19世紀のラッダイト運動は、熟練した技術の利用者でさえ、権利を奪うために道具が使われれば抗議することを示しています。
それから2世紀が過ぎても、革新は依然として、新技術を使い、最も大きな影響を受ける人々の懸念や不安を優先できていないことがあまりにも多くあります。
世界経済フォーラムの「デジタルトラスト:個人の主体性を支える」報告書は、透明性、プライバシー、救済可能性がデジタルトラストを構築するうえでの重要な要素である理由を概説しています。
ラッダイトたちの考えは正しかったのです。今日、「ラッダイト」は新技術の利用や理解を拒む人々を指す蔑称ですが、19世紀のこの抗議運動は、新技術がもたらす結果をあまりにもよく理解していた人々から生まれたと考えられます。
自らをネッド・ラッド(ロビン・フッドを思わせる架空の人物)の信奉者と称した人々は、技術を嫌っていたわけではありません。ラッダイト運動に参加した人々の多くは熟練した織工であり、当時利用できた最良の技術を巧みに使いこなしていました。
むしろ彼らは、道具が次のように使われることに対する最後の手段として、機械を壊す抗議に踏み切りました。「詐欺的かつ欺瞞的なやり方で」道具が使われることで、生涯を捧げてきた職業の質が損なわれ、労働者として頼りにしてきた権利が奪われることに抗議したのです。
ラッダイトたちが抗議したのは技術そのものではありません。彼らの職を奪い、権利を侵害し、貧困に追いやるおそれのある技術をめぐる、権力者の決定に抗議していたのです。
彼らが抗議したのは、今日の言い方をすれば、目的が透明でなく、自分たちの価値観に反し、現実に生じる深刻な被害に対する救済手段もない形で技術が導入されていたことでした。
技術への「信頼危機」を乗り越える
200年後、こうした同じ問題を受け、政府や企業、とりわけテクノロジー業界は、「信頼危機」を懸念するようになりました。
多くの場合、イノベーターは、技術の有効性を高めたり利用者を増やしたりすれば、信頼の問題は解決すると考えています。しかし、信頼には確かに信頼性も関わりますが、ある技術が信頼を得るかどうかを決めるのは、意思決定の方法と、設計過程で何が考慮されるかです。
産業革命初期の経験から得られる重要な教訓は、新技術の能力に注目が集まりがちな一方で、それを使い、影響を受ける人々のニーズや懸念を優先することの根本的な重要性が見過ごされがちだということです。
人工知能(AI)をはじめとする分野が急速に進歩し、大きな可能性をもたらす一方、その導入と成功が信頼の確立と利用者の安全確保にかかっている状況では、これは特に重要です。
ダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会のセッション「激動する世界におけるテクノロジー」で、パネリストは、信頼危機の原因は人々が技術の使い方を理解していないことではなく、技術が自分たちの利益になり、期待や価値観を支えているとは信じていないことだと説明しました。
ラッダイトの時代と同様、問題は人々が利用可能なツールを信頼していないことではありません。技術の開発や導入における意思決定を信頼していないことです。
これは根本的に、主体性をめぐる問いです。新技術は利用者である私と私のニーズを支えるのでしょうか。それとも、仕事や社会で機能するためにますます使わざるを得なくなっているこうした技術は、実際には他の誰かの利益に奉仕するのでしょうか。
技術開発の過程でどのような決定がなされるのかは、多くの人にとって不明瞭です。そのため、自分のプライバシーやその他の価値観が守られるとは信じられず、新技術によって被害を受けても誰も守ってくれないと考えています。
デジタルトラストと個人の主体性の支援
世界経済フォーラムのデジタルトラスト・イニシアティブは、この信頼をめぐる根本的な問いに答えるために発足し、リーダーやイノベーターが新興技術や新技術のセキュリティ、安全性、信頼性、効果的なガバナンスの実践、そして包摂的で責任ある倫理的な活用を優先できるよう、デジタルトラスト・フレームワークを策定しました。
最終的に、フォーラムの調査は、信頼は個人と社会の価値観を尊重することから生まれ、そこには個人の主体性や選択に関する価値観も含まれると明らかにしました。
価値観と革新の相互作用についてのこの理解は、透明性を優先し、プライバシーを保護し、被害が生じた際の救済の仕組みを整える方向への転換を求めています。
デジタルトラスト・イニシアティブの最新報告書「デジタルトラスト:個人の主体性を支える」は、個人の主体性を支えることを中心的な視点として、組織、統治機関、個人それぞれの立場から、デジタルトラストを構成する透明性、プライバシー、救済可能性を詳しく検討しています。
企業や政府のリーダーには、技術のライフサイクル全体を通じて個人の視点を優先し、特に透明性とプライバシーについて、設計段階から取り組むことが求められています。
より良い技術づくりでは人々を優先する
人々のためにより良い技術をつくることは、意図的な設計上の選択です。不可欠な要素を開発と導入のプロセスの根幹に組み込む必要があり、後から付け足すだけでは不十分です。
ラッダイトたちの懸念に対処する代わりに、彼らの活動は犯罪とされ、運動は暴力的に弾圧されました。この言葉自体は教養人の間で冗談の種となりましたが、ラッダイトたちが訴えた主体性と尊重を求める声は、技術革新の歴史を通じて今も響き続けています。
没入型技術やAI、合成生物学などの新技術が、社会と産業の劇的な変化を目前にもたらしている今、私たちには、今回はより良い道を選ぶ機会と責任があります。人間の主体性と権利の尊重を中核に据えて新興技術を設計し、こうした要求を真剣に受け止めることが求められています。



