2025年は、国際量子科学技術年と宣言され、量子イノベーションが経済や産業を形作るうえで転換点となる年です。
今回のフロンティア技術とイノベーションのコーナーでは、金融セクターに焦点を当てます。銀行は量子時代を見据え、サイバーセキュリティの再考を進めています。本号の後半では、今年の世界経済フォーラムのテクノロジー・パイオニアの一社であるHaiquも取り上げ、スタートアップが実用的な量子優位性の実現に向けて進展を加速させる様子を見ていきます。
1. 詳細解説:銀行は量子時代のセキュリティにどう備えているか
量子技術は、金融にとってもはや遠い将来の話ではありません。銀行は、この変化がもたらす機会とリスクの両方を踏まえ、サイバーセキュリティの枠組みを適応させ始めています。
世界経済フォーラムがアクセンチュアと最近発表した報告書、『量子技術:金融サービス業界のリーダーにとっての主要戦略と機会』は、銀行がすでに量子耐性を備えた手法を試験していることを示しています。
耐量子計算機暗号(PQC):量子コンピューターによる攻撃への耐性を高めるよう設計されたアルゴリズム。新たな脅威から機密性の高い金融データを保護するのに役立ちます
量子鍵配送(QKD)と量子乱数生成(QRNG):理論上解読不可能な暗号化を可能にする手法です。QKDは安全な鍵交換に特化して設計されており、QRNGは量子プロセスを使って真に予測不可能な乱数を生成します。
こうした手法は、すでに実取引で試験されています。たとえばHSBCは、PQCで暗号化したVPNとQRNGを用いて、トークン化された金の取引を保護しています。
「最近の量子技術の進展は期待と緊急性の両方を生み、金融機関に量子耐性への取り組みを加速させています」と、金融サービス分野のテクノロジー・イノベーション責任者であるドリュー・プロプソン氏は述べています。「こうした技術の進展は、多様な関係者間の協力も促しています。これは金融システムの保護に不可欠となるでしょう。」
この取り組みは、昨年発表されたフォーラムと英国金融行為規制機構の報告書、『金融セクターの量子セキュリティ』を基盤としています。同報告書は、規制当局と金融機関が連携して行動するよう呼びかけました。当時、HSBCの量子技術グローバル責任者フィリップ・インタルーラ氏は、次のように述べています。「量子コンピューティングと量子耐性サイバーセキュリティという未踏の領域を切り開くには、業界と規制当局が協力しなければなりません。」
こうした動きは広がっています。バンコ・サバデルとインテーザ・サンパオロは、量子着想型の手法を使ってリスクモデリングや不正検知を強化し、G7とEUの規制当局は量子技術への備えを進める戦略を推進しています。
教訓は明らかです。技術革新だけでは十分ではありません。金融機関が量子時代の複雑さを自信を持って乗り越えるうえで、官民連携、重点を絞った研究開発投資、適応力のある規制、そして国際基準が重要な推進力となります。
さらに詳しく:
解説記事を読むと、金融サービス業界で導入が進む量子技術について理解を深められます。また、報告書全文『量子技術:金融サービス業界のリーダーにとっての主要戦略と機会』をご覧ください。
フォーラムの量子経済ネットワークおよび金融サービスにおける量子技術イニシアチブの関連活動もご覧ください。
2. スタートアップに注目:Haiqu
銀行や規制当局が量子セキュリティの基盤を整える一方、Haiquなどのスタートアップは、 量子技術を実用面で拡張可能にする手法を試しています。
Haiquの共同創業者兼最高技術責任者、ミコラ・マクシメンコ氏に話を聞き、同社が取り組む課題や開発中の解決策、そしてその仕事が量子時代にとって重要となり得る理由を探りました。
➡️ 課題:量子技術はなぜまだ拡張できていないのか
量子ハードウェアは大きく進歩し、システムは150量子ビット超に達していますが、実用的な成果にはまだ結びついていません。マクシメンコ氏によると、隔たりは機械そのものではなく、それをどう活用できるかにあります。「ハードウェアの進歩は見てきました。たとえばIBMはすでに156量子ビットのシステムを披露しています。それでも、量子技術は価値を生み出していないという見方が根強くあります。隔たりはソフトウェア層にあるのです。」
同氏はこれを古典コンピューティングの黎明期になぞらえました。大型で高価な機械は存在していましたが、適切なソフトウェア層がなければ、広く実用化されるには程遠いものでした。
「1950年代から1960年代には、古典コンピューターはすでに存在していましたが、専門の研究所の外では誰も使えませんでした。量子技術も今、同じような段階にあります。使えるものにするには、ソフトウェアの基盤が必要です。」
➡️ 解決策:Haiquのアプローチ
Haiquは、現在の量子システムの性能を「引き伸ばす」のに役立つ、不足しているソフトウェア層の構築に注力しています。これにより、産業界は先送りせず、今すぐ実験に取り組めます。
同氏によると、現在のデバイスは高性能ですが不安定です。計算の各ステップが増えるたびにエラーの可能性が高まります。研究者はこの問題を「ノイズ」と呼んでいます。
「ハードウェアのノイズは、70~80年前の古典コンピューターが直面していた状況によく似ています。初期の古典コンピューターは真空管で動作していて、ときには故障することもありました。非常に壊れやすいシステムでした。今も似た状況ですが、量子レベルでははるかに微視的です。」
Haiquの技術はこの問題に正面から取り組み、現在の機械で結果を安定させ、利用可能な時間を延ばします。「計算におけるノイズの影響を除去または最小化するソフトウェア手法があります。かなり骨の折れる作業で、相当な専門知識が必要です。当社のシステムは、その一部を自動で処理するため、ユーザーはあまり気にかけずに済み、アプリケーション開発に集中できます。」
同社はすでに実証実験を行い、ソフトウェア層を使って量子ハードウェア上で動作させながら、古典システムとほぼ同等の性能を実現できることを示しています。「当社の目標は、誰もが予想するより何年も早く、量子技術を実用化することです。」
これらの実証実験には、金融モデリングや物流の最適化が含まれます。量子着想型アルゴリズムは、計算負荷の削減と精度の向上に役立っています。
「企業や研究チームと協力し、数百万量子ビットを必要とせず、数百量子ビットと数千回の演算で実行できる用途を見極めています。その一部では、古典的な方法ではシミュレーションできない量子状態を生成できます。」
「こうした分野では、化学、最適化、科学計算などで量子デバイスが有用性を示し始める可能性があります。」
➡️ 現状を見極める:今後の道のり
期待が高まる一方、現在の量子技術の分野はまだ限られており、最先端で実験を進める先駆者はほんの一握りです。
「もちろん現在は、技術の発展曲線のごく初期段階です。量子コンピューティングを試しているのは、基本的に少数のアーリーアダプターです。この分野で実際に活動しているのは、1,000人に満たないと思います。」
当面の重点は、量子技術に何が本当にできるのかを見極めることです。「主な焦点は、ユースケースや応用を見つけることです。今はその発見段階にあります」と同氏は説明しました。
しかし、目指す先は明らかです。「進歩するにつれ、いわゆるフォールトトレラント量子コンピューティングへ向かいます。フォールトトレランスとは、いずれすべてのエラーが訂正され、特定のアルゴリズムを計算するために必要なだけ、計算を実行できる状態です。」この移行は生産性の段階を示すことになります。「そのシステムによって、現在の高性能コンピューティングが占める領域に進むことになります。それが生産性の段階です。」
すでにベンチマークも現れ始めています。「量子コンピューターと古典コンピューターの性能は、ほぼ同等になっています。文字どおり今後数週間、数か月、あるいは半年以内に、狭い領域のどこかで優位性を示す実験が見られるでしょう。そうした事例が増えれば、量子コンピューターはすでに役立つという見方が、より広いコミュニティに広がるでしょう。」
最初に有望となる分野は何でしょうか。「現時点で、短期的に最も興味深い応用分野は量子化学です」と同氏は述べ、超伝導体や磁石などの材料科学への応用を挙げました。さらに、「計算流体力学」に可能性を見いだし、将来的には配車サービスや工場での検査といった日常のシステムを変える可能性のある「最適化アプリケーション」にも期待しています。
マクシメンコ氏は次のように総括しました。「第一歩は、古典コンピューターの水準に追いつくことです。その次に、それを超えることを目指します。量子コンピューターの新世代は、能力が指数関数的に向上すると予測されています。したがって同等の性能に達すれば、化学や最適化など重点分野で進歩がより明確になるでしょう。」
Haiquは2022年に創業し、2025年に世界経済フォーラムのテクノロジー・パイオニアに選ばれました。企業の全リストはこちらをご覧ください。
3. 注目の動向:技術のブレークスルー3件
複雑な工場環境でロボットアームの群れが円滑に協調できるようにする新たなAIアルゴリズムが発表されました。UCL、Google DeepMind、Intrinsicの研究者は、RoboBalletを発表し、グラフニューラルネットワークと強化学習を使うことで、システムが複数ロボットの計画を自動化し、見慣れないレイアウトでも数秒で効率的な動作計画を生成できると説明しています。オープンソース化されたコードは、手作業による計画時間を減らし、産業の柔軟性を高めることで、ロボット工学研究の進展を加速させることを目指しています。
ミネソタ大学ツインシティー校の研究者は、AI搭載の空中ロボットを発表しました。山火事の煙に直接飛び込み、煙の動態に関する高解像度の3Dデータを収集します。この最先端のドローン群は煙をリアルタイムで追跡、モデル化でき、大気質の予測や山火事管理を大幅に改善します。衛星では得られなかった詳細な情報を低コストで提供し、砂嵐や火山噴火など、その他の空中の危険の監視にも役立つ可能性があります。
クリーブランドにあるNASAグレン研究センターの科学者たちは、小型の携帯型X線装置を評価しています。長期の宇宙ミッション向けに設計されたこれらの携帯システムにより、宇宙飛行士は機械を分解せずに、けがをすばやく診断したり、機器の問題を検知したりできるようになります。NASA長官代行のショーン・ダフィー氏は、「小型X線装置のような技術革新は、これまで以上に遠くの宇宙を目指すなかで、宇宙飛行士の健康を守るのに役立ちます。NASAグレンの科学者たちの研究により、将来の月や火星へのミッションはより安全になるでしょう」と述べました。
4. フォーラムの最先端技術、次の展開は?
10月公開予定: 初となる『地球の健康のための新興技術ソリューション10選』報告書
初の『地球の健康のための新興技術ソリューション10選』報告書では、世界が気候変動に適応し、自然を保護し、レジリエンスを構築するのに役立つ技術ソリューションを取り上げます。今日の環境課題に取り組む画期的な科学を紹介し、地球の限界を尊重しながらこれらのソリューションを実行に移すための戦略を共有します。


