誇りがいかに公益に役立つのか

A sky writer draws a smiley face in the sky at the start of the Los Angeles County Air Show at the General William J. Fox Airfield in Lancaster, California, March 21, 2014. REUTERS/David McNew (UNITED STATES - Tags: MILITARY SOCIETY TRANSPORT)
Those around you also benefit from your pride.Image: REUTERS/David McNew
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研究者らは、人間が誇りを持つよう進化したのは、小規模で相互依存性の高い集団で暮らし、命を脅かすような窮地に頻繁に直面していた採集生活の祖先にとって、誇りが重要な役割を果たしたからだと論じている。採集生活を営む人々は、苦境に陥ったときに仲間が助けてくれるよう、仲間から十分に価値ある存在だと思われる必要があった。

そのため人間は選択をする際、自分自身の利益と他者の承認を得ることとの間で折り合いをつけなければならなかった。そうすれば、助けが必要になったとき、他者が手を差し伸べるほど自分を価値ある存在と見てくれるからだ。

誇りはこの問題に対する進化上の解決策の一つだという研究者らの知見は、米国科学アカデミー紀要に掲載された。

なぜ誇りを感じるのか

「人間は利己的な傾向を持つよう進化しましたが、炊き出し所や警察、病院、保険のない世界では、他者から価値を認められるような行動へと向かわせる反対方向の力も必要でした」と、筆頭著者でモントリオール大学心理学助教のダニエル・シュニツァーは言う。「誇りの感情は、そうした行動へと私たちを促す内的な報酬なのです。」

「これがうまく機能するには、何が承認をもたらすかを事後に知るまで、ただ手探りで行動しているわけにはいきません」と、共著者でカリフォルニア大学サンタバーバラ校の心理学教授、同校進化心理学センター共同所長のレダ・コスミデスは言う。「それでは遅すぎます。複数の選択肢から選ぶ際、私たちの動機づけシステムは、それぞれの行動が他者の心にどれほどの承認を呼び起こすかを、事前に暗黙のうちに見積もる必要があります。」

他者の望むことだけをする人は淘汰される一方、完全に利己的な人はすぐに敬遠されるという、別の行き止まりに陥ると著者らは指摘する。

「ここから、明確で定量的な予測が導かれます」と、共著者で人類学教授、進化心理学センター共同所長のジョン・トゥービーは言う。「人間は、失う時間や食料など、個人的な報酬やコストを正確に予測できることが、多くの研究で示されています。今回、ある行動を取るときに感じると予想される誇りの強さは、その人の身近な社会の人々がその行動を実際にどれほど価値あるものとみなすかに対応する、と私たちは予測しました。」

「私たちが検証している理論では、行動を起こすかどうか考えるときに感じる誇りの強さは、単なる感情や動機づけではありません。個人的なコストと利益、そして社会的なコストと利益の両方のバランスが取れた選択をするよう促す、有用な情報も伝えているのです」とトゥービーは言う。

誇りは普遍的

著者らによると、神経系としての誇りは、個人的な利益とともに他者からの評価も考慮するよう促し、総合的な見返りが最も大きい行動を選ばせる。

「この理論から導かれることの一つは、あなたが他者の価値観に沿った行動を取ることで、その周囲の人々も副次的な恩恵を受けるということです」とシュニツァーは言う。「つまり、誇りは罪というより、双方にとっての利益なのです。」

この議論の重要な点は、神経に基づくこの動機づけシステムが、人類という種の生物学的特性の一部だということだ。

「それが正しければ、世界各地の多様な文化や生態環境で、同じ誇りと価値判断の関係が見つかるはずです。私たちが誇りの進化した場と考える、より親密な社会世界を思わせる小規模な対面社会も含まれます」とシュニツァーは指摘する。

この仮説を検証するため、研究チームは中南米、アフリカ、アジアの伝統的な小規模社会10か所からデータを集めた。これらの社会の人々は、非常に異なる言語(例:マヤンナ語、トゥバ語、イボ語)を話し、多様な宗教(例:スンニ派イスラム教、シャーマニズム)を信仰し、さまざまな方法で生計を立てている(狩猟、小規模農業、遊牧)。

誇りの感情は、周囲の人々が大切にする価値観と実に歩調を合わせている……

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誇りが普遍的で進化によって形作られた人間性の一部なら、各コミュニティで、個々の行動に対する誇りの強さは他者の価値観に密接に対応するはずだ。一方、誇りが一部の場所にだけ見られる文化的な創作物に近いなら、この関係には大きなばらつきが見られるはずだ。

「それぞれの行動や特性を示す人々に対するコミュニティの好意的な評価と、その行動を取ったり特性を示したりした場合に個人が感じると予想する誇りの強さとの間に、驚くほど緊密な一致が見られました」とシュニツァーは言う。

「理論が予測するとおり、誇りの感情は周囲の人々が持つ価値観と実に歩調を合わせます。」さらにシュニツァーによると、その後の研究では、他者の価値観に対応するのは、他の肯定的な感情ではなく、特に誇りであることが示された。

研究者らが注目すべき点として挙げるのは、誇りが同じコミュニティの仲間の価値観だけでなく、他文化の参加者の価値観にも対応していたことだ。ただし、後者の関係にはより大きなばらつきがあった。たとえば、ニカラグアのボサワス保護区に暮らす採集と園芸を営むマヤンナの人々が示す誇りは、同じマヤンナの仲間が示す価値観だけでなく、ロシアのトゥバの牧畜民、モロッコのドラア・タフィラルトのアマジグ人農民、ナイジェリアのエヌグの農民の価値観にも対応していた。この追加的な知見は、世界各地の人々が持つ社会的価値観の少なくとも一部が普遍的であることを示唆している。

公益と自己利益

「人間は他に類を見ない協力的な種であり、誇りによって人々は互いに多くの価値あることをするようになります」とコスミデスは言う。しかし著者らによると、協力が少なかった時代には、優位性としての誇りが進化した。動物にとっては、相手に与えうる損害の大きさを示して、限られた資源をめぐる競争相手を遠ざけることが有利だった。

「人間もこのシステムを受け継ぎ、多くの研究が示すように、自分ができる善行だけでなく、攻撃的な能力にも誇りを感じます」とシュニツァーは説明する。「私たちのデータもこれを裏付けています。」

研究者らが付け加えるところでは、誇りの評判が両刃であるのは、他者の利益となる行動を促すことが多い一方で、ときには他者を搾取することにもつながるからだ。トゥービーはこう述べる。「自分が他者にとってどれほど価値ある存在か、あるいはどれほど危険かに酔いしれると、人はそれを利用して安全に他者を搾取できると思い込むのです。プリマドンナやアルファ、ナルシシストはその結果です。」

「良くも悪くも、誇りのシステムは人間性の根本的な一部であるようです」とシュニツァーは結論づける。「他者の目に映る自分の評価や地位を高める助けとなったために進化した神経系なのです。」

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