付けられました。局所的な山で行き詰まる問題をノイズで回避するシミュレーテッド・アニーリングは、古典的な巡回セールスマン問題など、多くの問題の解決に使われてきました。これは、地図上の多数の都市を巡る最短経路を見つける問題です。

図1は、次の基準を用いて曲線の大域的最大値(点9)を見つけるための経路例を示しています。

  • ランダムに選んだ点が曲線上の現在位置より高ければ、必ずその新しい点へ移動します。

  • 現在位置より低い場合でも、提案された点が必ず却下されるとは限りません。新しい点が大幅に低いのか、わずかに低いだけなのかによります。

ただし、新しい点へ移動するかどうかは、解析を始めてからの時間にも左右されます。初期段階では、現在位置よりかなり低いランダムな点も受け入れられることがありますが、後半では、現在位置より高い点か、ほんのわずかに低い点だけが受け入れられます。

この手法がシミュレーテッド・アニーリングと呼ばれるのは、初期段階では冷却初期の熱い金属のように、システムが柔軟で変化しやすいからです。後半では、冷却後期の冷たい金属のように、ほぼ硬直して変化しなくなります。

ノイズが気候モデルに役立つ仕組み

ノイズは約20年前、包括的な気象・気候モデルに導入されました。主な理由の一つは、アンサンブル天気予報におけるモデルの不確実性を表すことでした。しかし、ノイズを加えることで、モデルにあった偏りの一部も減り、気象や気候をより正確にシミュレーションできるようになると分かりました。

残念ながら、こうしたモデルを動かすには巨大なスーパーコンピューターと多くのエネルギーが必要です。モデルは世界を小さな格子に分割し、それぞれの中の大気と海洋が一定であると仮定しますが、もちろん実際にはそうではありません。典型的な格子の水平スケールは約100kmです。モデルの精度を高める一つの方法は、この距離を50km、10km、あるいは1kmに縮めることです。しかし、格子の体積を半分にすると、モデルの計算コストは最大16倍になり、消費エネルギーも大幅に増えます。

ここでも、ノイズは魅力的な代替策となりました。提案されたのは、乱流、雲システム、海洋渦など、小規模な気候過程における予測不可能で(モデル化もできない)変動をノイズで表すことでした。格子のサイズを小さくする膨大な計算コストを負担せずに、ノイズを加えて精度を高められると私は主張しました。たとえば、すでに検証されているように、気候モデルにノイズを加えると、猛烈なハリケーンが発生する可能性が高まります。これは、気候変動によって天候がより極端になりつつある世界の現実を反映している可能性があります。

このモデリングに使うコンピューターハードウェアには、本質的にノイズがあります。コンピューター内の配線を流れる電子は、内部の温かい環境のため、部分的にランダムな動きをします。こうしたランダム性は「熱雑音」と呼ばれます。ソフトウェアで疑似乱数を生成する代わりに、このノイズを利用すれば、さらにエネルギーを節約できるでしょうか。私には、本質的にノイズを含む低エネルギーの「不精密な」スーパーコンピューターは、双方に利点のある提案に思えました。

しかし、同僚の全員が納得したわけではありません。コンピューターが日によって異なる答えを出すかもしれないことに、彼らは不安を感じていました。説得する方法を考えるうち、エネルギー供給が限られているために、ハードウェア内で生じるノイズも利用している、現実世界の別のシステムに思いを巡らせました。そして、人間の脳に行き着いたのです。

脳のノイズ

起きている間、目だけで毎秒ギガバイト単位のデータを脳に送っています。これは、気候モデルがメモリにデータを出力するたびに生成するデータ量と大差ありません。

脳はこのデータを処理し、何らかの形で意味を読み取らなければなりません。スーパーコンピューターの電力を使って処理できるとしても、それだけですごいことです。しかし脳は、その100万分の1の電力、つまり20MWではなく約20Wで処理します。電球を点灯させるのに必要な電力です。このエネルギー効率は、驚くほど優れています。いったい脳は、どうやってそれを実現しているのでしょうか。

成人の脳には、およそ800億個のニューロンがあります。それぞれのニューロンには、細長い生物学的ケーブルである軸索があり、電気インパルスがそこを通って、あるニューロン群から次のニューロン群へ伝わります。しかし、脳内の情報を全体として表すこれらのインパルスは、軸索に沿って一定間隔で配置されたタンパク質製の「トランジスター」によって増幅されなければなりません。それがなければ、信号は弱まり、失われてしまいます。

顕微鏡で見た脳のニューロンと軸索。Image: Shutterstock

この増幅に必要なエネルギーは、最終的にはATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれる血中の有機化合物に由来します。ATPによって、電荷を帯びたナトリウム原子とカリウム原子(イオン)がニューロンの壁にある小さなチャネルを通って押し出され、電圧が生じます。この電圧は、シリコントランジスターとよく似ており、軸索に沿って移動するニューロンの電気信号を増幅します。

20Wの電力が数百億個のニューロンに分配されるため、関わる電圧はごくわずかで、軸索のケーブルも同様に非常に細くなっています。また、直径が約1ミクロン未満の軸索(脳内の大半がこれに当たります)は、ノイズの影響を受けやすいという証拠があります。つまり、脳はノイズの多いシステムなのです。

このノイズが単に役に立たない「脳のもや」を生むだけなら、なぜ私たちは頭の中にこれほど多くの細い軸索を持つように進化したのか、不思議に思うかもしれません。実際、太い軸索には利点があります。信号がより速く伝わるのです。捕食者から逃げるために素早い反応がまだ必要だったなら、細い軸索は不利だったでしょう。しかし、敵から身を守るために共同で対処する方法を発達させたことで、素早い反応の必要性が減り、軸索が細くなる進化の傾向につながった可能性があります。

おそらく偶然にも、ニューロンの数をさらに増やし、軸索を小さくしながら、全体のエネルギー消費量を同じに保つ進化的変異によって、脳のニューロンはノイズの影響を受けやすくなりました。そして、これにはもう一つ驚くべき効果があったことを示す証拠が増えています。想像力と創造性の飛躍を必要とする問題を解く能力が、人間に育まれたのです。

脳に大きなノイズが現れ始めたとき、私たちは初めて真のホモ・サピエンスになったのでしょうか。

脳のノイズを有効活用する

多くの動物が問題解決のために創造的な方法を発達させてきましたが、動物の世界にはシェークスピア、バッハ、アインシュタインに比肩する存在はいません。

創造的な天才は、どうやってアイデアを思いつくのでしょうか。現代で最も著名な数学者かもしれないアンドリュー・ワイルズが、フェルマーの最終定理として(誤解を招く形で)知られる数学の問題の名高い証明に至るまでの時期について語った言葉を紹介します。

本当の行き詰まりに達したとき、型どおりの数学的思考は役に立ちません。新しいアイデアが生まれる前には、気を散らされることなく、問題にものすごく集中する長い期間が必要です。その問題以外は何も考えないほど、本当に集中しなければなりません。そして、いったんやめるのです。[その時点で]リラックスする期間が訪れ、無意識が引き継ぐように見えます。そして、この間に新しい洞察が生まれるのです。

BBCの番組『ホライゾン』が、フェルマーの定理を解くためのアンドリュー・ワイルズの独創的な手法を解説。

この考え方は普遍的なもののようです。ノーベル物理学賞受賞者のロジャー・ペンローズは、同僚と混雑した道路を渡っていたときの「ひらめきの瞬間」について語っています(会話を振り返りながら、同時に向かってくる車にも注意を払っていたのかもしれません)。カオス理論の父アンリ・ポアンカレの場合は、バスに乗ろうとしたときでした。

そして、創造性は数学や物理学だけの話ではありません。モンティ・パイソンで知られるコメディアンのジョン・クリーズも、芸術的創造性についてほぼ同じことを述べています。創造性が生まれるのは、仕事に懸命に集中しているときではなく、リラックスして無意識に心をさまよわせているときです。

もちろん、無意識から浮かび上がるアイデアがすべて、ひらめきの瞬間につながるわけではありません。物理学者マイケル・ベリーは、次のように語り、こうした無意識のアイデアを「クラリトン」と呼ばれる素粒子にたとえています。

実は、素粒子物理学に貢献できることがあります……突然の理解をもたらす素粒子、「クラリトン」です。科学者なら誰でも、この粒子が生まれる「なるほど!」の瞬間を知っているでしょう。しかし、問題があります。あまりにも頻繁に、今日のクラリトンは明日の「反クラリトン」によって消滅させられてしまいます。私たちが書きなぐったものの多くは、反クラリトンの残骸の下に埋もれて消えてしまうのです。

誰にでも思い当たることでしょう。昼間の冷静な頭で考えると、無意識から生まれた「すばらしい」アイデアの大半は、論理的思考によって消滅します。この過程を経て残るクラリトンは、ごくごくごくわずかです。しかし、残ったものは宝石のような価値があるでしょう。

名著『ファスト&スロー』で、ノーベル賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンは、脳を二つの系統で説明しています。歩いたり、話したり、周囲を見回したりしているとき(つまり、複数のことを同時にしているとき)、脳はたいてい「システム1」とカーネマンが呼ぶモードで働きます。これは、比較的速く、自動的で、努力を必要としない働き方です。

対照的に、特定の問題について懸命に考えているとき(単一の作業に集中しているとき)、脳はより遅く、熟慮を重ねる論理的な「システム2」に入ります。37×13のような計算をするには、歩くのをやめ、話すのをやめ、目を閉じ、さらには耳を手でふさがなければなりません。システム2では、複数のことを同時に行う余地はありません。

私の2015年の論文では、計算論的神経科学者マイケル・オシェイとともに、システム1を、利用可能なエネルギーが多数の活動中のニューロンに分散するモード、システム2を、より少数の活動中のニューロンにエネルギーが集中するモードと解釈しました。そのため、活動中のニューロン1個あたりのエネルギー量はシステム1のほうがずっと少なく、この状態では脳がノイズの影響をより受けやすいと考えるのが妥当です。つまり、複数のことを同時に行っているとき、個々のニューロンの働きは脳内のノイズの影響を最も受けやすくなります。

ベリーが描くクラリトンと反クラリトンの相互作用は、ノイズの多いシステム1と決定論的なシステム2が相乗的に働く脳のモデルを示唆しているようです。反クラリトンとは、システム2で行う論理的な分析であり、たいていの場合、システム1が生み出す突飛なアイデアを退けます。

しかし、ときには、こうしたアイデアの一つがそれほど突飛ではないと分かることもあります。

これは、シミュレーテッド・アニーリングによる解析(図1)の仕組みに似ています。初めは、「突飛な」アイデアを数多く魅力的に感じるかもしれません。しかし、最適な解に近づくにつれ、新たな提案を受け入れる基準はより厳しく、見極めの精度も高まります。ここでは、システム2の反クラリトンが、システム1のクラリトンのほぼすべてを消し去っています。ただし、すべてではありません。ワイルズが大いに安堵したように。

創造性の鍵

創造性の鍵が、ノイズの多い思考と決定論的な思考の相乗効果にあるのなら、そこからどのようなことが導かれるでしょうか。

一方で、必要な背景知識がなければ、分析する力は損なわれます。だからこそワイルズは、洞察の瞬間に至るまで、対象とする分野に深く没頭しなければならないと言っています。そもそも量子物理学をかなり理解していなければ、量子物理学に革命をもたらすようなすばらしいアイデアは生まれません。

しかし、毎日、何もしない時間を十分に確保し、リラックスして心をさまよわせることも必要です。私は研究室の学生たちに、キャリアで成功したいなら、起きている時間をすべてノートパソコンやデスクトップコンピューターの前で過ごしてはいけないと言っています。ソーシャルメディアに置き換えても、おそらく役には立ちません。実際には複数のことを同時に行っているわけではなく、ソーシャルメディアを見ている間は、常に特定の事柄に注意が固定されているからです。

しかし、散歩やサイクリング、小屋のペンキ塗りは役に立つでしょう。私自身は、車の運転が新しいアイデアや考えを生み出すのに有効だと感じています。ラジオをつけなければ、ですが。

難しい決断をするときは、長所と短所を書き出した後、しばらくその問題について積極的に考えないことが役立つ場合があるということです。何年も前、私が最終的に研究の方向を変える決断をしたのも、こういうことだったのだと思います。当時は知りませんでしたが。

脳のシステム1はエネルギー効率がとても高いため、私たちは日々の膨大な決断の大半(3万5,000回に上るという人もいます)にこれを使っています。そのほとんどは、店まで歩いていくとき、片足をもう片方の前に出し続けるかどうかのように、大したことのない決断です。(あるいは、一歩進むたびに立ち止まり、周囲を調べて捕食者が飛び出して襲ってこないことを確認してから、次の一歩を踏み出すと決めることもできます。)

気候モデルにノイズを加えたからといって、自動的に知能を備えた気候モデルになるわけではありません。Image: Blodstrupmoen/Shutterstock

しかし、このシステム1の思考によって、ときには悪い決断をしてしまうことがあります。エネルギー消費の少ないモードをただ選び、システム2を使うべきときに使わなかったからです。後になって、「なぜあの決断についてもっと考えなかったのだろう」と自問したことは、何度あるでしょうか。

もちろん、すべての決断にシステム2を使っていたら、日々の生活でほかにしなければならない大切なことをすべて行う時間もエネルギーも足りなくなります(店に着いた頃には閉まっているかもしれません)。

この観点からすれば、重要でない問いに間違った答えを出したからといって、非合理的だと判断すべきではありません。カーネマンは、例として挙げているのは、MIT、ハーバード大学、プリンストン大学の学生の50%超が、次の簡単な問いに誤答したという事実です。バットとボールの合計価格は1ドル10セント。バットはボールより1ドル高い。ボールはいくらでしょうか。よく考えれば、正解はは5セント。しかしシステム1は10セントだと即座に答えます。

もしこの質問に、間違えれば命を失うという状況で答えるなら、正解を出すために十分考えるだろうと思われます。しかし、放課後の匿名テストの一環として出題されたなら、時間やエネルギーを費やすべきもっと重要なことがたくさんあるので、正解を出そうとするのは理にかなわないと考えるでしょう。

脳を動かすために20MWの電力があれば、その一部を重要でない問題の解決に使えるでしょう。しかし、私たちにあるのは20Wだけで、それを慎重に使う必要があります。おそらく、MIT、ハーバード大学、プリンストン大学の学生のうち50%は、本当は間違った答えをした賢い人たちなのかもしれません。

ノイズのある気候モデルが、ノイズのないモデルでは生み出せない種類の天候を生み出せるのと同じように、ノイズのある脳は、ノイズのない脳には生み出せないアイデアを生み出せます。そして、そうした天候が並外れたハリケーンになり得るのと同じように、そのアイデアがあなたにノーベル賞をもたらすこともあるのです。

ですから、並外れた何かを成し遂げる可能性を高めたいなら、田園地帯を散歩し、雲を見上げ、鳥のさえずりに耳を傾け、夕食に何を食べようか考えてみることをお勧めします。

では、コンピューターは創造的になれるのでしょうか。

いつの日か、コンピューターはシェイクスピアやバッハ、アインシュタインと同じくらい創造的になるのでしょうか。私たちのように、周囲の世界を理解できるのでしょうか。スティーブン・ホーキングは、広く知られる警告を発し、AIがいずれ人類に取って代わり、人類を置き換えることになると述べました。

しかし、コンピューターは私たちのようには決して理解できないという考えを最もよく知られた形で唱えているのは、ホーキングの旧友ロジャー・ペンローズです。ペンローズはこの主張をするにあたり、数学における重要な「メタ」定理であるゲーデルの定理を持ち出します。この定理によれば、決定論的アルゴリズムでは証明できない数学的真理が存在します。

ゲーデルの定理を説明する簡単な方法があります。古代ギリシャの時代以降に証明された、最も重要な数学の定理をすべて一覧にしたとしましょう。その最初に来るのは、素数が無限に存在することを示したユークリッドの証明でしょう。この証明には、実に創造的な一手が必要です(有限個だと仮定した素数をすべて掛け合わせ、1を足す)。数学者はこれを「トリック」と呼ぶでしょう。巧妙で簡潔な数学的構成を指す言葉です。

しかし、このトリックは、一覧のさらに下にある重要な定理、たとえばピタゴラスの証明のように、2の平方根は二つの整数の比として表せないことを示すのにも役立つのでしょうか。明らかに役立ちません。その定理には別のトリックが必要です。実際、一覧を下へたどると、新しい定理を証明するたびに、たいてい新たなトリックが必要だと分かります。数学者が定理を証明するために必要とするトリックの数に、終わりはないようです。ある一連のトリックをコンピューターに読み込ませるだけでは、コンピューターが創造的になるとは限りません。

ということは、数学者はコンピューターに仕事を奪われる心配をせず、安心していられるのでしょうか。そうとも限りません。

私は、コンピューターは完全に決定論的な「ビット再現可能な」機械ではなく、ノイズを含む必要があると論じてきました。特に量子力学的な過程に由来するノイズは、ゲーデルの定理の前提を崩します。ノイズのあるコンピューターは、通常の意味でのアルゴリズム機械ではないのです。

では、ノイズのあるコンピューターは創造的になれるということでしょうか。汎用計算機の先駆者であるアラン・チューリングは、それは可能だと考え、こう指摘しました。「機械に完全無欠が求められるなら、同時に知的であることはできない」。つまり、機械に知性を持たせたいなら、間違いを犯す能力が必要なのです。

ノイズを加えるだけで、もともと愚かな機械が知的になるという証拠はない、と主張する人もいるでしょう。現状については、私も同意します。気候モデルにノイズを加えても、自動的に知的な気候モデルになるわけではありません。

しかし、ノイズと決定論が相乗的に作用し、ランダムなアイデアの中から有用なものを選び出す仕組みは、コンピューターコードではまだほとんど開発されていません。クラリトン・反クラリトンモデルを使って簡単な数学の定理を解かせ、さまざまな推測をさせて、その中に価値のあるものがあるかを確かめることでAIを訓練する、新しいタイプのAIモデルを開発できるかもしれません。

これを実際に扱える問題にするには、AIシステムが「知識に基づくランダムな推測」に集中するよう訓練する必要があります。(機械の推測がすべて知識に基づかないものなら、進歩するまで永遠にかかります。猿の群れが『ハムレット』の冒頭数行をタイプするのを待つようなものです。)

たとえば、素数が無限に存在するというユークリッドの証明に関連して、「有限個だと仮定した素数をすべて掛け合わせ、1を足す」というランダムなアイデアが、「有限個だと仮定した素数をすべて足し合わせ、6を引く」というまったく役に立たないランダムなアイデアより、はるかに出やすくなるようAIシステムを訓練できるでしょうか。また、ある推測がとりわけ有用だと分かった場合、次の推測が前の推測を発展させたものになるようAIシステムを訓練できるでしょうか。

これを実現する方法を何とか見つけられれば、あらゆる研究分野に関わるモデリングをまったく新しい段階へ引き上げられるかもしれません。そうすれば、機械が人間に取って代わる、いわゆる「シンギュラリティ」に、まだ到達する可能性があります。ただし、それは何千年も前に脳がそうしたように、AI開発者がノイズの建設的な役割を十分に受け入れた場合に限られます。

今は、また田園地帯を散歩したい気分です。古びた蜘蛛の巣を吹き払い、胸躍る新たな蜘蛛の巣の種をまくために。

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