ブロックチェーン。これほど多くの人々が、これほど少数の人しか理解していない技術に、これほど大きな期待を寄せたことはありません。一方でコンピューター科学者が持つ知識の深さと、社会全体の理解との間に隔たりがあること自体は、特に目新しいことではありません。しかし、ブロックチェーン、あるいは一般的な呼称で分散型台帳技術(DLT)に関しては、その隔たりは極めて大きいものです。さらに重要なのは、DLTをめぐる最も野心的な主張の多くが、社会を支える重要な柱の一つ、すなわち信頼に関わっていることです。
DLTの仕組みについて、より詳しい概要を知るには、ゴールドマン・サックスによるこちらのデジタル解説がよい出発点になりますが、この記事では大まかな要約で十分でしょう。
要するに、ブロックチェーンや分散型台帳とは、(i)データベースであり、(ii)中央で管理する代わりにネットワーク上に複製され、暗号技術による厳密な検証を経て、データベースへの変更がすべてネットワーク上の各ノードに記録され承認される仕組みを指します。
一部のDLT支持者が信頼について大胆な主張をする根拠となっているのは、この分散と暗号技術の組み合わせです。信頼をネットワークの構造に組み込めるなら、個々の参加者の善意に頼る必要はなく、ましてや他者のデータに特権的にアクセスできる中央機関の善意を当てにする必要もない、というのがその主張です。ゴールドマン・サックスの解説は、DLTを「信頼の新たな技術」とまで呼んでいます。
一見すると、これは人を引きつける錬金術のような構想です。デジタルネットワーク上で、匿名で遠く離れた参加者同士の揺るぎない信頼を生み出すというのです。さらに、このデウス・エクス・マキナほど、発明されたタイミングが絶妙なものもないでしょう。公共生活における信頼の欠落が深まっているとの懸念が高まるまさにその時に、信頼を形にしたような技術が見つかったのですから。公共生活における、信頼の形をした空洞。
しかし、ここでは少し慎重になる必要があります。これらは非常に新しい技術で、その全容を理解している人はごくわずかです。いずれ重要な、あるいは変革をもたらす応用が登場することは間違いないでしょう。世界経済フォーラムもこの分野に積極的に取り組んでおり、こちらの最近の白書がその証拠です。それでも、いまDLTをめぐって広がる、抜本的な変革をうたう幅広い主張には、バブルのような動きがうかがえます。物事をもう少しゆっくり進めるべき理由を4つ挙げます。
第一に、DLTの応用可能性についての主張と、実際の導入との間に広がる隔たりに目を配るべきです。技術革命をめぐる話の先にある現実を見れば、こうした技術を評価する根拠となる具体的な変化は、まだほとんどありません。さらに、逸話的な証拠からは、DLTに対して的外れな見方をする組織が増えていることがうかがえます。自らの課題を持ち寄り、DLTが役立つかどうかを検討するのではなく、DLTを持ち込んで、それを応用できる課題を探しているのです。

第二に、信頼の低下を技術で解決する必要がある、あるいはそうしたいと、本当に言えるでしょうか。多くの国で主要な機関に対する人々の信頼が憂慮すべきほど低下しているのは間違いありませんが、この動きを破局的に捉えるのは慎重であるべきです。高度な信頼のネットワークに支えられたやり取りや取引は、毎日数えきれないほど行われており、DLTは「誰も抱えていない問題」の解決策なのかもしれないと考える人もいます。しかし、たとえその楽観的な見方が誤りで、実際に対人信頼が構造的に低下するさなかにあるとしても、DLTが答えだとは限りません。信頼の喪失を受け入れ、信頼が乏しい世界に最適化された技術の導入に飛びつくよりも、まず社会の信頼を再構築することを優先すべきではないでしょうか。
第三に、DLTが広く普及した世界であっても、信頼の必要性をどこまで回避できるかには明確な限界があると認識すべきです。少なくとも、暗号技術を信頼する必要があります。ネットワークの構造を信頼する必要があります。その技術を動かすハードウェアを信頼する必要があります。ほかにも同様です。大多数の人々にとって、これは、DLTを業務に取り入れた方法は信頼できるという企業の言葉を受け入れることを意味します。また、そうした企業の意思決定者にとっては、DLTの実装は信頼できるというコンピューター科学者の言葉を受け入れることを意味します。
第四に、社会に根ざした信頼の形成方法を、技術によって分散された方法に置き換えるという考えが広まった場合、どのような意図せぬ結果が生じるでしょうか。この点では、ここ数年の出来事を踏まえて立ち止まって考えるべきかもしれません。信頼の分散化を考える際の有益な比較対象は、ニュースや情報の流れをインターネットが急進的に分散化したことです。これは間違いなく、民主化に大きな効果をもたらしましたが、その影響はそれほど単純ではありません。エコーチェンバー現象など、より懸念すべき結果への認識が高まっています。こうした現象は分断や二極化を深刻化させ、民主主義そのものの健全性への懸念を招くほどになっています。この問題については、昨年のグローバルリスク報告書で詳しく論じました。
インターネットと分散型台帳の類推には大きな限界があり、ここで述べたことは、DLTが民主主義への脅威だという意味ではありません。しかし、信頼を技術に委ねようとすることで、現時点では予見できない複雑な問題や副作用が生じる可能性は、少なくとも検討すべきです。


