政治的意見が異なり、さらに隔たっていく理由

Demonstrators hold up painted green hands during a protest organised by the Coalicion Clima against climate change at the Reina Sofia Square in Madrid December 12, 2009. REUTERS/Vincent West (SPAIN - Tags: CIVIL UNREST POLITICS ENVIRONMENT IMAGES OF THE DAY) - RTXRS6M
Kris De Meyer explores how political opinions can become so heavily polarized.Image: REUTERS/Vincent West
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非常に長い間で最も政治的に分断された12カ月を経て、ようやく新しい年がやってきました。英国では、ブレグジットが夢や友情を打ち砕きました。米国では、分極化はすでに非常に深刻でしたが、激しい選挙戦によって分断はさらに深まりました。政治的な言説は人々を一様に説得するわけではありません。世論を分裂させ、分極化させます。

市民として、深まる分断に心を痛めます。神経科学者としては、興味をそそられます。人々が、どうすれば現実についてこれほど大きく異なる見方を抱くようになるのでしょうか。そして、私たちにできることがあるとすれば、私たちとは「反対側」にいるように見える人々に対するますます敵意を帯びた感情の連鎖から抜け出すには、どうすればよいのでしょうか。

その心理がどのように働くのかを理解するため、民主党支持者のエイミーとベッツィーを想像してみましょう。大統領予備選の始まった頃、二人とも強い支持先は決まっていません。女性大統領の誕生を望んでいるためヒラリー・クリントンに惹かれていますが、経済的不平等への取り組みにはバーニー・サンダースの方が適しているとも考えています。しばらく考えた末、エイミーはクリントンを支持することにし、ベッツィーはサンダースを選びます。

当初の意見の違いはごくわずかで、好みもはっきりしていなかったかもしれません。しかし数カ月後には、二人とも自分の候補者こそ正しいと固く確信するようになっています。支持は言葉だけにとどまりません。エイミーはクリントンのために戸別訪問を始め、ベッツィーはサンダース陣営を支持する記事を書いています。

二人の立場は、なぜこれほど大きく変わったのでしょうか。ここで登場するのが「認知的不協和」です。これは1957年にレオン・フェスティンガーが生み出した用語です。自分自身の見解にはめったに当てはめない一方で、他人の見解に見いだす矛盾を指す言葉として定着しました。

あまり知られていないのは、不協和が意見の変化を促すということです。フェスティンガーは、信念の中に矛盾を感じると感情的な不快感が生じ、それが信念を変えたり新たな信念を加えたりして矛盾を減らそうとする力になると提唱しました。

選択もまた不協和を生み出すことがあります。特に、難しいトレードオフを伴う場合です。たとえば、サンダースを選ばないことは、不平等への取り組みが重要だという信念と食い違うため、エイミーに不協和を生じさせるかもしれません。

選択し、その選択肢にコミットすることで意見が変化することは、多くの実験で実証されています。最近のある研究では、参加者は選択した旅行先を、選択前よりも選択後の方が高く評価しました。驚くべきことに、こうした変化は3年後も続いていました。

約60年にわたる研究と数千件の実験から、不協和は出来事が中核的な信念に影響するとき、最も強く働くことが示されています。とりわけ、自分自身を賢く、善良で、有能な人間だと捉える信念に関わる場合です。

選択のピラミッド

では、なぜ私たちはこれほど考えに固執するようになるのでしょうか。選挙戦の始まった頃、好みがかなり似通っているエイミーとベッツィーが、ピラミッドの頂上にいると想像してみてください。最初の決断によって、二人はピラミッドのそれぞれの側へ一歩踏み出します。すると、不協和を減らすための自己正当化(「……だから、私は正しい選択をした」)、さらなる行動(家族に自分の決断を擁護する、Facebookで友人に投稿する、選挙運動のボランティアになる)、そしてさらなる自己正当化という循環が始まります。最初の選択を正当化しながらピラミッドの斜面を下るにつれ、確信は強まり、二人の見解はますます隔たっていきます。

同じように見解が硬化する現象は、声高なトランプ支持者や「#NeverTrump(絶対にトランプには投票しない)」支持者となった共和党員にも、クリントンまたはトランプへの支持を決めた、それまで無党派だった有権者にも見られました。また、英国のEU残留派と離脱派の運動家にも当てはまりました。ただし、彼らが選んだのは候補者ではなく、考え方でした。

さまざまな立場の有権者がピラミッドの斜面を下るにつれ、自分が支持する候補者や見解をより好むようになり、反対側への嫌悪感も強まる傾向があります。自分の決断を支持する理由も、さらに探し、見つけます。逆説的ですが、これは自分の立場について他者と議論するたびに、実際に自分が正しいという確信が強まる可能性があることを意味します。

ピラミッドの底から見える景色

斜面を下るほど、私たちは確証バイアスに陥りやすくなり、スキャンダルに駆り立てられた党派的な情報や、さらにはフェイクニュースを信じやすくなります。反対側への嫌悪感のために、相手を貶める話がより信じらしく感じられるのです。

つまり、自分の見解への確信が強まるほど、ピラミッドの反対側にいる人々を貶めたいという気持ちも強まります。「私は善良で賢い人間だ。間違った信念を持ったり、人を傷つける行為をしたりするはずがない」と私たちは考えます。「私の信じることと反対のことを主張するなら、あなたは誤解しているか、無知か、愚かか、正気でないか、邪悪に違いない」と。

分極化した議論で対立する側にいる人々が、互いを似たような言葉で裁くのは偶然ではありません。私たちの社会的な脳が、そうした判断をしやすくしているのです。生後6カ月の乳児はすでに他者の行動を評価し、「意地悪」より「親切」を、「似ていないもの」より「似ているもの」を好みます。

私たちには、だまされないよう自分を守る強力で自動的な認知プロセスも備わっています。しかし、社会的な推論は過敏で、誤作動しやすいものです。電子的なやりとりでは他者の視点や意図を正しく見極めることが難しくなるため、ソーシャルメディアは状況を悪化させます。また、対面で話すときよりも言葉で攻撃的になりやすく、反対側にいる人々は本当にひどい連中だという認識を強めます。

ピラミッドのたとえは、特定の問題や候補者について、人々の確信が弱いものから強いものへと変化していく過程や、以前は似た立場にいた人々との見解がどのように隔たっていくかを理解するのに役立ちます。

しかし、強い信念を持つことが必ずしも悪いわけではありません。何しろ、そうした信念は私たちの最善の行動を促すこともあるのです。

高まり続ける反感と不信を和らげるには、自分たちがつい抱きがちな「愚かで、正気でなく、邪悪だ」という決めつけに、もっと用心することが助けになります。それは、心から大切に思う事柄について意見が異なる人々に対し、私たちがすぐに信じてしまう、相手を貶める説明です。それが「真実」なのではなく、社会的な脳の早まった反応かもしれないと心に留めておけば、ピラミッドの斜面を少しだけ上り、意見の相違が本当はどこから生じているのかを見極められるかもしれません。

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