世界各地で広がりつつある「ガスへの殺到」――新たな天然ガス火力発電所と関連する供給インフラへの投資の過剰――は、多額の座礁資産を生む恐れがある。再生可能エネルギーや蓄電池などの新興技術の革新により、すでに新設の天然ガス火力発電所より安価な電力が実現している。これは、米国のようにガス価格が低い市場でも当てはまり、高価な液化天然ガス(LNG)の輸入を余儀なくされる国ではなおさらである。
再生可能エネルギーをはじめとするクリーンエネルギー技術は、天然ガスが石炭に取って代わったのと同様に、天然ガス市場を変革する準備が整っている。今この潮流を受け入れれば、発電所、LNG施設、パイプラインへの無駄で経済合理性のない投資を防ぎ、今後数十年にわたるCO2排出を回避できる。
電力投資の必要性が高まっている
世界の発展途上国で電力需要が伸びたことを受け、世界の発電量は1985年から2016年の間に3倍以上に増加した。世界各地で電力供給を増やす必要性は、当面弱まりそうにない。例えば、国際エネルギー機関(IEA)の推計によると、2050年までに世界の冷房需要が3倍になるとの予測に対応するだけでも、米国、欧州、日本の現在の発電容量を合わせた規模に相当する新たな電力供給が必要となる。
一方、先進国では近年、電力需要はほとんど伸びていない。しかし、こうした国々で老朽化し、費用のかさむ発電所が廃止されることで、新たな電源への投資が大幅に必要となっている。例えば、米国の電力システムを調査したロッキー・マウンテン研究所(RMI)は、老朽化と経済性を理由に、既存の発電容量の半分が2030年までに廃止される可能性が高いとしている。電力需要を満たすため、新たな発電所に5,000億ドルを投資する必要があるという。
天然ガスインフラへの大規模な世界的投資
天然ガス火力発電所は、廃止される石炭火力発電所の代替として、また発展途上国では発電容量を拡大する手段として、最善の選択肢と見なされることが多い。ガス火力発電技術は成熟しており、他の化石燃料や原子力による発電方式と比べて低コストである。また、老朽化した石炭火力発電所を置き換えるための低炭素の選択肢とも見なされている。さらに、米国やカナダを含む一部の主要市場では、シェール層から天然ガスを採掘する技術の革新により、天然ガス価格が大幅に下落した。その結果、これらの市場では天然ガスが石炭から急速に市場シェアを奪っている。
石炭が衰退の道をたどっていることは明らかであり、その後を継ぐ最も経済的な資源は天然ガスに見えるかもしれない。例えば、シェルが最近発表した「スカイ」シナリオは、石炭の比率がほぼ半減する一方で、2035年までに世界の電力部門で少なくとも7,000億ドルを天然ガス火力発電所に投資すると想定している。米国だけでも、新たなガス火力発電所に1,000億ドルを超える投資が計画され、これらの発電所に供給するパイプラインインフラには300億ドルが予定されている。シェルと国際ガス連合のデータによると、国内生産のない市場に安価なガスを供給するため、世界全体で新たなガスパイプラインにさらに2,000億ドル、LNG施設に6,500億ドルの投資が必要である。
さらに安価になるクリーンエネルギーがガスの経済性を失わせる
現在、天然ガスは安価で、その発電技術も成熟している。そのため、発電に広く利用され、多額の投資が計画されている。しかし、他の技術の革新が急速に追いついており、天然ガスへの投資はリスクにさらされる可能性が高い。RMIの分析によると、再生可能エネルギー、蓄電池、エネルギー効率化のコストは急速に低下し続けている。米国では、風力、太陽光発電、蓄電池プロジェクトの基準価格が、過去10年間で65~90%下落した。2030年までに、さらに50%以上下落すると予測されている。世界全体では、世界経済フォーラムが2016年12月に公表したデータによると、太陽光発電と風力発電のプロジェクトは現在、あらゆる電源の中でライフサイクルコストが最も低い。
コストが急速に低下していることは、新たなガスインフラの世界市場に重要な影響を及ぼす。安価な天然ガスを国内で生産できる米国でさえ、RMIの最近の報告書は、再生可能エネルギー、蓄電池、エネルギー効率化を組み合わせた電源構成は、新たなガス火力発電所より低コストで整備できる場合が多く、財務リスクも低く、炭素排出もゼロだと指摘している。またRMIは、新たなクリーンエネルギーの電源構成を整備するコストが急速に低下しているため、今後20年以内に、効率の高いガス火力発電所の運転コストだけを比べても、クリーンエネルギーの方が低コストになる可能性が高いとした。
RMIによる米国に焦点を当てた分析は、安価な国内産ガスが豊富にあるにもかかわらず、天然ガスインフラへの数千億ドル規模の投資計画が今後数十年で座礁する可能性を示している。多くの国際市場では、輸入LNGは米国の国内産ガスよりはるかに高価で、100万英国熱量単位(MMBtu)当たり2~4米ドル上乗せされる。西欧など他の市場では、ガス供給に伴う政治リスクによって入手可能性が制限されたり、価格がさらに上昇したりする可能性がある。世界各地で再生可能エネルギーの価格が急速に低下するにつれ、天然ガス火力発電により多くを支払うより、低コストの再生可能エネルギーを長期的に確保する方が魅力的だと考える市場が増えていくだろう。
クリーンエネルギーへの移行を推進するまたとない機会
世界的な電力需要の高まりは、クリーンエネルギーの革新がもたらす恩恵を享受するまたとない機会となる。この機会を逃せば、電力利用者、投資家、そして地球に大きなリスクをもたらす。排出量を削減し、世界の気温上昇を摂氏2度未満に抑えるというパリ協定の目標を達成するうえで、クリーンエネルギーが費用対効果の高い手段となる転換点に、私たちは到達した。
発電燃料を石炭から天然ガスに切り替えたことで、米国などの市場では短期的に有害な排出が削減されたのは事実である。しかし、クリーンエネルギー技術がすでに費用対効果の高いものとなっている今、新たな天然ガスインフラに数千億ドル(またはユーロ、ルピー)を投じれば、今後数十年にわたって価格と炭素排出を高い水準に固定化する恐れがある。


